九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
食品表示法ができて、製造所固有記号のルールも大きく変わります。新法では製造所固有記号が使える条件が大きく限定され、「原則として、同一製品を複数の製造所で製造する場合」のみ、とされました。また、これまで事業者は消費者庁に郵送による届出をしていましたが、これからは消費者庁のウェブサイト上の「製造所固有記号制度届出データベース」による届出へと変わります。
このデータベースの準備に消費者庁は1年を要したため、新しい製造所固有記号制度は食品表示法施行から1年遅れの2016年4月1日に施行されました。経過措置期間は4年間。この間は旧記号を使うことができますが、その後は使えません。事業者が使い続けたい場合は、この間にデータベースの届出が必要となります。
2016年3月末にデータベースは公開されましたが、届出をしている事業者はごく一部です。5月にはいって、ポツポツと届出された新記号を検索できるようになりましたが、市場には新記号の目印である「+(プラス)」で始まる記号のついた食品は見かけません。新記号への移行には、まだ時間がかかりそうです。
●新データベースがわかりにくい
新しい製造所固有記号の詳細は、消費者庁が2015年12月25日に施行通知「食品表示基準について」「食品表示基準Q&A」を改正し、その中で解説をしています。その内容について、消費者庁は2016年1月から2月にかけて全国9カ所で説明会を行いました。また、公開されたデータベースには「届出マニュアル」も添付されました。これらに概要は記されているのですが、わかりにくい点もみえてきました。主な課題を3つ、まとめます。
(1)届出のタイミングが難しい
事業者が新記号の届出をする場合、経過措置期間の2020年3月31日までのどこかで行うことになります。この間は消費者の混乱を避けるため、原則として1つの製品に新基準と旧基準の混在は認められません。このため、前編で紹介した一括表示や栄養表示が新基準となった包材(以下新包材とする)に、新しい製造所固有記号(以下新記号とする)を使うことが基本となります。また、旧包材に旧記号の使用も認められます。
つまり、経過措置期間中は上左図のように「新包材×新記号」「旧包材×旧記号」はOKです。旧包材の在庫がなくなってから新包材に切り替えた後、新記号の取得をするまでは、図の3番目にあるように、「新包材×旧記号」でも可能ですが、新記号取得後は「新包材×新記号」に切り替えることが求められます(なお、1工場でしか製造しないなどの理由で新記号が取得できない場合は、経過措置期間中は「新包材×旧記号」の使用が認められます)。
一方、新記号の届出を先にしたけれども、旧包材の在庫があるので「旧包材×新記号」というケース、図の4番目の事例は認められません。このため、消費者庁は説明会などで「旧包材の在庫が過剰にあるのなら、経過措置期間中に計画的に新記号の届出を行ってほしい」「いったん新記号を取得したのであれば、旧包材×旧記号の商品もできるだけスムーズに新包材×新記号の切替えをお願いしたい」と言っています。
このように新記号の届出は、新包材の切替えの状況をみながらタイミングよく行い、届出後はできるだけ速やかに「新包材×新記号」に切り替えることが求められます。しかし「できるだけ速やかに」が実際にどのくらいの期間かは、明らかにはされていません。このわかりにくい考え方が、新記号の届出を慎重にさせ、新包材への移行が先延ばしされる要因になるのではないかと懸念しています。
*(5月19日上記を削除しました)上記の記述について読者の方から情報を頂き、4月6日に事業者団体向けに開催された説明会で「新固有記号届出の受付が完了した後は、旧固有記号を使用することはできないのか?」との質問に大して、消費者庁は「新固有記号届出の受付が完了した後も、経過措置期間中は旧固有記号も有効である。経過措置期間中であれば、同一工場内で、旧包材に旧記号を、新包材に新記号を表示した製品が混在するのは問題ない。」旨の回答を行なった、ということでした。5月19日、消費者庁に確認をしたところ、その旨で間違いがないとのことです。上記の文章は誤解を招くため、削除させていただきます。
(2)添付する製造計画書が難しい
新制度は、これまで自由に使えていた製造所固有記号が、「同一製品を2以上の製造所で製造する場合」のみに使えるよう限定されました。ここには例外規定が設けられ、「届出時に1つの製造所で製造を行っている場合でも、同一製品を別の製造所で製造する予定があれば、製造計画書を添付することで新記号が使える」とされています。
