目指せ!リスコミ道
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
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タイは温暖な気候を活かした農業輸出大国だが、北部など一部で有機農業にも力を入れ始めている。タイの農業・協同組合省は「有機農産物認定マーク」を策定しており、店頭にはマークが付された農産物が数多く出回っている。現地で有機農業を指導し、農場を経営する日本人も複数いて活躍されているが、その1人が昨年末に日本人学校PTA主催の講演会に招かれ、話を聞く機会を得た。講演内容は「タイにおける食の安全と有機農法」—講演内容もさることながら、国外で適切な情報がなかなか入ってこない日本人消費者の不安の強さに改めて驚いた。
現在、タイ唯一の日本人学校である泰日協会学校は、小中学校あわせて約2500人の生徒が通うマンモス校である。そのPTA厚生部によって、身近なテーマで毎年講演会が開催されているのだが、今年度は「はじめませんか?オーガニック生活〜家族の健康のために〜」と題して、「農業のスペシャリストを講師としてお迎えし、食の安全についてお話頂きます」との趣意で会が企画された。娘が学校から案内状をもらってきた時から、楽しみにしていた講演会である。
講師は、ハーモニー・ライフ・インターナショナルの大賀昌社長。同氏は1999年より農薬と化学肥料を一切しない農場経営を目指して、バンコク北東部のカオヤイ山脈の中腹の3万坪(9万9000?)の敷地で有機農場を始め、04年には農業省よりオーガニックの農場としての認可を取得、さらに06年にはタイ農業省からオーガニック農業のモデル農園の指定も受けている。見学者が多数訪れ、最近ではバンコクから観光バスも出ている盛況ぶりである。その農園の青果物は、バンコクの日本料理店や個人宅に宅配で届けられており、ファンも多い。同氏はタイの野菜事情にも詳しく、タイのフリーペーパーなどにもコメントを寄せている、この世界では有名人なのだ。
講演は二部構成で、前半は「持続可能な社会を求めて」として、現在の環境問題—温室効果ガスの急増、二酸化炭素濃度の増加、異常気象、海面上昇などに言及し、地球の45億年の歴史から見るとたったこの50年間でこれらの問題を引き起こしていること、50年前は全部オーガニック農業だったのに、ほんの僅かな時間で汚染の悪化が加速度的に進行している現状を憂えたものだった。今、私たちは破滅か持続かという、大きな選択の前にいる、このまま続けば破滅してしまう。今こそ、環境を守るために5つのR(Refuse、Reduce、Reuse、Repair、Recycle)運動に取り組みましょう、そして体に入る食品を見直しましょうと締めくくられた。エコ活動が尊ばれる昨今、参加者の気持ちをがっちりつかむ力強いメッセージである。
さて、続いてメインの後半は「食品の安全性について」。タイの農作物は氏の分類によれば、(1)何の認定も受けていない農作物(タイの農作物の99.8%がこれに当たるそう)(2)有機農作物(3)ハイドロポニック農作物(水や液肥だけで栽培する作物)(4)無農薬農作物(5)ハイジニック農作物(農薬や化学肥料を使っていても安全な範囲で、衛生的に作られたとタイ農業省によって認可された農作物)(6)無農薬有機農作物(7)オーガニック農作物に分けられるという。
氏の定義によれば、(2)は少しだけ有機肥料を使っても有機農産物として出荷できるものだそうで。無農薬でもなくあいまいな農作物のことを指すのだそうだ。これに対して、本物といえるのは(7)のオーガニック農作物だけで、無農薬で3年間以上栽培した土地で無農薬無化学肥料によって作られた農作物で、すなわち国際基準を満たしたオーガニック基準と同等のもの。タイではタイのオーガニックのマークが付されるものを指す。この分類もどうかと思うが、要するに一番信用できるのがオーガニック農作物だと言うのである。
日本でのオーガニック農業は農業用水などの問題により実施はまず無理で、タイこそ素晴らしい可能性をもっているのだそうだ。しかしそのタイでも、99.8%は化学肥料や農薬を使っているので問題が多いのが現状だそうだ。氏によれば、農薬の原料のほとんどは第一次、第二次大戦で使われた毒ガスなので、微量だからといって農薬を少しでも使用しているものは安全とは全く言えないという。「毒というのは薄くても、少なくても毒なのであって、減農薬や低農薬でも人間にとっては毒である」という聞いたことのないような論理を展開したのである。
