科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

臨床栄養に踏み込んだ重症化予防の章:これでわかった!食事摂取基準29

児林 聡美

エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインであり、信頼できる食情報のエビデンスとして活用できる「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」を連載でご紹介しています。

● 生活習慣病を扱う3章

前回のコラムでは、各論の第1章が個々の栄養素に注目して記述しているのに対して、第2章と3章は人に注目して記述している章であることを解説しました(すべての日本人のために改めて情報を整理する対象特性の章:これでわかった!食事摂取基準28)。

このうち第2章は、妊婦・授乳婦、乳児・小児、高齢者というライフステージにいる人が注意したい栄養素の摂り方に関して、第1章で説明していた個々の栄養素の内容を対象特性ごとに整理して、改めて確認する章でした。

一方で今回から扱う第3章は、「生活習慣病とエネルギー・栄養素との関連」という見出しにあるとおり、生活習慣病の人やそのリスクが高い人が注意したい栄養素の摂り方を解説している章です。
そして、この内容が章として、ここに位置づけられていることには、とても大きな意義があるのです。

● 予防とは

この第3章の意義を説明する前に、予防医学の概念を少し確認しておきましょう。

みなさんは、一次予防、二次予防、三次予防という予防医学の用語をご存じでしょうか。
一次予防とは、今健康な人が生活習慣の維持や改善、健康教育、予防接種などにより、病気にかからないようにすることです。
二次予防とは、病気になってしまった人を健康診断などにより早期発見し、早期治療につなげて病気が重症化しないようにすることです。
三次予防とは、病気になってしまった人を治療しながら、保健指導やリハビリを行って社会復帰を支援し、再発を防止することです。
そして、一般的に「予防」というと、多くの場合は一次予防を指します(文献2)。

食事摂取基準が何のために策定されているのかという目的は「健康な日本人が、食事によってその健康を保ち、状況によっては改善し、生活習慣病などの病気にかからないようにするため」でした(誰のため?何のため?:これでわかった!食事摂取基準2)。
(ちなみに、食事摂取基準で扱っている生活習慣病は、高血圧、脂質異常症、糖尿病、慢性腎臓病の4つであることも再度思い出しておきましょう。)

つまり、食事摂取基準の本来の目的は、一次予防であったと言い換えることもできます。
けれども、食事摂取基準の求められる役割は次第に一次予防に留まらなくなってきました。
国の健康づくりに関する「健康日本21」という取り組みは、2013年度から始まった第二次の内容が現在も実施されているところで、その中で「主要な生活習慣病の発症予防と重症化予防の徹底を図る」ことが基本方針に掲げられています。
一次予防だけでなく、二次予防と三次予防も大事だとされているのです。
この考え方を踏まえて食事摂取基準も改定を重ね、前回の2015年版のときに、初めて「重症化予防」という用語が使われるようになりました。

そして、目標量は4つの生活習慣病の発症予防という一次予防のために定められた指標であるのに対し、生活習慣病の重症化予防のための量も設定できれば別途設定するという方針で、論文収集がされるようになり、その結果が記述されるようになったのです(誰のため?何のため?:これでわかった!食事摂取基準2)。
さらに2015年版で、参考資料という位置づけで「生活習慣病とエネルギー・栄養素との関連」の解説がされ、重症化予防の記述が加わりました。

● 治療ガイドラインとの調和

そういった経緯で2015年版以降の食事摂取基準で記述されるようになった生活習慣病ですが、2020年版では記述内容に大きな改定はないものの、その扱いは参考資料ではなく、各論のひとつの章という、本文の一部として扱われるようになりました。
本文中に、一次予防のみではなく、二次予防や三次予防の記述が含まれるようになったというのは、言い換えれば、臨床栄養が食事摂取基準の一部に正式に含まれるようになったということになります。

ところで臨床の分野では、各疾患の治療ガイドラインが存在します。
臨床の現場ではその治療ガイドラインに沿った治療が行われており、食事に関してもこれらの治療ガイドラインの内容に従って改善が勧められます。
そうなると臨床の現場では、食事摂取基準の内容と疾患治療ガイドラインの内容のどちらを実行したらよいか、迷うわけです。

そこで食事摂取基準には、疾患を有する人やそのリスクが高い人で治療を目的とする場合には、食事摂取基準の基本的な考え方を理解した上で、各疾患治療ガイドラインなどを用いるように、と総論に書かれています。
優先すべき考え方は食事摂取基準で、それが理解できたうえで治療ガイドラインを使いましょう、としているわけです。

