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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

欧米のバイテク農産物の規制動向(上)~米国 家畜の管轄をFDAから農務省へ

白井 洋一

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ゲノム編集技術を含むバイテク応用食品の規制に関して、昨年(2020年)12月から今年1月に米国と英国で動きがあった。米国はいままで魚や家畜など遺伝子組換え動物の管轄は食品医薬品庁(FDA)だったが、農務省(USDA)に変更する案を発表した。2020年5月にバイテク農作物の審査システムを改正したが、今回は家畜だ。

1月初め、欧州連合(EU)から正式に離脱した英国は、ゲノム編集技術を使った応用食品のうち、突然変異を誘導して作物の機能の一部を抑制し、外来遺伝子が残っていないものは、組換え作物のような規制はしない方針を発表した。2018~19年に日本の環境省や厚生労働省が「小規模な変異誘導のみのタイプ1は規制対象外」としたのとほぼ同じ内容だ。

米国も英国も意見募集の段階で、まだ決まりではない。どちらも遺伝子組換えのような感情や思想的影響を排除して、科学的知見をベースに判断すると強調しているが、簡単にはいきそうもない。トウモロコシ、ダイズなど多くの組換え作物を商業化してきた米国でも、動物は成長促進サケが2015年に承認されただけだ。このサケも、連邦議会を巻き込んだ反対運動もあり、申請から承認まで20年かかった。米国でも動物は作物とは違うようだ。

英国の場合は、産業界から歓迎する声もあるが、EUの動向を不安視する動きもある。英国だけ独自路線をとると、EU市場への「輸出」に影響するのではないかという心配だ。米国、英国、2回に分けて紹介する。

バイテク動物の管理を食品医薬品庁(FDA)から農務省に

2020年12月21日、農務省はバイテク動物の審査をFDAから農務省に移管する案を発表した。

トランプ政権の最後に唐突に出されたものではなく、オバマ政権の2015年7月、連邦政府の科学技術政策局(OSTP)が、「バイテク応用製品の規制や管理制度について、農務省、環境保護庁、食品医薬品庁(FDA)で再検討し、時代に合ったものに改めるべき」と指示したのが発端だ。FDAは2017年1月に、ゲノム編集技術を使った動物や食品の評価の考え方を示しており、これまで省庁間で担当部署を変更する動きは報道されていなかった。

今回、農務省から出された提案はやや唐突な感じもするが、主な内容は以下のとおりだ。

  • 農業目的のバイテク家畜の審査、管理をFDAから農務省の動植物検疫局(APHIS)に移管する。
  • 対象となる家畜は、牛、羊、ヤギ、ブタ、馬、その他のウマ科動物、ナマズ、家禽(鶏)類。
  • 医薬品、医療目的の動物は今まで通り、FDAが担当する。
  • 家畜の食肉検査は現在も、農務省の食品安全検査局(FSIS)が担当しており、開発されたバイテク家畜の審査も含め一貫して農務省が担当する。
  • 農務省の新たな審査は、科学的知見をベースに、リスクに応じておこなう。
  • ベンチャー企業、スモールビジネスの発展を阻害しないよう考慮し、合理的、迅速に審査する。

2020年5月の農作物審査システムの改訂では、作物保護法により、組換え作物が有害生物となるかどうかを、リスクベースで審査し、ゲノム編集技術を使った作物でも、有害生物化のおそれがないなら、規制対象外にした。家畜もこれにならって、動物衛生保護法や食肉検査法によって、動物リスク(有害生物化)とならないかを判断基準にするようだ。ゲノム編集応用動物も、従来育種法による家畜と同等のリスクならば特別な規制はしないと書いてある。

農務省が担当するのは農業目的の家畜だけで、医薬品関連はFDAのままと強調している。しかし、魚類でも農務省が担当するのはナマズだけで、サケやコイなど食用のバイテク魚類はFDA担当となるので、「食肉は一貫して農務省」というわけでもないようだ。

FDA  遺伝子組換えブタ 初めて承認

今回の管轄官庁の変更との関係は不明だが、2020年12月14日にFDAは医療用の組換えブタの商業利用を承認した。商業利用の承認は2015年11月の成長促進サケ以来で、組換えブタは初めてだ。

初の遺伝子組換えブタ承認を伝えるFDAニュースリリース
   初の遺伝子組換えブタ承認を伝えるFDAニュースリリース

GalSafe(ガルセーフ)ブタという名称で、アレルギーの原因となるαガル糖を発現しない組換えブタだ。FDAの発表では、食用と将来的な治療用途の両方で承認したとあるが、メインはαガル糖を含まないヒト用医薬品を作る医療資源のようだ。開発者は2009年に論文発表しているが、申請から承認までの年数は今回のFDAの書類からは不明だ。今回の発表前も、後からもメディアやバイテク反対派から目立った動きはない。関心がないのだろうか?

米国でも、医療用組換え動物は、血液凝固を阻害する乳を分泌するヤギ(2009年)、稀病治療用酵素の原料となる卵を生むニワトリ(2015年)など数件しか承認されていない。FDAは組換え動物を連邦食品医薬品化粧品法の新規動物用医薬品条項によって、DNA産物を宿主動物に導入した「新規添加物」という観点で規制している。医薬品の審査は提出データが多く、費用と時間がかかるため、これまでも産業界は審査制度の改善を求めていた。

管轄移管 すんなりまとまるのか 政権交代の影響は?

12月の発表では、FDAとの協議はこれから詰めるとなっていた。FDAは移管を承諾しないだろうというニュースも流れていたが、2021年1月19日に農務省とFDAが覚書を交わした。

農業目的以外の組換え動物の管轄は譲らないが、農業目的の場合は、一部の動物の監督権限を農務省に移すことも可能とするという内容だ。どの家畜が対象かは明記していないが、一部の家畜の移管は協議して進めるという。さらに農業目的以外でも、管轄する組換え動物の効率的なリスクに基づく審査アプローチを直ちに実行すると書いてある。

バイテク家畜の審査をFDAから農務省に移すべきという要求は、以前から養豚協会など畜産関係団体から出ていた。特に2017年、FDAがゲノム編集応用食品の家畜も担当すると発表したとき、養豚協会は、「FDAは医薬品と同じ基準で審査する。農務省は小規模な変異誘導は規制対象外としたのに」と、管轄移管を強く要求している。今回の農務省の提案に畜産業界の要求が影響したのは確かだ。

一部の移管を認めた覚書はトランプ政権の最終日(1月19日)に出されており、農務省案がこのまま通るかはわからない。意見募集は2月下旬までだが、畜産業界だけでなく、環境、消費者団体からも賛成、反対、さまざまな意見が出るだろう。大幅な修正があるのか、民主党政権が廃案にして別案を出すのかも不明だ。

一つだけ確かなのは、今回の農務省の提案で、FDAの審査体制に刺激(危機感?)が生じたことだろう。食肉用のバイテク動物を医薬品と同じアプローチで審査するのはどう見ても無理があり、見直しは必要だったからだ。ガルセーフブタに続いて、医薬・医療用のバイテク動物の審査・承認も進むのか、その動向も注目される。

次回はゲノム編集応用食品の規制方針を発表した英国の事情を紹介する。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介