この例外規定を担保する製造計画書の書式が、データベースの一番下に示され、サンプルもついています。それを見ると、同じ商品名でも、キャンペーン品など包装の仕様や容量が少し異なれば同一製品とみなされず、それぞれの商品において細かく書き込む必要があることがわかります。
この製造計画書の内容が、どこまで正確でなくてはならないかのか。たとえば毎週のように新製品が販売される製パン工場等で、その都度、製造実態にひもづけて製造計画書の変更届を出して、更新する必要があるのか。それは困難ではないかというのが、事業者の意見です。
説明会では、このような意見に対して消費者庁は「製造実態に応じて製造計画書を出すのは大変な場合もあるので、まずは製造計画書を出してもらい、その後はその都度で判断する」と回答しています。そこまで正確でなくていいのかと思いきや「1工場で製造している製品は、予定工場の製造計画書の添付が必要で、原則としては変更があれば変更届出を出してほしい」とも言っています。
一方、製造計画書について監視執行を担う地方自治体の方に聞くと、製造計画書の検証は難しいとも言います。そう考えると、現時点では製造計画書を添付後どのような頻度で変更するかは、結局は事業者判断に任されてしまうような気もします。そもそもこの例外規定は、2014年に素案が出た段階から運用が難しいと指摘されていました。その課題をクリアにできないまま、データベースの運用が開始されてしまったように見えます。
(3)誰が届出を出すのか、難しい
データベースの届出に変更することで、誰が届出を出すのか、新たな課題が浮かび上がってきました。PB商品などの場合、これまでの製造所固有記号の届出は製造者及び販売者が連名で消費者庁長官に郵送によって届け出るとされ、委託事業者が手続きを行っているケースが多かったと言います。ところが、届出データベースでは、表示責任者である食品関連事業者が申請をせねばならない構造となっており、販売者のPBオーナーに手続きが求められます。
この点について「委託事業者が代理申請をすることはできないのか」という質問が説明会などで出されていますが、消費者庁は「システム上は可能であり、実際に委託事業者と販売者との2者間で合意をして決めてほしい」と述べています。具体的にはどういうことか、消費者庁は詳細について言及していません。「郵送だったら楽だったのに」という声が、よく聞かれます。
また、新しい製造所固有記号では、有効期間が定められ5年ごとの更新制となりました。記号を届け出た後、5年後の更新を怠ると、記号は廃止となり使用することはできなくなります。変更届出も含めてこの点も、製造所固有記号を使い続ける事業者にとっては間違いがおこらないような管理が求められます。その責任は表示責任者にあり、委託事業者とどのように情報共有するのかも課題となります。
●製造所固有記号は使わないという選択が広がる?
以上のように新記号の届出には多くのハードルがあります。このため、これを機に記号は使わないとし、新表示では製造所を併記することにする、と判断する事業者も出てきました。そう考えると、データベースのシステムを複雑にすることによって、新記号取得のハードルを上げ、製造所固有記号の使用を限定させていくという消費者庁の方針が見えてくるようにも思います。
この流れを受けて、実際に新表示となって製造者や加工者の情報が併記される商品も見かけるようになりました。確かに消費者にとっては、製造所が併記してあれば記号を調べる手間も省けるので歓迎すべきことだと思います。
しかし、それだけ情報量が増えますので、表示が分かりにくくなった事例も出てきました。消費者によっては、表示責任者だけ明確にしてもらえればいい、何かあったときに迅速に製造所がたどれればいいと考える方もいるでしょう。それもあって、新記号制度は消費者が簡単に検索できるシステムが整えられたのです。表示はスッキリ、知りたい情報はウェブサイトで、というのはこれからの流れなのかもしれません。
いずれにしても食品表示法が施行されて1年が経過し、これから徐々に新表示への移行が進むでしょう。事業者ができるだけ早く移行できるよう、十分な情報提供が求められています。(森田満樹)
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。