私はこれまでたくさんの有機農業家の方々のお話を聞いたり、対話をさせて頂いたが、こんなお話を聞いたのは初めてである。量の概念がぶっ飛んでいる。しかし話はこれだけでは終わらず、続いて氏は食品添加物を猛烈に批判し始めたのだ。
「食品添加物は本来、1つもいらないものだが、人間の欲望で見た目をきれいにしたり、賞味期限を延ばしたりするためにいろんなものに使われている。そもそも食品添加物は、1年くらいの動物実験をして厚生労働省の認可が下りるわけだが、認可の際には、残念なことに動物にとって急激な影響がなくては駄目とはならない。皆さん、たとえば弁当を食べたら吐き気がしたとか、気持悪くなったという経験があるでしょう、たとえば化学調味料を食べると発疹が出たり熱が出たりするでしょう。そういう細かい反応は、動物実験では分からない。ネズミは気持悪くなったとは言わないし、そういう反応は科学者たちも分からない。毎日食べている食品添加物は80種類以上あります。1年間で8kgくらい食べています。非常に怖い、そういうものが全部繋がって病気を引き起こし、医療費増大の問題につながるのです」と、これまたすごい論理飛躍である。確かに量の概念を理解しない人にとっては、動物実験もADIも何の意味も持たないのだろう。
「それではどんなものを食べたらいいのか、皆さん御心配でしょう」と氏の話は続く。「スーパーに売っている食品の中で、無くていいものが90%あります、特に子供のお菓子が本当にひどい、食品添加物だらけだ。弁当や菓子パンも防腐剤だらけだし、ナントカパンはカビませんからね。とにかく毎日の買い物に注意することです。魚は養殖ものはいけない、抗生物質が使われている。最近のマグロは養殖のものがありますが、頭が2つあったりするものが市場に出回っていますからね。豚肉も牛肉もダメ、食べていいのは地鶏だけです。私たちは今こそ生き方を変えなくてはならない。ある科学者はあと30年すると病気が蔓延して地球が住めなくなるのではと言っている。私たちは今こそ学ばなければならない。買いものばかりして家の中はガラクタだらけではありませんか? 5つのRを思い出して実行してください」と後半も最後はエコ活動で締めくくられた。
講演が終わって、私が呆気にとられたのは言うまでもない。私にとっては、農薬も食品添加物もそういう切り口の反対意見は初めてで、しかもそれが講師である。さて、どこから質問しようかと思っていたら、質疑応答の時間で私よりも早く手を挙げた人が何人もいたのである。
寄せられた質問は、「タイに来て、鶏肉が危ない、病院の小児科の先生にも鶏肉は止めておけという話を何度となく聞いたのですが、安全な地鶏はどうやって調達するのか? タイでは地鶏の定義はあるのですか?」「日本でも今日のような講演はたくさん聞いたのですが、今日の話はとても共感できました。野菜や先生のいう洗剤はどうやったら手に入りますか。連絡先を教えてください」「タイに来て、野菜や肉は何を買ったらいいのか不安でした。卵は大丈夫ですか」などなど—-。
結局は講師に共感する意見と、講師が取り扱う野菜のデリバリー方法と連絡方法の詳細を知りたいという質問に終始して、結局、時間切れとなってしまった。この手の話が共感を持って受けいられることに、私は二重に驚いた。終わってみるとなんだか古典的なマッチポンプだな、と思ったのは、私だけだったのだろうか。
外国に住むことによる不安要因の中で、一番危ういのは根拠のないうわさ話や口コミ情報だろう。どんなに偏った話でも、その話しか情報源がなければ、そこから話は無責任に広がっていく。ましてや、食の安全や病気など不安に思う事柄であれば、偏った情報が引き金になって、不安はますます増大してしまう。今回の講演会は、講演内容もさることながら情報不足がもたらす影響についても、大いに考えさせられた。
私ももちろん、タイの食の安全について不安に思うことはある。この国は食品安全情報が日本のようにきちんと公開されておらず、食中毒情報も、残留農薬や食品添加物の実態や違反についても、実情がどうもよく分からない。研究機関の論文など点の情報はあるのだが、その点を集めてそんなにリスクは大きくないかもとぼんやりとつかめることはできるが、そこまでなのである。輸出品目は厳しく管理されているだろうが、国内向けはよく分からない。でも中国に駐在している日本人はもっと不安だと思う。情報はさらに制限されており、駐在員家庭では日系スーパー・百貨店でしか食品は買わないという話も聞く。
そうやって考えると、日本は食品安全情報がいかに公開されていたか、さまざまな審議会も傍聴できる、なんて恵まれた環境にあったのかと、国外に出て改めて思い知らされるのであった。(消費生活コンサルタント 森田満樹)