科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

食品衛生レビュー

楽しいはずの「餅つき大会」が残念な結果に

笈川 和男

キーワード:

 日本では、「餅」は正月などハレ(晴れ:儀礼、祭り、年中行事)には欠かせない縁起物の食材であり、特に正月には神へお供えとして、大切にされてきました。そして、「餅つき」は日本の代表的な食文化の一つで、多くの行事に取り入れられています。「餅つき大会」は、主催者も、参加者も楽しい一時を過ごすことができる人気の行事でしょう。今年1月、このように楽しいはずの「餅つき大会」で、東京都の幼稚園、山形県の学童保育所と、相次ぎノロウイルス食中毒が発生しました。

 1月19日付けの毎日新聞によると、東京都の幼稚園の園児や家族、職員ら154人がノロウイルスによる食中毒にかかり、嘔吐や下痢の症状を呈しました。原因は、1月9日に同園内のホールで開かれた餅つき大会で参加者に配られた餅のようです。餅つき大会には、園児や家族ら338人が参加していました。東京都は、餅つき会の参加者の手を介してノロウイルスが餅に付いたと見ています。

 また、1月23日付けの山形新聞では、山形県の学童保育クラブ保護者会が17日に開いた餅つき大会に参加した子どもと、その保護者の28人が嘔吐や腹痛などの症状を訴えた食中毒事件を報じました。大会では、保護者が協力して納豆餅やきなこ餅などを用意し、参加者で食べていました。調査した結果、患者の便からノロウイルスが検出されました。

 保育園や小学校の父母会などが主催する「餅つき大会」では、毎年1件程度、全国のどこかで食中毒が発生し、ほとんどがノロウイルスによるものです。ノロウイルス食中毒対策は一にも二にも手洗いですが、事前に手洗いの励行を話し合っても、会場近くに手洗い専用の蛇口がなかったりして、手洗いが不徹底になります。そして、知人が来れば「○○さん手伝って」とういうことになり、飛び込みの手伝いが多くなり、やはり手洗いが不徹底になります。

 「餅つき」におけるノロウイルス食中毒の発生は、手水の汚染が原因との報告がありますが、餅をついているときは高温になるので、ノロウイルスが付いても不活化されると考えられます。それより、つき上がったあとの味付けの段階、辛み餅やきなこ餅などにするときが原因となる可能性が高いと思われます。

 そして、寒い時期、室内で餅つきをする場合には、児童や園児の中にノロウイルス感染者がいるものと考えられ、会場で嘔吐があった場合の対策を準備しておく必要があります。対策を簡潔にまとめると、次のようになります。

(1)携わる人を限定し、健康に十分に注意して、風邪を引いた人、お腹がゆるい(軟便)の人(軽いノロウイルス症状を「お腹にくる風邪」ということもあります)は、作業をさせない。
(2)飛び込みの人、子供の手伝いを当てにしない。
(3)流水での手洗いを徹底する。ノロウイルス対策は物理的対策が肝心。
(4)手水はこまめに交換する。
(5)会場で、子供が嘔吐した場合の対策を考えておく。
(6)拡大防止のためにその場で食べ切るようにし、なるべくふた付き容器は使わない。
(7)校庭で行う場合、土埃が餅につかないように周囲に水をまく。

 個人的な感覚として、「餅つき」による食中毒は年に1件程度でなく、もっと発生しているものと思います。報告がそれほど多くない理由は、主催者と参加者同士が知人であり、関係者だからではないでしょうか。私自身、現職のころ「餅つき」について相談を受けた際には、ノロウイルス(小型球形ウイルス)対策を中心に指導しており、「餡を作ることはせず、市販のものを使用してください」と指導していました。

 セレウス菌によっても、ノロウイルスと似たような食中毒事件が発生しています。2001年12月、熊本県の保育園の「餅つき大会」でセレウス菌食中毒が発生しました。園児らが餅を食べて30分後から、嘔吐などの症状を呈したのです。原因食品は「あんもち」で、その餡は3日前から園内で作っていました。アズキを煮た後、砂糖を加えて煮詰めるまでの間、25時間室温放置していて、その間にセレウス菌が増殖し、嘔吐毒を産生したと考えられました(冬でもこの様なことが起こります)。発症者数は356人でした。

 商店会の秋祭り、量販店「開店○周年記念、お客様感謝セール」などのイベントで開催される「餅つき大会」には、不思議と食中毒の報告は確認されていません(あるのかも知れませんが……)。やはり、プロの方々が細心の注意を払って行うからではないでしょうか。しかし、保育園や小学校と同様に食中毒が何時発生するか分かりませんので、今後とも注意が必要です。

 ある量販店で開店○周年の行事で、店内の広場で「餅つき」を計画した際に、テナントの和菓子の製造販売店から、「当店は保健所の指導に従い衛生的に行っているのに、あんなところで『餅つき』をしてもよいのか。営業妨害ではないか」とあったそうです。テナントに同様な店舗がある場合には、事前の調整が必要です。

 営業とは「(1)不特定多数(2)継続性(3)対価を得る」の3原則がそろってはじめて営業と見なされます。「餅つき」はせいぜい2日間以内の実施ですので、継続性が無いために営業に当たらず、営業施設の設備基準が適用されないのが通常です。そのため、「餅つき」の場合は、食中戸毒予防の指導だけで終わっているものと思います。「餅つき」を行う場合には、事前に地元の保健所に相談してください。なお、大手量販店の品質保証責任者によると、「『餅つき』は食中毒発生の危険性が高いので、店主催では行わない」とのことでした。

 FoodScience読者の多くは食関連のそれぞれの部門で専門的に携わっていて、職場では食中毒予防に十分に注意を払っているものと思います。ただ、家庭に帰れば一地域人となり、小学校の父母会や子供会などで活躍している人もいると思いますので、そのような場で「餅つき」をするようなことがあれば、参考にしてほしいと思います。(食品衛生コンサルタント 笈川和男)