九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
私たちの食の安全をまもる法律、食品衛生法が15年ぶりに改正され2018年6月28日公布、2020年6月1日にその一部が施行されました。本改正のポイントは7つあり、それぞれ施行時期や経過措置期間が異なります。この2年間で関連政省令や施行通知が次々と出され、施行に向けた準備が行われてきました。
2020年2月、厚労省は全国4都市で改正法説明会を開催しましたが、新型コロナウイルスの影響で3月に予定されていた3都市は延期となりました。私は東京の説明会に参加しましたが、当日の資料は200ページちかくあり全容を理解するのは大変でした。その後、政省令や告示などが遅れたものもあり、さらに全容が見えにくくなりました。
法改正に伴い都道府県では条例の見直しも行われていますが、こちらも作業が遅れています。7つのポイント(右図)のうち、特に事業者に影響を及ぼす「HACCP(ハサップ)に沿った衛生管理の制度化」について地域における説明会などを開催して周知をはかってきましたが、こちらも延期や中止が相次いでいます。
2020年6月1日に施行されたのは、右図の7つのポイントのうち4つ、「特定成分等を含む食品の健康被害情報の届出の義務化」「HACCP(ハサップ)に沿った衛生管理の制度化」「食品用器具・容器包装にポジティブリスト制度を導入」「輸出入食品の安全証明の充実」です。
これらの施行は当初のスケジュール通りですが、実際はどうでしょうか。また、今回の施行によって、消費者にはどのようなメリットがあるのでしょうか。主な3つについてみていきましょう。
●特定成分等を含む食品の健康被害情報の届出の義務化
2017年夏、豊胸作用などをうたった健康食品として販売されていた「プエラリア・ミリフィカ」の健康被害が多発していることが明らかになりました。健康食品は、かつて重い健康被害が報告されて流通が禁止された成分もありましたが、プエラリア・ミリフィカはそれほどのレベルではありません。しかし要注意成分であることは間違いなく、こうした成分を含む食品の健康被害があった際に事業者に報告を義務付けるよう法改正が行われたのです。
これが「特別の注意を必要とする成分等を含む食品の健康被害情報収集制度」で、2020年3月27日、関連省令、告示、通知が発出されました。
制度改正にあたって「特別の注意を必要とする成分」が薬事・食品衛生審議会で指定されました。現段階で指定されたのは、コレウス・フォルスコリー、ドオウレン、プエラリア・ミリフィカ、ブラックコホシュの4成分です。これらの健康食品で健康被害が起きて消費者から製造者、販売者に連絡があった場合、事業者はその内容を都道府県、保健所に届出をすることが義務付けらます。さらにその内容は厚労省に報告されて注意喚起、改善指導、販売禁止などの措置をとる仕組みとなっています。
あわせて、これら指定成分を含む健康食品は、製造・品質に関する基準(健康食品GMP)が定められ、製造者は施設ごとに総括責任者を設置することが求められます。こうした新制度ができることで、健康食品の被害抑止の一歩になることを期待したいと思います。
一方、これら指定成分を含む健康食品はスーパーやドラッグストアで気軽に購入できるものであり、消費者にその情報が伝わることも大事です。
消費者庁は、厚労省の新制度創設に伴い食品表示法の食品表示基準を改正して、これら指定成分を含む健康食品において「指定成分等含有食品(〇〇)」(〇〇は指定成分等の名称)、「指定成分等とは、食品衛生上の危害の発生を防止する見地から特別の注意を必要とする成分または物です」と14ポイント以上のサイズの文字で注意喚起の義務表示を求めることとしました。あわせて事業者の連絡先の表示(表示責任者の電話番号)等の表示も必要となります。
14ポイントはかなり大きな活字で、商品にずらずらと書かれていると消費者の意識も変わるのではないでしょうか。消費者庁は厚労省の施行日とあわせて食品表示基準の一部改正と関連通知を出しており、2020年6月1日からの施行となります。これらの指定成分を含む製品は6月1日製造分からすべて新表示が義務付けられることになり、経過措置期間はありません。
既に対応している製品もあるのではないかと思っていたのですが、ドラッグストアでは今のところ旧表示の製品しか見かけません。今後出てくるとは思いますが、「指定成分」とは「特別の注意が必要」の意味、この文字をみたら利用する側も注意するようにしましょう。
●HACCP(ハサップ)に沿った衛生管理の制度化
