科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食品表示・考

熊本県産アサリの偽装 食品表示「長いところルール」のせい?

森田 満樹

2022年2月1日、農林水産省が「あさりの産地表示の実態に関する調査結果について」を公表しました。農林水産大臣の記者会見で、「熊本県産アサリのほとんどが、外国産が混入している可能性が高いと判定された」「疑義解明を行い、厳正に対応していく」と述べています。

今どきこんな偽装表示が行われるなんて…。産地偽装事件といえば2000年代に食肉など社会問題となりましたが、その後は厳しく管理されるようになり、最近は少なくなったはず。それが、熊本県産アサリのほとんどが偽装表示で、消費者を裏切る行為が続けられてきたとは、到底許されるものではありません。

熊本県は同日、県知事が緊急記者会見を行いました。まずは「県産アサリ緊急出荷停止宣言」として2月8日から2カ月程度、県産アサリの出荷を停止するということです。あわせて食品表示の「長いところルール」を見直すように国に要請する、と述べています。

何だか「長いところルール」が原因のように聞こえますが、最大の原因は、関連事業者のコンプライアンス欠如と、長年にわたってそれを放置していた自治体の怠慢だと思います。農水省の調査によれば、他の産地では疑義は確認されていないのですから。

この問題、2000年代に頻発した産地偽装事件の流れに似ています。古典的な書類改ざん、手を染めた当事者が内部告発、それを報道が取り上げて、国が動く…。

今回の偽装の背景と、「長いところルール」について考えます。

●偽装に手を染めた卸売業者が内部告発、その手口を明らかに

最初になぜ、このタイミングで国が調査結果を報告したのでしょうか。2月1日の農林水産大臣の記者会見では「今回の調査は昨今の疑義情報を踏まえ行った」と説明し、それに先立つ1月25日の記者会見でも「アサリの産地偽装の報道は承知している」と述べています。

1月22日放映のTBS報道特集「輸入アサリが国産に アサリ産地偽装の実態は」で、この問題を取り上げていました。アサリの産地偽装に関わった卸売業者が、内部告発をするという内容です。

その方は、かつては国内漁獲量を上回るほどのアサリを輸入し、熊本の干潟でアサリの鮮度を回復させるために短期間蓄養し、中国や国内の書類を偽装して熊本産として出荷していたそうです。それは15年前に業界に入ったときから行われており、数年前に脱税で逮捕され一審で実刑判決が出て産地偽装が明らかになったということでした。

彼はその後改心して、産地偽装撲滅をうたった協議会を設立したそうですが、同業者にはなかなか広がらず、農水省に現状を訴えにいきます。カメラがその様子を密着取材しており、農水省の担当者が監視を徹底していくと答える様子が紹介されていました。

●農林水産省 販売状況調査と科学的分析調査結果

こうした情報をもとに、農水省は2021年10月~12月に全国の広域小売店1005店を対象とした販売状況調査を行い、(独法)農林水産消費安全技術センター(FAMIC)による科学的分析調査も行い、2月1日に調査結果を公表しました。

販売状況調査によると、調査期間中に全国で3,138トンのあさりが販売されていたと推定され、そのうち熊本県産が79.2%、北海道産8.5%、愛知県産5.8%、有明海産5.0%、韓国産0.9%、その他国産0.7%でした。
確かに、生活者としては実感できる数字です。スーパーでよく見るアサリはほとんどが熊本県産で、中国産と表示されているものは見たことがありません。

一方、2020年の国産あさりの漁獲量は4,400トンのうち、熊本県の漁獲量はわずか21トン。調査期間で販売されたと推計される熊本県産あさりは2,485トンで、漁獲量を大幅に上回っています(下図)。他の産地では、こんなメチャクチャなことにはなっていません。

農林水産省「広域小売店におけるアサリの産地表示の実態調査結果」より

科学的分析結果は全国50店で国産あさりの買い上げ調査を行い、DNA分析を行っています。熊本県産として販売されていた31点のうち30点が「外国産が混入している可能性が高い」とされました。北海道産、愛知県産、他の国産品について、疑義があったものは1つもありませんでした。

以上の調査から、熊本県産だけで突出して産地偽装が行われている実態が明らかになりました。今後は関係自治体とともに連携しながら、速やかに立ち入り検査を実施するなど徹底した疑義解明を行っていくということです。

●熊本県「産地偽装110番」に電話してみると…

都内スーパーで2月2日に購入した熊本県産あさり

さて、2月1日の発表以降、わが家(都内)の近所の大手スーパーからは熊本県産のアサリが姿を消しましたが、翌日、地元スーパーでは「熊本県産」と表示されたアサリが堂々と販売されていました。その売り場には、ある事業者の名前で「当社が納品しているあさり貝は送り状、その他表示と相違なく熊本県産であると証明いたします。令和4年1月20日」とする証明書が掲示されていました。

その送り状は大丈夫だろうか?そこで、熊本県が2月1日に開設した「アサリ産地偽装対応ダイヤル『産地偽装110番』」に連絡してみました。ここでは小売店で熊本県産などと表示・販売されているアサリに関する情報を受け付けています。

電話で販売状況を話したところ、寄せられた情報をもとに実態調査をするとのことでした。その後、これまで熊本県でアサリの実態調査や監視が行われていたのか聞いたところ、年に数件の情報があり、立ち入り調査で関連情報を確認して行政指導をした事例もあるそうです。しかし、熊本県の過去の監視指導計画などを見ても積極的な実態調査や監視活動は行われていないようでした。

●「長いところルール」のせい?

