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執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

特集

食品事業者はこの苦難をどう乗り越える?〜東日本大震災特集3

森田 満樹

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 東日本大震災発生から1カ月が過ぎたが、生産者や食品事業者の混乱は今も収まらない。というよりも、次から次へと解決できない事態が生まれているというのが実状だ。「福島第一原発の原子炉が安定的に冷却され、放射線量が着実に減少傾向となるのに3カ月かかる」という東京電力の発表に、ため息をついた人も多かったのではないか。食品事業者の現在は……。

加工食品に基準がない

 福島第一原子力発電所の事故が起きた後、厚労省は食品衛生法に基づき農産物や飲料水、水産物の放射性物質暫定規制値を決定し、都道府県などに通知した。しかし、加工食品の基準は無い。現在、食品事業者の最大の懸念が、ここにある。原発事故が長引き、原料に微量の放射性物質を含む恐れは十分にある。加工食品はどこまでの数値なら許容されるのか?もし、暫定規制値を超えた原料や水を使っても、加工の段階で減衰すればよいのか?

 4月18日につくばで開催された食品総合研究所主催の緊急シンポジウムでも、この質問が出たが、誰もまともに答えられなかった。このままでは、業界も消費者も混乱に陥る。

●輸入加工食品の基準はあるのに、国内は一次産品だけ

 現在、EUでは加工食品の基準値として放射性ヨウ素2000Bq/㎏、放射性セシウム1250Bq/㎏と定められている(*追加修正:福島原発の事故後、日本からの輸入食品を対象に放射性セシウムは500Bq/㎏に設定した)。諸外国でも基準が設けられているところは多く、実は日本でも、輸入食品についての基準はある。1986年、チェルノブイリの原発事故を受けて当時の厚生省はECの基準などを参考に、全食品についてセシウム370Bq/㎏とする基準値を定めた。当時はヨーロッパやロシアからの輸入食品で乾燥ハーブ等の加工食品で基準を超えるケースが見つかった。今でも対象食品について、この基準値で規制が行われている。

 事故発生後、輸出を行っている加工食品の事業者は、最終製品の検査を行い各国の基準値以下であることを証明する作業に追われている。しかし検査体制が不十分なことから、輸出は著しく滞っている。「海外の方が風評被害がひどいので、日本製品を受け入れてもらえない」と嘆く声も聞かれるが、これが逆の立場であれば、日本だって輸入食品の基準値を作って検査を要求していただろう。しかし今、国内流通の加工食品について検査をしても、基準値が無い。暫定規制値は一次産品にしか設けられていない。

 そんな中で最終製品の検査に取り組んでいる事業者もいる。ネスレ日本は4月11日、「弊社製品の品質管理強化について」と題して、「製品の安全性と品質確保をさらに強化するため放射能の測定機器を導入し、弊社国内製品全てを対象に放射能検査を製品出荷時の検査必須項目に追加しました」とのプレスリリースを発表した。輸出用ではなく、国内用の検査である。これは放射性物質ゼロを確認している、ということだろうか? 加工食品の国内基準が無い中で、どの基準値をもって管理しているのだろうか。リリースはそのことには触れていない。

 他社にも聞いてみた。「国内向け検査? 基準値が無いからやっていない。海外向けにはもちろんやっている。でも、検査機関が混んでいるからなかなかできない」「震災後、原料や最終製品の検査はしているが、それはあくまでサーベイランス、おかしな数字が出ていないかどうか調査監視目的。原発事故の影響は分からない部分もあるから、チェックはしている。検査をしているということは公表しない。会社としての管理の指標となる国の基準が定まったら、それに対応して検査体制を公表する」とそれぞれの対応が見えてくる。

●原材料や水、なにを使えば…

 加工食品の原材料や水に関しても、どのように考えたらよいのかがわからない。製造に水道水が用いられている場合、水道水の暫定規制値はあるが、食品衛生法における規制ではない。このため規制値を超えた水道水を使用した場合にどのような取り扱いになるかは明確になっていない。さらに、地下水についてどのように考えるのか。原材料として、暫定規制値を超えた食品を使うことをどう考えるのか。これまで厚生労働省からの説明はなく、Q&Aの掲載もない。今のところは食品事業者まかせであり、彼らの苦悩もそこにある。

