食情報、栄養疫学で読み解く!
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
先月のコラムでは、フレイルティ(Frailty;虚弱)を防ぐには、たんぱく質を少し多めに食べるとよさそうです、とお伝えしました。
また、この研究が「女性3世代研究(3世代研究)」と呼ばれる研究の調査データを使用していることもご紹介しました。
今回から、私が関わったこの3世代研究を例にして、疫学調査がどのように実施されるのかを、みなさんに少しでもリアリティーを持ってお伝えできればと思います。
一緒に研究の裏側をちょっとのぞいてみましょう。
そもそも疫学調査とは、「疫学(たくさんのヒトの状態を調べる学問)」のために行う「調査」のことです。
その中で、調査対象者に質問票に答えてもらったり、身長や体重などを測定させてもらったりして、その人の様々な状態を表す情報(データ)を収集・記録し、その個々のデータをたくさん集めた大きなデータを作り上げていきます。
そして、出来上がったデータを解析して様々なことを明らかにするのが疫学研究です。
疫学研究は、日常生活を送る一般の人たちに有用な研究結果を提供するために行われることがよくあります。
たとえば、以前から食塩の摂りすぎが高血圧につながることは言われていますが、これは世界のたくさんの地域で一般の人たちを対象に、食塩と血圧の関連を検討した研究(文献1)の結果などにもとづいて言えるようになってきました。
最近だと、日本人の一般集団を調べた大規模研究から、肉や乳製品などが多めの食事パターンが乳がんの発症に関与しているとの報告も出されていて(文献2)、このような研究結果から、脂がたっぷりの食事を毎日のように摂るのは控えたほうがよさそう、など、実際の食事をどのように気を付けたらよいのか、具体的に伝えることができます。
このような研究結果は、まだ病気になっていない、今は健康で普通の生活を送っている人たちの、病気の予防のために活用できます。
そのような目的で研究を実施したいのであれば、何かの病気にかかっているような特別な人たちでなく、なるべく普通の人たちの情報を集める必要があるのです。
また、対象者数がある程度多いほうが、より信頼性の高い結果が得らます。
そこで、少数の人にではなく、目的に応じて数百人や数千人といった規模で、たくさんの人に調査を実施します。
対象者の方には時間と労力をかけて質問にお答えいただくわけですから、なるべく負担のないように配慮しながら調査を進めなければなりません。
それに、あまりにたくさんの質問があって負担を感じてしまうと、答えるのが面倒になり、いいかげんに答えてしまうかもしれませんよね。
また、質問票を作成し、印刷して、配布するのには予算もかかります。
質問票のページ数が増えれば、対象者の負担感だけではなく、必要な予算も増えます。
多くの場合、研究費は潤沢ではありませんから、限られた予算の中で行わなければなりません。
これらのことを考慮すると、質問項目は少ない方がよいのです。
しかしこのように、負担やお金のかかる調査を何度も実施することもできません。
そこで、一度の調査で得られたデータを使って、たくさんの研究が実施できるように仕込んでおくことも大切ですし、そこが腕の見せ所でもあります。
そのため、限られた予算と対象者の負担を考えながら、どこまで質問項目を増やせるかという、矛盾した検討も必要になります。
また、疫学調査を行う場合、ひとりの研究者でこれらの準備を行うことはできません。
対象者の数が何千人という規模になれば、物品を準備する人、対象者を探してくる人、それぞれの対象者に対して内容を説明する人、答えてもらった質問票の確認・回収をしたり測定したりする人、回答・測定結果をデータ入力してまとめる人、など、ここに挙げきれないほどたくさんの作業過程で、その都度たくさんの人の協力が必要になってきます。
対象者の負担だけではなく、これらの調査協力者の負担も最小限にしながら、効率的に調査を行うことが求められます。
そして、各地の調査現場で行われる調査の取りまとめは、調査事務局を設置して進められます。
調査事務局は、その調査で得られたデータを使用して研究をしたいと思っている、研究の発案者・計画者である研究者たちが主に担います。
そして、研究者たちは調査をうまく進めるために様々なことを考え、自分たちだけで作業するには人手の足りない部分を協力者に手伝ってもらいます。
たとえば、調査現場が日本全国様々な地域に散らばっている場合に、対象者へ調査の内容を説明しようとするとき、研究者がすべての現場に出向いて説明することはできません。
そのため、説明のときに話すセリフや配布する説明資料、尋ねられることが予想される質問に対する答えなどを調査事務局から現場の調査協力者へあらかじめ渡しておき、各地での対象者への説明は、調査協力者に任せます。
そうすることで、各地の調査現場で異なる協力者が説明をしたとしても、調査事務局の研究者1人が各地で説明したのと同じような条件で説明できるようになります。
また協力者にとっては、説明資料を作成する労力を割かなくて済みます。
一般的な疫学調査のイメージはつかめてきたでしょうか?
それでは3世代研究の実態を見ていきましょう!
3世代研究は、私が調査事務局を担当して調査を行った初めての研究です。
準備を開始したのは2010年の4月で、私が公衆衛生の勉強を始めてまだ間もない、修士2年生の学生をしていたときです。
当然、私自身に大規模疫学研究のアイディアが湧いてくるわけはなく、研究の発案、研究計画書の作成、予算の獲得を行ったのは私の指導教官であった本研究室の佐々木敏教授でした。
予算が確保でき、いざ研究を実施する見通しがたったところで、教授から私たちに「学生が調査事務局を担当してこの調査を動かすように」という指示がありました。
教授は前任の研究所で類似の調査を実施していて、そのときも若手スタッフに実際の調査事務局を任せており、それが最も研究者を育てると経験から思っていたそうです。
仕事ではよく「OJTで学ぶ」という表現がありますが、まさに練習のない、ぶっつけ本番の任務は、人を成長させるということなのでしょう。
とはいえ今回指示を受けたのは学生たち。それぞれ社会人を経験してはいたものの、研究に関しては素人です。
私と同期の学生2人で調査事務局を担い調査を進めることになったのですが、2人ともまったく未経験で手探り状態。
当時は、いきなり行先を告げられ、とりあえず「3世代研究号」という名の船に乗せられ、気づいたら出航していた、という心境でした。
出航はしたものの、果たして調査は順調に進むのか?
次回に続きます!
参考文献:
1. Intersalt Cooperative Research Group.Intersalt: an international study of electrolyte excretion and blood pressure. Results for 24 hour urinary sodium and potassium excretion. BMJ 1988; 297: 319-328.
2. Shin S, Saito E, Inoue M, Sawada N, Ishihara J, Takachi R, Nanri A, Shimazu T, Yamaji T, Iwasaki M, Sasazuki S, Tsugane S. Dietary pattern and breast cancer risk in Japanese women: the Japan Public Health Center-based Prospective Study (JPHC Study). Br J Nutr 2016 (Epub ahead of print).
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
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