九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
消費者庁が、2017年4月より1年間の予定で「遺伝子組換え食品表示制度に関する検討会」を開催しています。前半はヒアリングが中心で、後半9月から表示対象や表示方法について検討が進んでいます。
これまでのところ、義務表示対象など現行制度を維持する意見が大半を占めています。残る論点は「遺伝子組換えでない」表示方法についてだけとなり、次回検討会(第7回・12月18日)で話し合われる予定です。いよいよ終盤を迎える中でこれまでの議論を振り返り、検討会のキーワードとなった「科学的検証」と「社会的検証」について考えてみます。
●4つの論点で検討中
日本に初めて遺伝子組換え食品が輸入されたのは1996年。その後、1997年から2000年まで表示制度の検討が行なわれ、2001年から現在の制度がスタートしました。その後、日本に輸入される大豆・とうもろこしの多くが遺伝子組換え農産物となりましたが、これらは義務対象品目以外の原料に用いられており、スーパーで見かける表示は「遺伝子組換えでない」という文字ばかり。消費者は表示によって選ぶことができません。
この制度が約20年ぶりに見直されることになり、検討会第1回めはこれまでの経緯と各種調査報告、第2~4回は消費者、事業者等のヒアリングが行なわれました(筆者は第2回検討会で参考人として意見を述べました)。その後、第5回(2017年9月27日)から本格的な検討が始まりました。
第5回検討会で、事務局が示したのが4つの論点です。
【表示義務対象範囲】
・論点1 表示義務対象品目の検討
・論点2 対象義務原材料の範囲の検討
【表示方法】
・論点3 消費者にとって分かりやすい「遺伝子組換え不分別」表示の検討
・論点4 「遺伝子組換えでない」表示をするための要件の検討
これら論点について、委員から「4つの議論は切り離せない部分もあり、パッケージで捉えた時の影響についても議論する場が欲しい」という意見もあり、まずは論点ごとに検討を行って年明けに総論について審議する方向で進められています。
●第5回検討会 論点1・2は「現行制度のまま」という意見が大半
以上4つの論点のうち、論点1が最も重要な議論です。現在は表示義務対象品目が「8種の農産物と、これを原料として加工後も組換えDNA又はこれによって生じたタンパク質が検出可能なもの」、つまり「科学的な検証が可能なもの」で、豆腐やみそ、コーンスナック菓子など33加工食品群に限定されています。
一方、油やしょうゆ、異性化糖などは、遺伝子組換え原材料を用いていても加熱や抽出などの加工工程で組換えDNA等が除去・分解されてしまうため、現在の分析技術では検出できません。このため表示義務は課せられていません。
第5回検討会では、まずこの点について話し合われました。消費者団体の委員からは「できるだけ表示義務対象を拡大する努力が必要」「科学的検証だけでなく、原料の分別管理を書類で担保する社会的検証で確認すれば、拡大できるのではないか」とする意見が聞かれました。
これに対して学識者や事業者団体の委員から「全品目を義務対象にすると科学的検証ができないことから悪用され、消費者の不利益につながる」「監視執行の立場から、不正表示を取り締まるためには科学的検証ができるかどうかが重要」「表示の信頼性から、事後的な科学的検証ができるものだけを義務対象とすべき」と、現行制度の維持を求める声が大半でした。委員の意見を一通り聞き、座長は「現状のルールを大きく変えて全ての品目に広げるという話は、委員からは出てこなかったと理解します」とまとめました。
また、論点2の「表示義務対象原材料の範囲の検討」について、現行制度は「原材料の重量に占める割合が高い上位3品目のもので、かつ、原材料及び添加物の重量に占める割合が5%以上である原材料に限定」しています。この点も事業者から「表示スペースの点から見て拡大は難しい」という意見が出されました。拡大を求める消費者団体の委員の意見もありましたが、座長は「委員会の大体の意見として現状維持で落ち着くのではないか」とまとめました。
第5回で論点1・2の検討に費やした時間が1時間ほどで、あっけなくまとまったようみえました。このため各所から意見書が出され、第6回(11月17日)では冒頭、座長が「前回の取りまとめは一定の方向性を示したもので、これら論点については終了ではない。全体の議論をまとめる形でもう一度議論頂く時間を設ける」と述べています。
●第6回検討会 論点3「不分別表示」の廃止は困難
それでは、社会的検証を担保として義務表示の拡大は可能でしょうか。この点について第6回で名古屋大学大学院教授の立川雅司委員が「科学的検証と社会的検証に関する考察」として補足資料を提出し、説明を行いました。
立川委員は、科学的検証の役割について改めて説明を行い、あわせて社会的検証(IPハンドリングによるIP証明)が商取引上に果たしている役割を示し、これら2つは車の両輪となって表示を担保していることを示しました。そのうえで「科学的検証ができない製品に義務表示を課すこと」は、露見可能性に相違が生じる「非対称性」の問題があるとしました。