さて、熊本県知事が緊急記者会見で国に見直しを求めた「長いところルール」に話を戻しましょう。

これは畜産物・水産物の育ったところが2か所以上ある場合に、育てられた期間の一番長い場所を原産地表示とするものです。かつてはJAS法で、現在は食品表示法で規定されています。

長いところルールは複雑で、食品表示基準Q&Aのp186~200の「生鮮-16」から「生鮮-34」で、畜産物、魚介類、貝類、しいたけなど食品の性質によって細かく解説されています。水産物2か所以上で蓄養した場合、最も蓄養期間の長い場所(最長の蓄養地)を原産地として表示するもので、アサリは「生鮮-32」「生鮮-33」に、考え方が示されています。

この2つをまとめると、

  • アサリをA国から輸入後、国内の海浜に再び掘り揚げる目的で仮置きした場合は、単なる保管又は出荷調整と考えられ、「A国」と表示する。国内での蓄養期間が長いことを証明できない時についても「A国」と表示する。
  • アサリの稚貝を輸入し又は国内から移殖して繁殖させ、成貝を漁獲する場合は、輸入前又は国内の成育期間の確認については輸入業者や国内生産者に問い合わせ、成育期間を確認する方法や、天然の場合は、稚貝から成貝になるまでのサイズ(殻幅)ごとの平均的な成育期間を参考として、最も蓄養期間が長い産地を表示することとなる。ただし、いずれの場合も、その場所での蓄養期間が長いことを証明できる必要がある。

つまり、「長いところルール」で表示する場合は、かなりハードルが高いのです。蓄養期間が最も長いことを証明するために様々な証明が必須であり、それがなければ国産(○○県産)とは書けません。報道によれば、内部告発者は輸入者や蓄養者の書類をいくつも偽装して「熊本県産」と表示していたということでした。

こうした実態から、このルールが産地偽装を引き起こしたように見えたのでしょうか。
熊本県知事は緊急記者会見で「この『長いところルール』により、本県における成育期間が最も長いことを証明できるアサリは、『熊本県産』として、市場に残る可能性があります。」とルールそのものを否定し、「アサリの産地表示に『長いところルール』を適用することを見直すよう、国に要請いたします。」と述べています。

このコメントには違和感を覚えました。今回の手口を見ると、これまでの古典的な産地偽装とそう変わりありません。必要書類を改ざんして偽装表示をするパターンで、これまでも食肉、コメ、ウナギで「長いところルール」には関係なく行われきました。今回のアサリは「長いところルール」特有の必要書類があるものの、それを意図的に改ざんして偽装表示をする点は同じで、いずれも犯罪です。ルール見直しを言う前に、法令遵守の徹底が急務です。

産地偽装を防ぐためには、国や自治体が立ち入り調査を行うなど監視を徹底し、事業者がルールを守るよう指導し、内部告発など相談窓口を設けるなど取り組みを進めるしかありません。2000年代に鳴門わかめの偽装が相次いだ徳島県では、監視を強化し協議会を設立するなど取り組みを進めてきましたが、それでも偽装表示は出ています。それほどに偽装表示の根絶は難しいのです。

とはいえ、「長いところルール」は消費者にも不評であることは確かです。私も消費生活センターなどの講演などで「北朝鮮のアサリを日本でまけば、国産になるんでしょう」などとよく質問されますし、ルールを説明すると「何でそんなルールがあるの」と問われます。食品表示への不信を招きます。

最後に、今回の調査で救いだと思ったのは、熊本県以外に偽装が行われていなかったこと。偽装された安いあさりが出回っても、適正な表示を続けてきました。今回の事件を受けて、ようやく適正価格になるのでしょう。一方、中国産アサリも、輸入時の手続き等を経て安全性に問題はありませんから、きちんと表示したものを選びたいものです。

熊本県といえば、農産物、水産物、畜産物の魅力的なブランドがたくさんあり、応援してきました。今後は熊本県知事の「偽装アサリを根絶する」という姿勢に期待したいと思いますが、かつてないほどの大規模な偽装の実態を知ると、くまもんも泣くもん、と思います。(森田満樹)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。