さらに、食事摂取基準の内容と各疾患治療ガイドラインの内容に齟齬があっては、活用する側としては迷ってしまいます。
実は、食事摂取基準2015年版の策定時は、各疾患治療ガイドラインの作成に関わった専門家の先生方と十分に意見交換をする場はなく、食事摂取基準と各疾患治療ガイドラインの内容に齟齬があっても仕方のない状況でした。
この状況が見直され、2020年版の策定時は、各疾患治療ガイドラインの策定に関わった先生方との意見交換もしながら、編纂作業が進められたのです。

これは図1に示したように、以前はそれぞれ遠い存在であった食事摂取基準と各疾患治療ガイドラインの関係性が、かなり近づいた状態になります。

図1. 食事摂取基準と各疾患治療ガイドラインとの関係図(厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2020年版)研修会資料より):2015年版までは食事摂取基準は各疾患治療ガイドラインは独立して策定されていましたが、2020年版で初めて、お互いの内容に齟齬がないように、各ガイドラインの作成者の意見を聞きながら食事摂取基準が策定されました。

食事摂取基準に臨床栄養が含まれるようになったこと、そして食事摂取基準と各疾患治療ガイドラインとの関係性が近づいたことは、今までになかった大変画期的なことなのです。

●関連図に重要ポイントが詰まっている

さて、こうした経緯を経て、章に格上げされた「生活習慣病とエネルギー・栄養素との関連」が、どのように記述されているのかを確認しておきましょう。

この第3章では、高血圧、脂質異常症、糖尿病、慢性腎臓病の4つの疾患が取り上げられており、それぞれの疾患が各項で解説されています。
ひとつの疾患にどのような栄養素が関与しているのかが文章で説明されているのは1章と同様ですが、特徴的なのはその関係性が図にもまとめられていることです(図2)。

図2. 栄養素摂取と脂質異常症との関連(文献1 3-2 図1):第3章ではエネルギー・栄養素と病気との関係性を示した図が示されています。関連の正負やエビデンス・レベルがこの図から分かります。

この図の特徴は、エネルギーや栄養素と各病気の関連の有無が分かるだけではなく、エビデンス・レベルの高さも分かることです。
たとえば図2は、栄養素摂取と脂質異常症との関連を示していますが、正の関連がある場合には(+)、負の関連がある場合には(-)の記号を使って、関連の方向が示されています。
さらに、エビデンス・レベルの高いものは(++)というように、2つの+マークがついています。
関連図によれば、脂質異常症の重症化予防のためには、(++)のついた2つの経路に特に注意して重症化予防にあたればよいことがわかります。

また、この図に示されている関連が「特に重要なもの」に限られていることも特徴です。
最近の研究や流行りといったことに惑わされず、関連する研究全体なかで信頼できるものに限定し、さらに関連がある程度強いものに限られて示されています。

●関連図は各栄養素の基準値に代わるもの

こうして3章の各項に示されている、栄養素摂取と病気の関連図は、1章の栄養素の各項で示されていた、栄養素の指標の値に代わるものと考えることもできます。

この図の活用方法は、総論で説明されている、食事摂取基準の指標の値の活用方法と同様です。
各指標を活用するには、対象者の現状の「習慣的な栄養素摂取量」を調べ、それと食事摂取基準の各指標を比較して、今の摂取状況が適切かを判断し、課題があればどれを優先するか決める必要がありました(指標活用のために必要な相棒とは?:これでわかった!食事摂取基準7)。
3章で示されている関連図を活用するときも同様で、対象者の現状の「習慣的な栄養素摂取量」を調べます。

たとえば、LDLコレステロールが高い、ある対象者の食事摂取量を調べ、飽和脂肪酸の摂取量は比較的少なく、食事性コレステロールの摂取がとても多いことが分かったとします。

調べたその対象者の摂取量と図2の関連図とを照らし合わせることで、たとえ飽和脂肪酸の摂取に注意が必要という情報のエビデンス・レベルが高かったとしても、この場合は食事性コレステロールの摂取に気を付けるという情報のほうが重要な情報となるわけです。

それでは、第3章の目的や意義が理解できたところで、次回からは各生活習慣病の項を確認していきましょう。

参考文献:

  1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. 2019.
  2. 一般社団法人 安全衛生マネジメント協会. 安全衛生関連用語集.

※食情報や栄養疫学に関してヘルスM&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。また、食事摂取基準の本文全文を読んで詳しく学びたい方向けに、通信講座も開講しています。ぜひご覧ください。

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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