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執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

米国の食品の被害事例―小林製薬の紅麹製品と比べると(後)

畝山 智香子

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前編で、米国で起きたデイリーハーベストのタラ粉末の事件について紹介しました。この問題は小林製薬の紅麹製品の事件に似ているところがあり、米国での対応を日本だったらどうなるか、後編では考えてみましょう。

●タラ粉末事件の周辺情報

まずは、この会社が安全性をどのように考えているのかを探ってみます。

デイリーハーベスト社は、「健康的な食事を手軽に美味しく食べられる」を謳ったサブスクリプション型のデリバリーサービス会社とのことで、創業者はビジネススクールでMBAを取得したマーケティングが専門の起業家だそうです。

会社のHPによると「健康的」というのは菜食を指し、製品は全て植物由来です。問題の「レンズ豆とリーキのクランブル」製品は冷凍で届けられ、ひき肉の代わりに料理に使うことを意図していたとのことです。

デイリーハーベスト社ウェブサイトの「食品安全基準」のところをみると、植物成分のみで、添加物や保存料は使わず、オーガニックで遺伝子組換えではなく、アレルゲンを含まず、病原体や化学物質や毒素は検査していると書いてあります。
「allergen-free」や「toxin testing」という部分には具体的な名称はなく、食品安全の基本をおさえているというよりはイメージだけで対応している印象です。しっかりした専門家の監修はなさそうです。

事故後の会社のプレスリリースによると、問題の製品は2022年4月28日から6月17日までに約28000ユニットの製品が販売されたそうで、この製品の数に対する被害者の数(393人の苦情と133人の入院)は相当多いです。

ところがが、毒性学専門誌に掲載された論文(Amar G. Chittiboyina et al., Chemical Research in Toxicology 2023 36 (6), 818-821)の考察部分に「遺伝的に影響されやすい人では悪化する可能性がある」と一行だけ書いてあることを、会社のプレスリリースでことさらとりあげて「有害影響は、医学的に知覚されていなかった遺伝的に影響を受けやすい一部の人でしか見られないようだ」と書いているあたり、事件の重大さを軽く見せようとしているとしか思えません。

●タラ粉末事件と紅麹製品の類似点と相違点

脱線しますが、いわゆる健康志向のイメージで売っている会社が必ずしも真の安全性を重視しているわけではない、というのは世界中でよく見られます。安全性や健康は、ファッションやマーケティングではなく専門性を必要とする技術なのですが、そこが一般に理解されているとはいいがたいです。

サブスクリプション(定期購入)という売り方は、健康食品でもよくみられますが、同じものを継続して食べる可能性が高くなるので一般食品より高い安全性が要求されます。

そういう会社の製品で事故がおこったわけですが、小林製薬の紅麹製品の事件との類似点として、以下があります。

  • 健康によさそうなものとして販売されていた食品による大規模健康被害
  • 問題の原材料に由来する食品添加物が存在し、食品添加物のほうは問題はない。
  • 組成のわからない天然物であるため、健康被害の原因を特定するのが困難

そして異なる部分は以下です

  • FDAに直接健康被害が報告されるシステムが存在し、企業からの報告を待たずにFDAやCDCが状況を把握できた。
  • 米国では安全性を立証されていない食品に行政が対応する制度が存在するため、有害性の立証ではなく安全性の立証がないことを根拠に食品の販売を実質的に禁止することができる。

●もし、デイリーハーベスト社の製品が日本で販売されていたら…

もしもこのデイリーハーベスト社の「レンズ豆とリーキのクランブル」製品が日本で販売されていたらどうなったでしょうか?

早期に有害事象を検出できて、有害影響が疑われる食品を速やかに回収できたでしょうか?そして事故後に問題の原因と疑われる食品を排除できるでしょうか?

日本では一般的に食中毒は患者さんを診察した医師が保健所に届け出ます。病原菌などが確認できればスムーズに対応できますが、原因不明の、よくある症状の患者さんだと食品による中毒と判断するのは難しいのではないでしょうか。

消費者が企業に問い合わせをしても、それをどう処理するかは企業次第です。今回の紅麹製品の報告状況を見る限り、ベンチャー企業が迅速に行政に全ての情報を伝えることを期待するのは楽観的過ぎると思います。

そしてタラプロテインパウダーは、健康被害の原因ではないかと疑われてはいますが、立証されてはいません。したがって米国でもカナダでも、安全性が立証されていない新規食品であることを理由に販売を制限しています。ほかの多くの国でも同様の対応が可能です。

しかし日本では、新規食品に関する明確なきまりがないので、例えば「タラガムとして食品添加物に使われている植物だから問題ない」といった強弁に負けるかもしれません。

実際に紅麹サプリメントについて、ベニコウジ色素として使われているものと同じだから食経験があると主張する人がいました。健康被害の原因究明はいずれにしろ困難で、アメリカでも、事故から2年たっても決定的根拠は出ていません。

「安全性が立証されていないから販売できない」ことと「有害性が立証されれば禁止できる」ことの間には大きな違いがあります。後者の日本のやりかただと相当数の被害者が出てしまいます。誰もそんなことは望んでいないはずなのです。

こうしたことから、私は日本でも新規食品の安全性を確保する制度を運用すべきと主張しているわけです。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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