科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

小暮 実

東京農工大学農学部農芸化学科卒。東京都中央区保健所で食品衛生監視員として40年間勤務した後、食品衛生アドバイザーとして活動中。

保健所の現場から見た食品衛生

食中毒事件の変遷と新型コロナウイルスの影響

小暮 実

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東京都では連日200名を超えるPCR陽性者が報告されるなど、新型コロナウイルスの「第2波」への警戒や対応が検討されている。このような中で、飲食店もテーブルのレイアウトを変え、客席を減らし、窓を開けて営業するなど工夫を凝らしている。新規にテイクアウトを始める営業者も多く、保健所窓口への相談も多いと聞く。これらテイクアウト食品による食中毒の発生が懸念されることから、厚労省や各保健所でも予防対策を啓発している。

確かに、気温上昇に伴い細菌性食中毒の発生が懸念されるが、現時点では食中毒が頻発しているような感じはない。保健所も新型コロナウイルス対応で忙しく、正確な数字が反映されていないからかもしれないが、実際はどうなのか。厚生労働省HPの食中毒統計からこれまでの変遷を紹介し、今年の1~6月の発生状況と比較してみた。

【食中毒事件数と患者数の推移】

年次別食中毒発生状況をもとに、昭和56年から令和元年までの39年間の発生状況を図1に示した。
発生件数は、平成10年の3,010件をピークに近年は1,000件前後を示している。また、患者数は年間2~5万人の間を推移しており、近年は15,000人前後となっている。

【主な原因物質別発生数の推移】

食中毒統計は平成7年以降に詳細な発生状況の記載があり、そこから24年間の主な原因物質別発生数をグラフにしたのが図2である。

 

 

 ●サルモネラ、腸炎ビブリオは激減
発生数がピークの平成10~11年には、サルモネラと腸炎ビブリオによる事件が年間800件を超えるなど流行していたが、令和元年には、サルモネラ21件、腸炎ビブリオ20件と激減している。
サルモネラについては、かつては鶏卵による事件が多発していたが、生産段階で産卵鶏へのワクチン投与などにより鶏卵の汚染率が下がったことや鶏卵の割置き防止を指導することなどで発生数が減少している。
腸炎ビブリオについては、魚市場で使用する海水が清浄化されたことや発砲スチロールと氷によるコールドチェーンの確立が激減の主な原因と考える。

 ●ノロウイルス、カンピロバクターが増加
これに反して、ノロウイルスとカンピロバクターによる事件数が増加しており、減少傾向にはないことが良くわかる。カンピロバクターは、生食ブームにより鶏刺、レバー刺などの生食が増加したもので、平成10年から急増したままである。
ノロウイルスについては、当初は小型球形ウイルスとして計上されていたが、平成14年からはノロウイルスとして計上され、現在は主要な原因物質となっている。原因物質不明の事件については、平成8~9年には1割以上あったが、検査技術の向上により令和元年には1.6%となっている。カンピロバクターやノロウイルスの検査法が開発され、原因不明の事件が減ってきたものと考える。
東京都健康安全研究センターでは、過去の食中毒事件の患者糞便を冷凍保管しており、原因不明の70事件を再検査したところ、うち48事件(68.6%)からノロウイルスが検出されたことを報告している。ノロウイルスが検出された事件は、10月から3月の冬場に集中しており、ノロウイルスによる食中毒が従来は原因不明の食中毒として計上されていたものと考えられている。

 ●アニサキスが急増中
魚の寄生虫であるアニサキスについては、平成25年から計上されているが、その後年々増加しており、平成27年からは年間100件を超え急増している。平成30年には468件で原因物質のトップとなった。患者は、胃カメラで寄生虫を排除して食中毒であることが判明するため、患者数はほとんどが1名である。
急増の原因は不明であるが、最終宿主であるクジラを捕獲しなくなったこと、地球温暖化で海流が変わったことなどから魚への寄生が増加しているのではないかと勝手に憶測している。近年、アニサキス症の治癒後に魚アレルギーとなる患者が発生しており、新たな課題となっている。私の知人も、アジの刺身を食べてアニサキス症となり、その後、魚アレルギーとなったため魚のダシでもかゆみ等の症状が出る体質となってしまったそうだ。
アニサキス症の後で魚アレルギーになった事例で、食中毒保険より約300万円で和解した例が報告されているが、魚が大好きな自分が、魚を一生食べられない体質となっしまったら、果たして300万円で納得できるだろうかと自問している。皆さんならいかがでしょうか?

