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「食品廃棄ロス」という言葉がないタイに学ぶこと

森田 満樹

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 タイでは賞味期限の捉え方がかなり適当である。期限内なのに品質が劣化していることも多く、食品の開封時には、いちいち自分の目や鼻、舌を総動員しなければならない。商品棚には期限ぎりぎりの食品が売られていることもあって、表示を確認して少しでも新しいものを買っている。タイ人からみると日本人のこうした鮮度志向は、理解し難いらしい。ちょっとくらい品質が劣化していても、食べられる食品は捨てずに食べるのが当然。そういえばこの国で、食品廃棄ロスという話は聞いたことがない。

 タイにおける日付表示は、タイ保健省(FDA)所管の食品法規則によって規定されている。表示方法は、(1)保存期間が90日以内の場合は賞味期限年月日(2)保存期間が90日を超える場合は、製造年月または賞味期限年月日となっている。そのほか、特別に告示で規定した食品の場合に、製造年月日と賞味期限を併記する場合もあるが、大部分の食品は(1)(2)に該当する。日本では、3カ月を超える場合の賞味期限を、賞味年月で表示することが認められているが、タイではあくまで日にちまで記載する賞味年月日だ。砂糖の表示など約5年後の日付が表記されていたりして、不思議な感じがする。

 タイでは「消費期限」という表記はなく、保存期間が長くても短くても「賞味期限」という同じ表記になる。そのかわり保存期間が比較的短いものは、製造年月日が併記されているケースが多い。総菜や豆腐、生めん、卵、魚、肉加工品などの類だ。法的には併記が義務付けられていなくても、任意表示として併記されている。その数は日本よりもずっと多い。最初にタイに来たときは、期限表示一本の日付表示が国際標準だと思っていたので、この併記表示に驚いた。しかし最近はその理由が少しずつわかってきた。この国では賞味期限表示だけでは、当てにならないのだ。

 タイの賞味期限の科学的根拠は、日本のように「表示に関するQA」が出されているわけでなく、曖昧である。0.8以上という安全係数の目安もないし、おそらく実験設備や試験室を備えている食品メーカーは一部だろう。もしかしたら経験的な勘から、可食期間がそのまま賞味期間になっているのではないか。いや、可食期間×1.0以上かも。実際に、多くの食品において賞味期間が日本より長い。卵は4週間(生食用も同じ)、豆腐は1カ月、油揚げは3週間、生めんは2週間が普通だ。

 保存料のおかげもしれないが、期限前に商品が劣化していることが多いことから考えると、1以下の安全係数を掛けているとは思えないのだ。そうかと思えば、メーカーによっては期限が過ぎてもおいしく食べられるものもあり、数字の決め方はどうもまちまちだ。だからこそ、併記された製造年月日が参考になる。製造年月日がなければ、賞味期間をどう設定しているのか見当もつかない。

 賞味期限が当てにならない理由が、もう1つ。タイの店頭は商品棚の保存状態が良くない。チルド商品が常温の棚で販売されているのは日常茶飯事で、温度管理が徹底されていない。仮に保存状態が良いところで購入したとしても、今度は自宅の冷蔵庫の状態が良くない。スコールによる停電がしょっちゅうあるからだ。そんな保存条件で、賞味期限のデジタル的な数字だけではどれほどの意味があるのかという気になるのも無理はない。

 私がよく悩むのが、魚肉練り製品だ。日系の有名企業がタイで製造しているちくわだが、表示の欄外に「Production date 01.10.08、 Best before 01.10.09、Keep in frozen Condition at or below−18℃」とある。確かに冷凍食品であれば、賞味期間1年間は不思議ではないだろうし、きちんと保存試験をしたうえで、この日時を記載しているのだろう。しかし、私がいつも買うお店では、このちくわはチルドコーナーで、しかも解凍されたふわふわの状態で販売されている。家に帰ってから冷凍しても遅いだろうし、どうしたものだろうと思うのだが、とにかく早めに食べるしかない。製造年月日がなければ、解凍した状態でどのくらい時間が経っているのか目安もつかないだろう。

 さらに包装形態に問題があるものが多い。タイでは、牛乳は紙パックよりもプラスチック瓶がメジャーで、キャップが二重になっているが、内側のシール不良が多い。外蓋をあけると漏れているのを発見するのだが、中の牛乳は異臭を放っていることがある。ギョーザの皮が、ピンホールが原因で賞味期限前にカビだらけになっていたこともある。

 賞味期限設定の前提は、衛生的な製造環境で、包装形態も問題なく、流通時にはきちんとした保存条件が保てること。これらが揃っていなければ期限表示1本で保証できないことがよく分かる。技術力の高い日本では問題にもならないようなことだが、これがなかなか大変なことだったのである。

 牛乳の場合は、賞味期限表示1本のものが多い。日本と同様だ。日本の場合は、賞味期限ぎりぎりの牛乳はあまり販売されていないが、こちらでは堂々と販売されている。ぎりぎりのものは、傷んでいたり、開封後にすぐに酸っぱくなるようなものもある。こうなると、賞味期間をどのくらいで設定しているのか知りたい。2週間か、4週間か、製造年月日が併記されていれば参考になるのになあ、と思う。日本では、「牛乳には製造年月日はいらない」と主張してきたのに、である。

 世界で一番理想的な日付表示は、信頼できる期限表示一本だけの表記だろうと思ってきた。日本は十数年前に期限表示一本化に踏み切ったのだが、これによって消費者の過剰な鮮度志向に歯止めがかかり、食品の廃棄ロスも減り、国際標準化も果たし、環境にとってもよいだろうと思ってきた。しかし実際はどうだろうか。鮮度志向は是正されることもなく、賞味期限以前に返品されて廃棄される現状も改善されていないのではないか。

 昨年11月に厚生労働省と農林水産省によって改正された「加工食品の表示に関するQ&A(第2集:消費期限又は賞味期限について)」では、新たに安全係数は0.8以上が目安とわざわざ言及しているし、3分の1ルール(賞味期間内に納入期限、販売期限を定める商慣習)についても法令上の根拠がないとしている。さらに期限を過ぎた食品でも食品衛生上危害を及ぼすおそれのないものであれば、販売してもよしとしている。これらの改正点はすべて、廃棄ロスがいかに減らすかという観点で共通している。それだけ日本では「食べられる食品を捨てている」実態が深刻なのだろう。

 一方、タイの食品表示は確かに当てにはならないが、だからといって消費者が不満に思っているかというとそうでもない。もともと当てにならない分、自分の五感を信じて、食べられる食品かそうでないかを選別している。デジタル的に期限表示を信じてすぐに捨ててしまうような風潮はない。店頭には賞味期限を過ぎた商品も販売されているが、気にする様子もない。むしろ、まだまだ食べられる食品が捨てられることが不思議でならないといった具合である。だから廃棄ロスが問題になったという話は聞いたことがない。

 消費者意識が低いとか、食品の製造技術や検査技術、流通技術が劣っているとか、貧しいからだ言ってしまえば、それまでだ。だが、食べられるものは捨てないという意識は、むしろ国際的なスタンダードではないか。期限表示が当てにならないなら、製造年月日が併記しようという柔軟な情報公開の姿勢も、これまた健全のような気がしてくる。私はこれまでは期限表示一本化賛成論者だったのだが、ここにきて随分とブレてきた。でも最近では、周りを顧みずに「ブレない」と主張するよりは、ブレるのも悪くないかなと思い始めている。(消費生活コンサルタント 森田満樹)