九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
消費者庁・農林水産省共催の「加工食品の原料原産地表示制度に関する検討会」が2016年11月2日に終了し、全ての加工食品について原料原産地表示を義務付ける方針をまとめました。これまで、生鮮食品に近い一部の加工食品だけに義務付けられてきた表示対象が、一気に拡大することになります。
これまでの検討会の様子から「無理やりに全加工食品の表示を義務化すれば、消費者の誤認を招く」と懸念してきましたが、国の閣議決定の方針のとおり検討会は結論を出しました。本稿では、(1)消費者への影響、(2)事業者・生産者の対応の2回に分けて、今後の課題について考えてみたいと思います。
●全加工食品に表示を義務付けるために、4つの例外表示が導入された
検討会では、義務表示の対象について「重量割合上位1位の原材料の原産地」としています。問題はその表示方法です。原料の原産地を特定できない場合でも表示させるために、新たに4つの表示方法を「例外」として提案しました。これが、「1.可能性表示」「2.大括り表示」「3.大括り表示+可能性表示」「4.中間加工原材料の製造地表示」です。
表示される場所は、パッケージの裏面や側面の一括表示の原材料名の欄です。ここは多いもの順に原料が並びますが、最初の原料にカッコをつけてその原産地が表示されることになります。たとえば、ポークソーセージならば豚肉となり、下記のような表示が考えられます。原料の調達状況に応じて、事業者は表示方法を選ぶことになります。
●消費者にとって、例外表示のここがわかりにくい
例外1の可能性表示は、使われる可能性のある国名を「又は」でつなぐ表示方法です。原則国別重量順表示は原産地の国名を「、」でつないで、これら産地の原料が混ざって使われていることを意味します。これに対して「又は」でつないだ可能性表示は、これらの国の原料のどれかが使われていることを意味するもので、表示されている国の原料が必ず使われているわけではありません。使用予定のある国名を表示してもよいのです。「、」か「又は」で、意味するところはずいぶん違います。
例外2の大括り表示は、3か国以上の外国産が用いられている場合に、国名ではなくざっくりと「輸入」で大括り表示する方法です。たとえばポークソーセージの原料豚肉の産地が、(アメリカ、カナダ、中国)の場合は、まとめて(輸入)と表示できます。また、輸入と国産が両方使われている場合は、重量の多い順に(輸入、国産)(国産、輸入)と表示されます。国産が使われているかどうかは一目でわかるというメリットがありますが、特定の国が使われていないか知りたい人にとっては不親切な表示と言えます。
例外3の「大括り表示+可能性表示」は、例外1と2をあわせたものですが、特に評判が悪いものです。豚肉(輸入又は国産)と書いてあると、この豚肉の原産地は「世界中のどこか」となってしまいます。「又は国産」とは「国産が使われているかもしれない」可能性を意味するもので、必ずしも国産原料が使われているとは限りません。
例外4の「中間加工原材料の製造地表示」は、そもそも原料原産地ではありません。加工食品の多くが、原材料は生鮮加工食品でなく砂糖や植物油脂などの加工品を用いています。こうした中間加工原材料は、さまざまな国の原料がブレンドして使われていることが多く、国際的な商慣習で原産地情報は伝達されないために原産地の表示は困難です。このため、その原料がつくられた製造地で代替え表示をするものです。原料原産地を知りたい消費者にとっては、知りたい情報が得られません。
以上のように、4つの例外表示はデメリットが目立ちます。
●食品表示法は「わかりやすい表示」を目指したのではなかったか
これだけでもわかりにくいのですが、食品表示全体でみると限られたスペースに文字が増えて見づらくなることも懸念されます。原材料のカッコの中にはアレルギー表示など他の情報もありますが、こうした大事な情報が伝わりにくくなります。今の表示でも「小さい文字でぎっしり書かれて読む気がしない」と言われているのに、今回の原料原産地表示の導入によってますます読む気がしなくなるかもしれません。
2012年に食品表示法の一元化を検討した際には、これからの食品表示は「わかりやすい表示」を目指したはずでした。新たに表示を義務付ける以上は、表示内容が正しいか、事後的に検証可能か、表示のコストも考慮すべきとしていました。これまで食品表示を検討してきた経緯からみても、今回の例外表示は実行可能性をほとんど無視して、意味の無い例外表示オンパレードで乗り切ろうとする手法です。食品表示一元化検討会で原料原産地表示を検討した際には、検討会の途中でパブリックコメントを求めたり、意見交換会を開催したりと丁寧に議論をしてきましたが、今回の検討会の進め方はあまりにも拙速でした。
このように考える消費者は多く、全国組織である全国消費者団体連絡会では検討会の方針に反対の意向を示しています。これまで2回、国に意見書を提出しており、11月7日には院内集会も開催して見直しを求めています。原料原産地の義務化は、2015年10月のTPPの大筋合意を受けて決まったものですが、TPP発効がもはや不可能となり、引き続き見直しを求めていくことになるでしょう。
●2017年夏には表示基準が告示、施行される
これだけ問題が多く、メディアでも「おかしな表示」と取り上げられることが増えてきた新表示案ですが、消費者庁は今のところ、検討会の方針を見直すつもりはないようです。
消費者庁は2017年春までに食品表示基準案を作成し、消費者委員会で基準案が審議されることになると言います。同時にパブリックコメント、WTO通報等の手続きを経て、2017年夏には新基準案の公布、施行となり、その後の移行措置期間(現時点では期間未定)を経て、表示が変わっていく予定だそうです。
もしそうなれば、同じ品目の食品でも、これからは「国産、輸入」、「国産又は輸入」、「国内製造」など、新しい表示方法の商品が店頭に並ぶことになります。現在、加工食品の原料原産地表示はスーパーなどで販売されている商品の1~2割に書かれているといわれていますが、これが全ての加工食品(輸入品や対面販売等の食品を除く)に表示されることになります。その多くが、例外表示になることが予想されます。
このままでいけば、消費者の混乱は必至です。例外表示では消費者の知りたい原産地はわからず、「原産地を隠している」と思う人も出てくるでしょう。検討会では消費者の誤認を招かないよう、例外表示については消費者の啓発が必要であるとしています。
消費者の啓発とは、例外4つの表示方法の意味だけではなく、加工食品によっては一定の価格や品質を保つために、原料の原産地が季節に応じて切り替えられたり、ブレンドされたりするという実態がある情報も必要でしょう。あわせて、原料原産地表示は食品安全の表示ではなく、商品選択のための表示であることも重要なポイントです。消費者が表示を誤認しないために学ばなければならないことがこれだけあるとは、やはり食品表示本来の目的や意義を逸脱した表示制度だと思います。
それでは事業者は、新ルールにどのように対応したらよいのでしょうか。後編で考えてみたいと思います。(続く)
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。