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執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食品表示・考

ライオンのトクホに健康増進法の初勧告 健食の広告取締り強化を期待する

森田 満樹

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 2016年3月1日は、日本の健康食品制度において忘れられない日になりそうです。消費者庁はこの日、ライオンが販売する特定保健用食品「トマト酢生活」の広告について、健康増進法(健増法)に違反していると勧告を行いました。同法による勧告は、今回が初めて。しかも取締まりの対象は、特定保健用食品(トクホ)です。その意味について、考えてみます。

●トクホでも機能性表示食品でも虚偽誇大広告はダメ 消費者庁の姿勢明確に
 現在、日本における健康食品は制度上、いわゆる健康食品と保健機能食品(トクホ、栄養機能食品、機能性表示食品)に分けられます。このうちトクホは国が安全性と有効性を個別に審査して表示を許可するもので、玉石混交の健康食品業界においては信頼性が高いとされてきました。1991年に制度がスタートして以来、行きすぎた広告は時に指導されることはあっても、法令違反を問われたことはありませんでした。

 このため、事業者の中には「国のお墨付きのトクホだから、ちょっとくらい大げさな表示をしても大丈夫だろう」と思われていた節がありました。しかし今回の勧告で、トクホであろうと健康の保持増進効果について著しく人を誤認させるような表示は、健康増進法という武器で容赦なく取締まるという姿勢が明確にされました。ましてや機能性表示食品、いわゆる健康食品では当然のこと。新聞、テレビ、雑誌などの健康食品の大げさな広告表現が、今回の勧告を受けて大きく変わると思います。

 それでは勧告となったライオンの「トマト酢生活」はどのくらいひどいのでしょうか。この製品は2007年、厚生労働省によってトクホの表示許可がされたもので、その内容は「本品は食酢の主成分である酢酸を含んでおり、血圧が高めの方に適した食品です。」となっています。トクホの血圧関連の表示許可は特に厳しく制限されており、全ての商品において「血圧が高めの方に適する」と決まっており、その許可表示を逸脱して、「血圧低下作用」を表示することは許されません。

 厚労省時代から引き継がれている「特定保健用食品に関する質疑応答集」では、問44に「許可表示を強調する表示は誇大表示になるのか」とあり、その回答として「例えば『血圧が高めの方へ』という許可表示の食品について、『血圧を下げる』と表示することは誇大表示に該当するおそれがある」として具体的に禁止しています。また、消費者庁が2011年に示した「特定保健用食品の表示に関するQ&A」でも、問3-3で同じく禁止しています。

 しかし、ライオンの「トマト酢生活」は「臨床試験で実証済み!これだけ違う、驚きの『血圧低下作用』。」と堂々と記載していました。これは質疑応答集等に照らし合わせても、完全にアウトです。この点について、消費者庁の勧告は「血圧を下げる効果があると表示することについて、消費者庁長官から許可を受けているものではない」と指摘しています。

 また、広告では個人の体験談として「できるだけ薬に頼らず、食生活で改善できればと考えていました。」というコメントや、「“薬に頼らずに、食生活で血圧の対策をしたい”そんな方々をサポートしようとライオンが開発した『トマト酢生活』。」などの記載もありました。これはさらに悪い。消費者の健康に悪影響を及ぼす広告表現です。消費者庁の勧告は「高血圧は 薬物治療を含む医師の診断・治療によらなければ一般的に改善が期待できない疾患であって、薬物治療によることなく、本件商品を摂取するだけで高血圧を改善する効果が得られるとは認められないものであった。」と指摘しています。

 つまり、血圧低下作用を明示したこと、「薬に頼らずに」など様々な広告表現の全体が、健康増進法で禁止する「健康の保持増進の効果について、著しく人を誤認させるような表示である」と消費者庁が判断したのです。確かに血圧関連のトクホは数多くありますが、他社製品の広告でここまで逸脱した表現はあまり見かけません。

 ライオンの広告は、それだけひどいと言えると思います。同社は1日「消費者庁からの健康増進法に基づく勧告に関するお知らせ」として、お詫びしています。

●トクホは業界の自主基準があったのに…
 ライオンのような大きな会社がこのような明確な違反をするとは、トクホの世界は一体どうなっているのか、誰もが思うところです。トクホの広告についてどこまでの広告表現ならば許されるのか、その基準は前述のとおり国が定めた質疑応答集Q&Aがありました。また、業界でも日本健康・栄養食品協会が「『特定保健用食品』適正広告自主基準」を作成していました。機能性表示食品やいわゆる健康食品には基準はありませんが、トクホは様々な基準があったのです。

