科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

ALPS処理水放出から1年 風評被害は起きたか?

畝山 智香子

東京電力が2023年8月に福島第一原子力発電所のALPS処理水の放出を開始してから1年がたち、この区切りに関連情報をいくつか紹介します。

まず最初に確認しておきたい情報源は東京電力の公式サイトで、2024年8月7日から、第8回目の放出を開始しています。以下のサイトから最新情報が提供されています。

処理水ポータルサイト | 東京電力 (tepco.co.jp)

ALPS処理水の放出に関しては、国際原子力機関(IAEA)は日本の状況を監視し続け、2024年7月18日には安全性に関する2回目の包括的報告書を発表しました。1回目の包括報告書は処理水の放出が始まる前の2023年7月に公表されています。

IAEAは、8月7日には8回目のALPS希釈水のトリチウム濃度が日本の運用基準をはるかに下回っていることを確認したとプレスリリースを出しています。いずれも安全上の問題はないことを確認し続けています。

●香港・韓国・シンガポール 日本産食品の検査結果を公表

処理水の放出前から日本産食品に対してずっと検査をしている国や地域で提供されている情報には以下のようなものがあります。

香港は専用サイトを作って毎日日本産食品の検査結果を更新しています。

2024年8月16日時点で、2023 年 8 月 24 日以降の合計検査数76,843件で、全て合格となっています。

韓国は毎週検査結果を更新していて2024年8月16日発表では2023年は33,730件、2024年は8月15日までの間に22,464件の検査を行っています

またシンガポールは2024年4月19日のプレスリリースで2013年以降日本から輸入される食品に放射能汚染は検出されていないと述べています。

このプレスリリースはソーシャルメディアで福島第一原子力発電所からの排水の放出が日本の地下水を汚染して北海道の沿岸に死んだ魚が打ち上げられているというデマが出回っていることを否定するためのもので、シンガポール政府は処理水放出開始以降日本から輸入される食品のサーベイランスを強化しているものの検査結果は安全要件を満たしていると述べています。

ALPS処理水の放出方針が決まってから実際に放出が始まる前の2022-23年の間には、メディアなどで盛んに環境に悪影響があるとか風評被害により福島や日本の漁業が打撃を受けるといった説が取り上げられていました。結果的には福島の水産物についての国内の消費者の反応は処理水放出によりあまり影響はなかったと言えるのではないでしょうか。

中国や韓国の日本への対応は政治が大きな割合を占めるので安全性が立証されれば問題は解決するというようなストレートなものではないですが、それは食品に限らないので政治的に対応するしかないでしょう。ただし科学的に適切な安全性は必要条件ではあります。

●消費者の多くは、日本の食品を安全だと思っている

今回紹介したいのは、私がここ数年調査している結果の一部です。

関東地方と東日本大震災の被災地にある大学3つの農学部と薬学部の2-3年生合計約300人に毎年アンケート調査を行っています。その設問の一つが以下のようなもので

普段食品の安全性を心配していますか。当てはまる項目に○をつけて下さい。

とても不安 ・ やや不安 ・ あまり心配していない ・ 安全だと思っている

それを4年分集計したのが以下の表です。

とても不安(%)やや不安(%)あまり心配していない(%)安全だと思っている(%)「あまり心配していない」と「安全だと思っている」の合計(%)
20201.213.270.015.685.6
20210.817.365.316.681.9
20220.918.963.217.080.2
20230.413.267.219.286.4

食品の安全性について心配している人はずっと2割以下で、ALPS処理水の放出が話題になってもあまり変わりませんでした。大学生はもともと食品安全に関心の高い集団ではないですが、震災直後にはそれなりに放射性物質を心配していました(直接比較できるデータはないので印象論ではあります)。

しかし放射性セシウムをはじめとする放射性物質の性質やリスクについてそれなりに学んできた10年を経て、自然界でも多数生じているトリチウムの危険性を訴えて日本の食品が安全でなくなるという一部の主張には全く説得力がありませんでした。

食品安全関係のイベントなどからの感触でも処理水放出で食品が心配だという意見はほとんどなく、風評被害がおこるにちがいないというメディア報道とはかけ離れていました。

消費者は決して「安全性を理解せずただ不安だと言っている愚かな人たち」ではないです。

放射性物質や処理水の件だけではなく、食品添加物の無添加表示などでも思うことですが、食品事業者やメディアは、不釣り合いに声の大きい一部の消費者像にとらわれすぎて、沈黙の大多数の人たちを忘れがちです。

消費者の多くが日本の食品を安全だと思っているという事実は何より大事で、その期待に応えることが食品安全関係者の最大の責務だと思います。

なお、調査の詳細については国立保健医療科学院の厚生労働科学研究成果データベース (niph.go.jp)で「震災に起因する食品中の放射性物質ならびに有害化学物質の実態に関する研究」および「食品中の放射性物質等検査システムの評価手法の開発に関する研究」で検索すれば各年度の報告書が閲覧できます。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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