新・斎藤くんの残留農薬分析
残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。
残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。
地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。
農林水産省は農林水産業の輸出力強化のため、55億円を来年度予算概算で要求。内訳として、輸出促進に資する動植物検疫等の環境整備7.2億円で、この中には国産農林水産物の輸出を促進するために、産地に対する輸出先国の検疫条件や残留農薬基準に合った技術的サポート体制なども盛り込まれ、輸出戦略実行委員会が指令塔となりオールジャパンでの輸出拡大に取り組むとしている。
昨年度の農産物輸出実績は、総額7451億円、香港1794億円、米国1071億円、台湾952億円と近くの香港、台湾への輸出が好調である。
2014年より農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が中心となって、農産物輸出促進のため、お茶とイチゴを代表として、輸出国での残留基準値の比較、農薬使用実態と残留等のデータを検討して、どこそこの国に輸出する場合はこういった農薬をこの時期に使用する個別防除暦モデルを作って情報発信している。知らない土地への輸出には貴重な情報である。
しかし、最近2つの新聞記事を目にした。
1つは、8月31日の中日新聞で「蒲郡ミカン、台湾への輸出凍結 異なる残留農薬基準値」として、2011年から続けている台湾への輸出を当面見合わせることを決めたという記事である。蒲郡ミカンといえば地元では有名でオレンジロードと名付けられた道路もあるくらいである。台湾では日本の小さくて甘いミカンが好まれ輸出していたが、昨年冬の台湾の検査で7.5トンのミカンでジノテフランとトルフェンピラドの残留農薬基準値(両者ともかんきつには基準は無く、その場合は定量限界の0.01ppmなどが適用)が規定を上回ったとして輸入が許可されなかった。日本では登録があり使用認められている農薬だが、台湾ではダメ。幸いにも?急遽、香港へ輸出販売されたとのこと。
もう1つは、9月1日日本経済新聞四国版の「ミカン、台湾輸出再開 愛媛産、農薬基準に対応」と対照的な記事であった。同じ日本でどうして?こちらは2014年9月以来約2年ぶりに再開するとのこと。ジノテフランやイプロジオン等5種類の残留基準の厳しい農薬を使わない栽培に取り組み、今年は約5トン(500万円分)の出荷を目指すという。
ほぼ同じ頃の新聞記事でとても興味深く読んだ。これが農産物の輸出振興を推進する日本の生産現場での厳しい現実なのだろう。バラバラ。
次に台湾の残留農薬検査の現状を見てみよう。まず異なるのは検査部位である。下表は台湾の代表的産物の検査部位である。
表のとおり、ミカンなどかんきつは全体が検査部位となる。世界標準である。しかし、日本は長年、かんきつの中で伝統的な作物である「みかん」と「なつみかん」は皮をむいて検査する方式である。それ以外のオレンジもグレープフルーツも伊予かん等は、全体が検査部位である。
従来の多くの農薬は水には溶けにくかった。そのため、果皮に残留することが多く皮をむけば果肉にはほとんど残らないことが多かった。多少高い濃度でも果肉検査では基準値のある農薬の基準超過はほとんどなかった。最近の水に溶け易い農薬の場合浸透性があり、以前は残留を気にされる方には、「かんきつは、もともと問題となる残留濃度ではありませんので皮をむいて食べれば大丈夫ですよ」と言っていたのが、はっきりと言いづらくなってきた。
しかし、輸出となるとそうはいかない。ミカンも他のかんきつと同様の対処が必要となってきた。
台湾の検査状況は、台湾保健省食品薬物管理局(TFDA)が管轄している。食品衛生管理法の下、いろいろな検査がなされている。残留農薬検査は食品化学分析室が担当し、検査法の制定や緊急、検疫検査などを行っているが、多くのルーチン分析は台湾SGS(登録検査機関)が担っていることが多い。2012年に残留農薬分析国際交流会で台湾を訪問した際、TFDAを初め、農業委員会農業薬毒物試験所、台湾SGSなどを訪問し意見交換を行った際の資料を基に検査状況を紹介する。
検査法の概要は、野菜果実サンプルの場合は、アセトンで抽出、ろ過後アセトンを減圧濃縮で除き,食塩を加え、珪藻土カラムに浸み込ませ、酢酸エチルで溶出。減圧農出後、ガスクロマトグラフ(GC/FPD,GC/MS/MS)、液体クロマトグラフ(LC/MS/MS)による分析。一部はフロリジルカラムで精製後ガスクロマトグラフ(GC/ECD,GC/MS/MS)による分析で215農薬を検査するのが主たる方法であった。夾雑物の多い検体では、定量に使用する検量線を作成する標準溶液にも検体の夾雑物を添加して同じ状態で測定するマトリックス添加検量線での測定もされている。近年世界的な傾向として簡易迅速分析法QuEChERS法による抽出精製した試料をLC/MS/MS,GC/MS/MSで検査する方法も紹介され、当時TFDAで多成分一斉分析の検討を進めている発表があった。今回基準超過となったジノテフランなどはこの方法で検査されているだろう。個別課題ではいろいろ問題はあるが、このように検査方法は世界的に標準化する方向に向かっている。
現在、農産物を輸出しようと思う場合、CODEXの基準に全てが揃っているわけではないので、それぞれの相手国の農薬規制状況を比較、十分把握して、現状の使用状況とのマッチングをはかり、ダメならどの農薬に変えていくのか、その際他の国ではマッチするのか、自分が気をつけていても横の畑からの移行(ドリフト)もあり、産地全体での情報共有と取り組みが重要となる。売れる保証はないが、要するに年単位での対応検討となる。
しかし、これだけグローバルな展開を考えるのなら、今のそれぞれの国同士の残留基準値設定の輸出入対応(インポートトレランス設定)では無理だし無駄も多い。現在も進められていると思うが、輸出農産物に関して各国が将来その農産品を海外でも売りたいなら、国内登録を取ると同時に国が率先してCODEXの基準も協議・設定する。設定まで大変であることは理解できるが、中国がお茶のインドキサカルブで5ppmの基準を積極的に設定した事例もある。輸入国は世界共通のCODEX基準がある場合は、その農産物の基準を準用して輸入を許可する位の包括的な仕組みづくりをもっと進めていく必要があるのではないか。WTO加盟国の食品安全は、もしCODEXの規格がある場合はそれに基づいていなければならないと規定されているのだから。
今年の台湾へのミカン、愛知はだめだけど愛媛はよかったとか「どこが『日本農産物海外へ1兆円!』ですか」と言いたくなる状況を、少しでも大枠で変えていくため、日本がイニシアティブを取って進めてほしい。現にオールジャパンで力強く進めているのなら良いが。おいしいからぜひ食べてみてくださいでは済まない世界である。
地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。
残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。