 ●黄色ぶどう球菌 テイクアウト初心者は注意
黄色ぶどう球菌については、手指の切傷や火傷などの化膿巣からの汚染と増菌によるエンテロトキシンの産生が原因であるが、ここ数年は年間20~30件の発生となっている。外食事業者の新規参入で、テイクアウト初心者が一番注意する必要のある細菌である。
注意点としては、加熱した食品で直ぐに食べない食品は素手で触らない。つまり食中毒菌である黄色ぶどう球菌を付けないことに尽きる。もちろん、加熱調理食品であっても、WHOが提唱している「食品をより安全にするための5つの鍵」のように、加熱後2時間以内に食べることが理想的である。

 

図3 食中毒患者数(原因物質別)

【主な原因物質別患者数の推移】

病因物質別患者数の推移は図3のとおり、ノロウイルスの患者が多い。例年11月頃から流行が始まるが、今年は飲食店での会食が激減していることや、新型コロナウイルス対策として手洗いの励行が徹底していることから、患者数が減少するものと推定している。

【夏型から通年型または冬型への変遷】

食中毒というと気温の上昇する夏場の発生が懸念されるが、過去25年間の5年ごとの月別発生数をグラフにしたのが図4~図7である。細菌性の食中毒であるサルモネラや腸炎ビブリオについては夏型であるが、これらの発生数が年々減少するとともに通年型または冬型に推移していることがよく解る。保健所での食中毒調査でも、近年は夏場より冬場のほうが忙しいのが実感である。

図4~7 食中毒発生(平成8~28年の5年ごとの月別食中毒発生件数)

【平成29年~令和2年6月までの月別発生状況】

平成29年から令和2年6月までの月別発生件数は図8のとおりである。
今年は1~2月は平年並みであったが、3月からの新型コロナウイルスの影響で各種の会食が自粛されたためか、発生件数が激減している。皆さんが心配されているテイクアウトの影響は、まだ心配がないように私には思われる。

図8 平成29年~令和2年の月別食中毒発生件数

【令和2年1-6月の食中毒発生状況】

表1 令和2年1~6月の食中毒発生状況と過去3年の比較

表1に今年の前半期と平成29年~令和元年の同時期の発生数を示した。主要な原因物質であるアニサキス、ノロウイルス、カンピロバクターともに発生数が大幅に減少しているのに対して、家庭での発生が多い「動物性や植物性自然毒による事件」は、ほぼ例年どおりの発生数を示している。
このまま進めば令和2年は、ここ40年間で一番食中毒発生件数の少ない一年となりそうである。

【HACCP制度化と食中毒】

約40年間、保健所の食品衛生監視員として食中毒調査に当たったが、食中毒事件の病因物質と原因食品の多くはパターン化している。ノロウイルスと黄色ブドウ球菌による事件は、調理人にも由来するが、他の食中毒事件は原材料由来によるものがほとんどである。清浄海水の使用やコールドチェーンの確保による腸炎ビブリオ事件の激減、ワクチン接種による鶏卵へのサルモネラ事件の減少など、原材料での食中毒菌汚染を低下させることが食中毒対策として最も有効であると実感している。

近年の食中毒発生状況を見ると、魚介類へのアニサキスの寄生や鶏肉へのカンピロバクター汚染の低減が求められている。天然魚へのアニサキス対策は難しいと考えるが、養鶏場でのGAPの取組や食鳥処理場でのHACCP制度化により、将来は鶏肉へのカンピロバクター汚染が低減されることを期待したい。

執筆者

小暮 実

東京農工大学農学部農芸化学科卒。東京都中央区保健所で食品衛生監視員として40年間勤務した後、食品衛生アドバイザーとして活動中。

保健所の現場から見た食品衛生

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