九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
●ICRP(国際放射線防護委員会)委員の甲斐倫明氏が講演
NPO法人食品保健科学情報交流協議会(食科協)主催の表記の講演会が5月24日、都内で開催された。
その中から、ICRP(国際放射線防護委員会)第4専門委員会委員で大分県立看護科学大学教授の甲斐倫明氏の講演を中心に紹介する。
甲斐氏の講演内容は(1)放射線とは(基礎)(2)放射線被ばくと健康影響(基礎)(3)放射線防護の歴史(4)晩発影響の評価(5)放射線のリスクとは(6)放射線の基準とは(7)食品からの放射線防護で、前半部分は放射線の基礎知識、後半部分はICRPの放射線防護の考え方について次の解説を行った。
● 被ばく避けられぬ事故時の現実策は…
・ 低線量放射線の人体影響については、100mSv以下では健康影響はないのだとわかりやすく説明する専門家もいるが、実際には100mSv以下は現状のリスクは不確かさが大きくて、リスクそのものを正確に推定することができない。ICRPでは放射線から人を守る、つまり防護するためには、閾値なしのモデル、つまり被ばく量はゼロmSvになるまでそれに相応したリスクがあるという直線型に立って評価をし、放射線防護の目標を定める。どこまでなら社会的に容認できるのか、容認できるレベルを、状況に応じて、決めている。
・ ICRPの放射線のリスク評価の方法は、主に原爆生存者データを中心に考えられてきた。問題なのは原爆のような瞬間被ばくデータを、長期間の被ばくの場合を比較して、トータルの線量が同じであればリスクは同じと考えてもいいかという点だ。ICRPは、長期間少しずつ被ばくした方がリスクは少ない、半分だろうと推定している。もっと低いという専門家もいるし、人の中には感受性が高い人がいるので、同じだという人もいて論争がある。
・ 平常時と事故時の考え方はスタートが違う。ICRPでは、放射線防護の基準として緊急時に100 mSvを超えないように定めている。100 mSvを超えると何らかの措置をとって超えないように努力するよう勧告している。それに対して年間に1mSvという公衆の線量限度がある。日本でも法律等で使われている数値だが、これは、いわゆる計画的な場合の数値である。ここでいう計画的とは、平常時に発電所をつくる、病院をつくるといったベネフィットを満たすために何かをつくる場合、被ばくのリスクを少し上げることができる、どこまでなら許容できるかということである。ここでは、許容できる値をゼロから考えており、小さなリスクしか許容していない。
・では事故時はどう考えるか。いったん事故が起きると被ばくが避けられない、どこまで抑えられるか。この場合はゼロからいくわけではなく上から行く。介入するという考え方であり、最悪のケースは100 mSvを超えると急性障害の恐れもでてくるので、100 mSvは超えないように処置をしようということになる。参考として、職業人の線量限度20 mSv/yという数字がある。原子力発電所や病院で働く場合に1年間で受ける上限を設定している。この数字を緊急時の一つの目安としてICRPは考えた。
・ 今回、食品について緊急に作られた指標は、さらに低い数値であった。なぜこんな低い設定かというと、おそらく食品が非常にコントロールしやすい、ということが背景にあると思う。それに比べて避難や退避は、生活も変わるため別のリスクが加わり、社会的な負担をかけることになる。
● 現在の基準は事故時、平時の基準と混同すべきでない
・ 数値の根拠をまとめると、100 mSvは、がんが検出されている最小線量、組織障害が生じる最小線量である。20 mSv/yについては、国際的にはどのくらいのリスクであれば、社会的に容認できないのか、ということをもとにした数値である。英国のロイヤルソサエティの1983年の「リスクアセスメント」の報告書では、年間死亡確率が1000分の1を超えると容認できないと評価しており、このリスクに該当するのが18歳から65歳までの職業人の作業期間の年平均線量20 mSvである。被ばくが許容されるわけではないが、社会的にはこれ以下でコントロールしなさいという考え方で、出てきた数値である。
・ 現在の放射線基準は、事故時における摂取制限のための初動措置の目安として作られているもので、基準を超えなければ安全であるという考え方をとっていない。リスクという考え方をとっている限り、どこから安全でどこから危険という考え方ではない。一方、平常時における放射線基準は、放射線利用をする行為の事前の審査の基準として作られたものなので、非常に厳しい数値を設けている。この二つの安全基準があることについて社会的に誤解されてしまった。どのくらいリスクをコントロールするのか、そのためには犠牲が当然あるわけだが、犠牲とのバランスでコントロールをしなければならない。
● FOOCOM執筆の斎藤勲氏も登場
甲斐氏のほか、食品安全委員会委員長代理の熊谷 進氏が「放射性物質に関する緊急取りまとめ」について解説し、東海コープ事業連合顧問で、FOOCOM専門家コラム執筆者でもある斎藤 勲氏が「ADIとARfDの考え方と食品安全対応」と題して残留農薬の基準超過事例の新しい枠組みについて提言を行った。
国立医薬品食品衛生研究所の畝山智香子氏は、遺伝毒性発がん物質のリスク評価について、その歴史を振り返り、これまでは閾値の無い線形(LNTモデル)で考えられてきたが、近年閾値があるだろうと考えられるようになってきていることを解説した。食品添加物や残留農薬のような管理手法は採用できず、リスクの大きさの比較による優先順位付けや許容できるリスクの設定というアプローチが考えられることを紹介した。(文責 森田満樹)
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。