科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

食品の膨大なリスク―輸入ハチミツの例

畝山 智香子

食品には多種多様なリスクがあるので、食品事業者は自社が取り扱う食品について、どのようなリスクがあるのかを事前に確認して適切なリスク管理措置を講じたうえで安全な食品を消費者に提供する義務があります。日本では食品衛生法によりHACCPが制度化されていますので全ての事業者がHACCPに基づいたリスク管理を行っているはずです。

では、一つの食品に対してどのくらいのことを考えるのでしょうか?その良い例が英国FSAの研究報告として公表されていたので紹介します。

輸入ハチミツのリスクプロファイルというものです。
Risk Profile: Imported Honey
May 2024  Food Standards Agency and Food Standards Scotland
DOI: https://doi.org/10.46756/sci.fsa.fjl846

●ハチミツとは何か

ハチミツはハチが集めた植物の蜜が部分的に脱水されたもので、ハチの唾液に含まれる酵素によって蜜中のショ糖がブドウ糖と果糖に分解されています。水分が少ないので微生物が繁殖して腐ることはないですが、花粉やその他の汚染物質が環境中から持ち込まれて含まれることがあります。また養蜂の際にミツバチに寄生する病害虫に対処するため燻煙したり抗生物質を使ったりします。そのため考えなければならない汚染物質は非常に多いです。

HACCPの最初の手順であるハザードアナリシスで考慮する必要のあるハザードとして挙げられているのが以下です。

【微生物ハザード】

  • Clostridium botulinum
  • C. perfringens
  • Bacillus cereus
  • Staphylococcus aureus

【化学的ハザード】

  • アンチモン
  • ヒ素
  • カドミウム
  • クロム
  • マンガン
  • 水銀
  • ポリ塩化ビフェニル類(PCB)
  • ポリ臭素化ジフェニルエーテル類(PBDE)
  • 多環芳香族炭化水素(PAH)
  • 短鎖及び中鎖塩化パラフィン
  • ポリフルオロアルキル化合物(PFAS)
  • 残留農薬(アセタミプリド、銅化合物、グリホサート、チアクロプリド等)
  • 動物用医薬品(シプロフロキサシン、エンロフロキサシン、エリスロマイシン、オキシテトラサイクリン、スルホンアミド、トリメトプリム、タイロシン等)
  • アフラトキシン
  • オクラトキシンA
  • デオキシニバレノール
  • ピクロトキシン
  • グラヤノトキシン
  • ニコチン
  • ピロリジジンアルカロイド
  • トリコテセン類(T2/HT2)
  • トロパンアルカロイド
  • ゲルセジンアルカロイド
  • 5-ヒドロキシメチルフルフラール
  • 過塩素酸塩
  • フタル酸エステル類
  • ビスフェノールA
  • 放射性物質
  • ミツバチ由来たんぱく質(アレルゲン)

【その他】

  • マイクロ(ナノ)プラスチック、遺伝子組換え植物の花粉

さらに、いくつか補足を加えておきます。

  • このうち最も有名なのが乳児ボツリヌス症の原因とされるClostridium botulinumの芽胞です。死亡例もあるためハチミツは乳児に与えてはならないという警告をすることが求められます。
  • 健康にとって望ましくない各種重金属類や難分解性有機汚染物質類、放射性物質(欧州ではチョルノービリ原子力発電所事故以降いろいろなものから検出されている)は環境中に広く存在するためハチミツからもしばしば検出が報告されているため、濃度の監視が必要です。
  • 残留農薬はミツバチが蜜を集めた植物に農薬が使われていた場合に検出される可能性があり、養蜂する場所や時間を選ぶことで対処できます。殺虫剤はミツバチにとっても有害なので当然管理していると思いますが。
  • 動物用医薬品はミツバチの巣を病原体から守るために処理した後の適切な管理が重要になります。これは畜産一般と同じです。
  • カビ毒や植物そのものに含まれている天然毒素はハチミツから多数検出されています。ミツバチが広範囲の多様な植物から蜜を集める性質がある以上、これは混入する可能性があるものと考えて濃度を監視する必要があります。グラヤノトキシンやピクロトキシンを含むハチミツは実際にヒトで健康被害が報告されています。こうした毒素を含む植物が生えていないかどうかを確認する必要があります。
  • フタル酸とBPAはハチミツを保管する容器からの溶出の可能性があるものです。
  • ハチミツに関連するアレルゲンは、花粉とミツバチ由来たんぱく質の両方の可能性があり、アナフィラキシー反応も報告されてはいます。ただ一般的対策に反映できるほどしっかりしたデータはありません。
  • プラスチック片のような異物はろ過して取り除くことは可能ですがマイクロプラスチックやナノプラスチックとなると特殊なろ過になり、ハチミツに含まれる花粉も除去されるのでハチミツとしての特徴が変化する可能性があります。

どうでしょうか?ハチミツを使った商品を扱っている事業者はたくさんあると思いますが、その関係者はこれらが全てすらすらと出てきて対処法があげられるでしょうか?

報告書では個別のハザードについて、摂取量を考慮したうえでのリスクの大きさも検討しています。輸入となると相手国の状況も考える必要があり、偽装のリスクもあります。ハチミツを扱う事業者は是非、報告書本文を読んでください。141ページあります。

●「ハチミツは上白糖より安全」ではない

この原稿で紹介したかったのは、食品の安全性を確保するためにはいろいろなことを考えないといけないのだ、ということです。食品安全対策に専門性が必要なのはそういう理由です。実際のところ、ハチミツは食品の中でも特にハザードの種類が多いもので、そこまで考えないでハチミツを使った製品を販売しているという小規模事業者もいると思います(本当は専門性の高くない事業者には、リスクがより管理されている大手サプライヤーの上白糖を使ってもらった方が安心なのですが)。

多くの国で、小規模事業者に対する安全性確保のための要求や監視は大企業に対するものより少ないので、リスクが管理されないまま販売されていることはよくあります。だからこそFSAが国の資金を使って報告書を作ったわけです。

なお消費者に対しては、ハチミツには多数のハザードが考えられるものの、たくさん食べるものではないので、大人がたまに少量使うだけならそれほど心配する必要はないと言えます。ただ、ハチミツのほうが上白糖より安全だなどという主張は間違いであることは覚えておいたほうがいいと思います。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。