 たとえば業界の自主基準では、「個人の感想等」についてこう書かれています。

 事実に基づく個人の感想等を広告に使用することは差し支えない。ただし、許可表示の範囲を超える表現を用いること、トクホは疾病を持つ人を対象とするものではないので、医療が必要でないかのような(治療の機会を失わせる)表現を用いること、効果を強調し過ぎたり、断定的な表現を用いて効果の確実性を保証すること、一部の都合のよい効果についての感想のみを引用すること、その他消費者に誤認を与えることがないよう十分に注意すること。

 これは、消費者庁が今回指摘していることと重なります。それでは、ライオンがこの自主基準を知らなかったのか?そんなはずはありません。現在の日本健康・栄養食品協会特定保健用食品部の広告部会長はライオンが担当しているのです。

 特定保健用食品部のもとでは「特定保健用食品審査会」が開催され、半年ごとに100件を超える広告について審査が行なわれています。最近では、2015年9月にまとめられた第3回審査会の結果が公表されています。

 広告審査会では、健康増進法等に抵触するおそれがあるもの等をA判定、Q&Aや業界自主基準に抵触するもの等をB判定、消費者に誤認を与えるおそれがあるもの等をC判定として、A判定がもっとも法令違反の高いものとしています。しかし、これまで3回の審査会ではA判定のものはありませんでした。ライオンの広告もこれまで広告審査にかけられてきたはず。それでもA判定にはなっていませんでした。いくら基準を作って審査しても、これでは身内に甘いと言われてもしかたありません。

 これまではトクホは大丈夫、消費者庁のQ&Aや業界の自主基準があり、大手企業も多いのでそんなに逸脱した広告はないと思い込んでいました。だからこそ、機能性表示食品にも業界の広告自主基準を作るべきだと言ってきたのです。しかし、トクホの世界ではいくら自主基準があっても広告部会長のライオンはそれを軽く見ていた、これには失望しました。

●健康食品の広告取り締まりはこれから厳しくなる
 世の中には、消費者の誤認を招くような健康食品の広告が山のようにあります。これらの広告規制は、消費者庁や地方自治体の執行体制を強化してもらうことが一番の早道です。たとえば「いくら食べてもこれを飲むだけで痩せる」といった広告などは、景品表示法で禁止する優良誤認(「著しく優良である」と消費者が誤認する)にあたり、違反とされて措置命令が出されてきました。同法の取締りは歴史も長く、いわゆる健康食品では多くの違反事例が積み重ねられています。

 一方、健康増進法の広告規制は、国民保健の向上を妨げる表示や虚偽誇大広告を禁止するものですが、歴史も浅く、これまで法令違反として勧告、命令が出されるような事例は1件もありませんでした。消費者委員会では「切れない刀」などと揶揄され、2013年にまとめられた「『健康食品』の表示等の在り方に関する建議」では、健康食品の広告取締りのために、健康増進法の執行体制の強化が求められていました。

 この建議を受けて2013年7月、消費者庁表示対策課の下に食品表示対策室が設置されました。当時の表示対策課長に「健康増進法の刀を早く抜いてほしい」とお話したところ、「消費者団体の期待が大きいのはわかるが、景品表示法の方が素早く対応できるので、すぐに健康増進法違反というわけにはいかない」と説明されたことを覚えています。そしてようやく、今回の健康増進法の勧告の日を迎えたのです。

 健康増進法の勧告ができるのは、これからは消費者庁だけではありません。2016年4月より健康増進法の勧告、命令の権限が都道府県知事、保健所を設置する市長又は区長に移譲されることが決まっています。消費者庁は2月19日、「食品として販売に供する物に関して行う健康保持増進効果等に関する虚偽誇大広告等の禁止及び広告等適正化のための監視指導等に関する指針(ガイドライン)改正案」に関するパブリックコメントを開始しました(締切は3月9日)

 実はFOOCOMは2月3日、今回の勧告や指針改正案を担当する食品表示対策室食品表示調査官の田中 誠さんを迎えて「健康食品の表示、広告の取締まりについて」と題して会員向けセミナーを開催しました。サブタイトルは「健康増進法、景品表示法の『著しい虚偽誇大・優良誤認』をどう読むか」。この時に田中さんは、この2つの法律を武器にして、これから健康食品の不当な表示にどう立ち向かうのか語ってくれました。

 田中さんは、目的や対象、体系が異なる2つの法律をどのように有機的に活用して、監視執行体制を強化していくことが重要であると言います。様々な事例を紹介したうえで、機能性表示食品の広告内容についても届出表示の省略がどのような場合に問題になるのか、そんな詳細についても説明してくれました。

 田中さんの話から、これから健康食品の広告規制はこれから大きく変わることがわかります。トクホも機能性表示食品も例外ではありません。虚偽誇大広告で消費者被害が少しでも無くなるよう、取締りの強化を期待します。(森田満樹)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。