 4月18日のシンポジウムでもこの点について質問が出た。専門家の答えは「きちんと管理をされた原料であれば、加工されたものも大丈夫、ということになるだろう」「加工食品については、加工する過程で放射性物質が除去されるので、リスクは下がるから大丈夫だろう」「今の基準値はかなり安全側に立っているから大丈夫だろう」というものだった。しかし乾燥、濃縮工程を経る加工食品をどのように考えるか。

 会場からは「現在しいたけが出荷制限となったが、干ししいたけになったときに、数値はべらぼうにあがる。加工食品のベクレル数の基準値を考えてほしい、行政関係へ要望する」といった意見も出された。

 実際に食品事業者の相談窓口には、「原料の水は汚染されていないか」「原材料の産地は出荷制限の規制がかけられた地域か」といった問い合わせが相次いでいるという。これに対する食品事業者の回答は、二つに分かれるようだ。一つは「震災以降に出荷制限など行政が規制をかけたエリアの原材料を使っていない」「使用している水道水は暫定規制値を超えていない」と説明するもの。管理されているから心配ないという回答で、これがほとんどだろう。もう一つは「原材料も水も検査を実施して、安全性を確認している」という回答で、検査をしているから心配ないというものだ。

 消費者にとっては、どちらの回答が好ましいのだろうか。後者の回答の方が心強い気もするが、問題は検査の中身だろう。公定法で使用を定められた検査機器は数千万円と高価で、どこの検査センターにもあるものではない。一台で処理できる検査数は一日数十件、たくさんのサンプルを測定できず、どこも順番待ちの状況だ。その中で、たくさんある原材料のどこまで検査できているのだろうか。

●検査結果は信用できるか

 さらに検査結果は正確なのか。数週間前に、福島県産牛肉で暫定規制値を超える放射性セシウムが検出されたが、容器を包んでいたビニール袋由来のものだったとして、厚生労働省がその結果の間違いを公表した。公定法ですら難しいのに、ガイガーカウンター等の簡易法で自主検査してその結果をもって「検査済み、安全」とみなされたとしたら…それは消費者にとっては好ましいこととはいえないだろう。

 今のところ、加工食品に関連して放射性物質の検査を求める消費者団体からの要求は聞こえてこない。やみくもに検査を求めて、風評被害につながったり、コストアップになることは、消費者が求めるところではないのである。

 取材の中には「加工食品に基準値を求めるかどうかは、とてもナーバスな問題。作ったら中小企業は対応できるか。もし数字ができて検査することが安全性の担保として世の中が求めるようになったら、どうなるだろうか。回収も出てくるかもしれない。そうして管理を厳しくすると、福島第一原発周辺近県の原材料を過剰に避けることにもなりかねず、風評被害を助長することになると事業者が責められる。この問題は触れてほしくないという一面もある」と、やむにやまれぬ立場を話してくれた人もいた。食品事業者は大いに悩んでいるのである。

●食総研は、Q&Aを後日、ウェブサイトで公開

 なお、18日につくば市で開催された食品総合研究所主催の緊急シンポジウム「放射性物質の食品影響と今後の対応」には1094名の参加者が集まったそうだ。案内初日に400名の申し込みが殺到し、開催5日前に満員御礼で申し込みを締め切ったという。

 食の安全関連のシンポジウムでこれだけ集まったのは前代未聞だろう。シンポジウムの詳細については、食総研究所のウェブサイトに講演資料が全て掲載されており、当日寄せられたQ&A184件も後日、掲載されるそうだ。興味深いやり取りもあったので、ぜひお目通し願いたい。つくばで問題提起された加工食品の基準の問題が、霞ヶ関に届くだろうか。帰路、多くの食品事業者が考えたに違いない。

(森田 満樹)

 

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。