HACCPとは、国際的に認められた衛生管理の手法で、食品等事業者が食中毒や異物混入等の危害要因(ハザード)を把握して、製造工程で危害要因を除去又は低減させるように重要な工程を管理し、製品の安全性を確保する方法です。食の国際化にともない日本でも導入が求められ、法改正の柱となりました。
本日6月1日から、原則すべての食品等事業者は「HACCPに沿った衛生管理」が求められるもので、1年間の経過措置があり、2021年5月末までの対応が求められます。6月1日の通知にはその旨とともに、別添1に食品等事業者団体が作成した業種別手引書(令和2年6月1日現在)一覧が、別添2にはQ&Aがあわせて示されました。
それぞれの事業者は規模や業種等に応じて「HACCPに基づく衛生管理」か「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」のどちらかの衛生管理を実施しなければなりません(下図)。あわせて、一般衛生管理や、HACCPによる衛生管理のための「衛生管理計画書」を作成する必要があります。
HACCPというと、大規模な食品工場が導入しているイメージがありますが、今後は小規模事業者にも義務付けられます。小規模事業者では業界団体などが作成して厚労省が了承した業種別手引書を参考にされるケースが多く、この2年間で手引書はどんどん増えて100ちかい業種が掲載され、今後も業種が増える予定となっています。
法改正によって、私たちに身近な飲食店、総菜屋さんでも取組が進んでいます。地方自治体の食の安全シンポジウムなどでは、商店街全体で取り組む事例を消費者に知ってもらいたいと紹介される事例も出てきました。HACCPは管理手法なので目には見えないものですが、たくさんの事業者の努力のおかげで私たちの食の安全が守られているのです。
●食品用器具・容器包装にポジティブリスト制度を導入
食品用器具・容器包装の安全性は、これまで食品衛生法のもと告示370号で規制が始まり、ネガティブリスト制度方式で規制が行われてきました。国際的にみるとネガティブリスト制度を採用しているのは一部の国のみであり、日本でもポジティブリスト制度の導入が検討されるようになり、改正食品衛生法に盛り込まれました。
新制度によって、安全性が定かではない物質が使用されていても違反とならない状況から、安全性が確認されたものだけが使ってもよい状況となり、消費者にとっては安全のレベルが一段と向上したことになります。
消費者からみると、ポジティブリストといえば食品添加物や農薬のように食品ごとに規格基準が定められ、規格に適合しているかどうかはその食品を分析すればわかると思われがちです。しかし、食品用器具・容器包装のポジティブリストは複雑で、リストに適合しているかどうかは原材料メーカーから容器包装製造事業者までの情報伝達によって適合性が判断されます。
制度の対象は合成樹脂で、樹脂と添加物に分けて2019年6月にリスト案が示され、その後も様々な意見が出されました。2020年4月28日にようやくポジティブリスト(告示)と通知(5月1日)が出され、Q&Aも5月29日に更新されるなど、7つの改正ポイントの中で制度設計に最も難航したものです。
また、2019年12月には「事業者間での確認や調整が間に合わず、試行後に既存物質の追加修正の手続きを行うための期間が必要である」等のパブコメ等の意見を受けて、「ポジティブリストの規格が未整備の物質についても、施行前に既に流通している製品と同じ場合は経過措置期間を設ける」方針が決まりました。
このように6月1日に施行はしたものの、5年間の経過措置期間が設けられて、施行日より前に製造等に実績のある流通している物質は、当面は使用されていた範囲で使えることとなりました。一方、これまで流通している製品とは異なるものは新制度が適用され、リストに適合していることがきちんと判断されなければならず、ハードルが高くなります。
以上、2020年6月に施行された主な改正ポイントをざっと見ていきましたが、HACCPは2021年6月が完全施行であり、食品用器具・容器包装のPL制度も5年間の経過措置期間が設けられるケースもあります。詳細は政省令や通知、Q&Aを読み込まなければならず、丁寧な説明の場が必要になると思われます。
今回のコロナ禍もあり、本省もさることながら、地方自治体でも三密を避けるために説明会などの開催も延期されています。改正法が公布された2018年6月に描いていた概要よりもかなり複雑になり、スケジュールも遅れつつありますが、私たちのくらしの向上のために食の安全の取組が着々と進められていることは間違いないようです。
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。