確かにそうだなあと思いました。遺伝子組換え食品の表示が適正かどうかは、地方自治体やFAMIC(独立行政法人 農林水産消費安全技術センター)などで定期的に検査が行なわれています。たとえば義務表示の豆腐など数十商品を買い上げ、「遺伝子組換えでない」表示のもの、無表示のものについて検証が行なわれます。第一段階ではDNAが検出できるかスクリーニング検査が行なわれ、その結果を踏まえて第二段階で原材料段階のIPハンドリング証明書が整っているかどうか社会的検証が行なわれ、第三段階で混入率が適正か定量検査が行なわれるということです。
このように義務表示対象品目は、科学的検証と社会的検証をあわせて表示違反がないかどうか、抜き打ちで検査が行なわれます。一方、しょうゆや油など科学的検証ができない品目は、原則として社会的検証だけで違反をしていてもばれにくい。まさに、立川委員のいう「露見可能性の非対称性」です。
ここで社会的検証だけしかできない食品に表示を義務付けるのは、制度上バランスが悪く公平性に欠けるということでしょう。よく原料原産地表示と比較されますが、こちらは科学的検証が公的に確立されていないため、こうした非対称性は生まれません。
また、この日は論点3「遺伝子組換え不分別表示の検討」が行なわれました。現行制度では「遺伝子組換え不分別」の表示の意味が分かりにくく、事業者への問い合わせも多いとされます。これを見直すとして事務局からは、「遺伝子組換え不分別に代わる表示を使用するか」「遺伝子組換え不分別表示を廃止するか」2つの提案がありました。
立川委員は後者の「不分別表示を廃止する」と、IP証明のないものは一律に「遺伝子組換え」と表示することになり、遺伝子組換えが含まれなくても「遺伝子組換え」表示となることが問題としています。また、IPハンドリングを前提とした現行表示も変更することになり、不分別表示の廃止は難しいと意見を述べました。
これに反論する形で、「不分別という表示は消費者にとってていねいな表示ではない」「現実に不分別表示はほとんど遺伝子組換えであるという現実もあるので、『遺伝子組換え』と表示を整理してよいのではないか」として、廃止案に賛成する意見も聞かれました。座長は「コンセンサスはもちろん得られていないとは思うが、これまでの不分別に該当する区分は残したほうがいいというのが大方の意見だったかと受けとめる」としてまとめました。
●論点4「遺伝子組換えでない」表示をどうするか
第6回までの議論をまとめると、論点1、論点2、論点3とも現状制度の維持を求める意見が大半を占めました。残るは論点4「遺伝子組換えではない」表示の検討です。論点4については消費者庁が第6回資料で案を示しており、意図せざる混入5%以下のままとしたうえで「遺伝子組換えではない」表示する要件についてα%を新たに規定してはどうかと提案しています。
諸外国(EUの一部加盟国、オーストラリア、韓国)では、「意図せざる混入率」と別に「遺伝子組換えではない」と表示するための数値(α%)を定めており、いずれも0%か0%に近い厳格な数字です。これが日本では定められておらず、5%近く入っていても「遺伝子組換えではない」と表示できます。この数値が高すぎる、消費者を誤認させるという意見が十数年前から消費者団体の間で聞かれてきました。こうした声を受けて、消費者庁の提案は、日本もここでα%を新たに設けてはどうかということです。
このα%が0%に近くなるほど、「遺伝子組換えではない」という表示は厳しくなります。米国など遺伝子組換え栽培国からの原料は、非組換え原料を分別管理しても微量に混入してしてしまうので「遺伝子組換えではない」と表示できなくなるものが増えるでしょう。
この点について、事業者側からは「消費者からの問い合わせが増える」「原料の調達が困難になる」等の理由で既に反対意見が示されています。第6回で出された食品産業センターの資料には、論点4についても現状維持を求めています。消費者側の意見と、またも意見が対立することが予想されます。
ここでふと考えるのは、立川委員のいう「露見可能性の非対称性」です。「遺伝子組換えではない」と表示される油やしょうゆは任意表示のため、監視の現場では豆腐のように厳しく表示の適正性は求められていません。これも非対称ではないでしょうか。科学的検証が困難として義務表示を免れているのに、同じく科学的確証が困難な非組み換え任意表示がOKという現状はダブルスタンダードのような気がします。
遺伝子組換え原料が使用されているかどうかを気にする消費者にとっては、現状では「遺伝子組換えではない」表示が選択の目安となります。それが任意か義務かは関係なく、表示が適正かどうかが問題です。しかし、そこには非対称性があり、一方で十分な監視が行なわれないまま表示されているとしたら公平性に欠けるように思えます。
第6回までの検討会で、科学的検証の有無についてこれだけ議論されてきたのです。その点も含めて論点1から4まで総論でみたときに筋が通るように、次回は十分に議論を尽くしてほしいと思います(森田満樹)。
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。