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斎藤くんの残留農薬分析

黄昏どきの有機リン剤も、歴史を学びながら、あとひと踏ん張りの仕事を

斎藤 勲

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 前回のコラムで、最近の有機リン剤について、その検出事例が減ってきたことやいろいろな規制から「そろそろ時代が終わったのかな」といった意見を述べた。だが9月11日付の農業新聞に、日本植物防疫協会(以下、日植防)主催の「農薬と防除をめぐる新たな検討課題」というシンポジウムが開催されたという記事を読んで、考え直す内容があった。日植防とは、植物防疫技術の発展や、健全な農作物等の安定生産に寄与することを目的として、さまざまな公益活動を展開している社団法人だ。地道な活動をしているが大切な機関だと私は思っている。そして、そのシンポジウムでは、露地栽培で活用する天敵に悪影響を与える期間が短い殺虫剤があり、うまく使えば総合防除管理(IPM)に応用できるかもしれないという発表があったという。有機リン剤の中にも、もうひと仕事できる剤があるのかもしれない。

 前回のコラムで、農産物の残留農薬分析を毎年行っていると、明らかに殺虫剤の主流が従来の有機リン剤からアセタミプリド、イミダクロプリド、クロチアニジン、ジノテフランといったネオニコチノイド系農薬の台頭が著しいと書いた。それにひきかえ、有機リン系の薬は最近の報道でほめてもらったためしは一度もない。まさに、「悪の権化」となっている農薬だ。長い歴史の中でその評価をする場合、良かった面と悪かった面をきちんと出して、良かった面は今後も使えるのかどうか、悪かった面はその原因が何かをきちんと出して、改善できないことなのかどうかも判断した上で、消えてもらうかどうかを決める必要がある。それも、「エイヤ」のひとくくりではなく個々の化合物での判断が必要だと思っている。

 ここで個々の化合物での判断といっても、国が違えば変わることもある。例えば、商品名ホリドールのパラチオンという農薬は、日本では特定毒物に指定され、1972年には使用禁止になったものだ。最近ではメタミドホスのほうが悪いイメージが強いが、日本での使用や、自殺を含む、その中毒事例ではパラチオンが悪い農薬の代表だろう。1980年〜90年代、尿中代謝物などを用いて農薬の暴露評価をしていたことがあったが、その頃、米国ではパラチオンは農薬としてまだ使用されており、日本と異なる規制状況であった。

 そこで私は、どうしてパラチオンを使用できるのか米国の研究者に聞いたことがある。彼の答えは、パラチオンは昔から使われていて、コリンエステラーゼ活性阻害など急性毒性についてのいろいろな情報が明らかである。しかも、PAMなど中毒症状を起こした時の治療薬もある。だから、農業作業者の作業後に血液検査をして、暴露に敏感な血清コリンエステラーゼ活性が作業前の値の30%低下するなど、低下の度合いから作業を中止させたりすることができる。それを急性毒性が弱い新しい農薬に代えた時、私たちはその長期の毒性についての情報を持っていないし、解毒薬のPAMが効かないものもある。だから、現状では良く影響がわかるパラチオンを管理して使うほうがベターであるといった答えをもらった記憶がある。それを聞いて、何でもかでもよくわからないけど新しいものに換えてしまう日本のやり方もわかるが、米国流のプラグマティク(実利主義的)なというか、科学的な考え方に感心した。

 日本の考え方を顕著に示した有名な例は、防蟻に使う薬剤だろう。1980年代に家屋の白アリ防除剤として使われていたクロルデンという塩素系化合物の薬剤は、環境汚染物質となる残効性があり、処理後5年以上もつといううたい文句で多くの家の防蟻施行に使用された。だが、その発がん性や環境汚染が問題となってクロルデンは急速に使われなくなり、代わりに、ある程度残効性がある有機リン剤クロルピリホスが防蟻施用に使われるようになった。

 当時、クロルピリホスは発がん性や環境汚染では問題になっていなかったが、先ほどの有機リン剤として神経毒性の指標となるコリンエステラーゼ活性阻害が散布をする作業者に現れてしまった。ひどいときには血清コリンエステラーゼ活性がほとんど消失する人もいた。そこまで来ると血球コリンエステラーゼ活性にも影響しているのだろう。血液中からも微量ではあるがクロルピリホスそのものが検出された。

 作業現場の暴露は、残留レベルの摂取とは全く違う話であり、まさに毒性データを活用して生体で実際に起きている反応をどう評価するかという、難しい課題だ。それに対し、1995年産総研の蒲生昌志さんが損失余命という概念を用いてリスクベネフィット評価を行った研究(木材保存28巻5号184〜188、2002)が印象に残っている。作業者に限ってみれば、リスクはクロルデンの場合は4.4日寿命が縮まるが、クロルピリホスの場合は31日と7倍くらい高くなっていると、とても面白い考え方で解説してくれたのが興味深い。

 話がそれてしまったが、殺虫剤をうまく使ってIPMで天敵と併用の本題に戻ると、農業新聞の記事の説明では、有機リン剤7剤、ピレスロイド剤9剤、ネオニコチノイド剤7剤について、果物や野菜、茶に慣行量散布し、一定の日数おきに採取する。そこに天敵を放飼して、48時間後の生死を確認したという。葉面残留量が10分の1にまで減り、天敵の死亡率もおおむね1割以下に減る期間は、有機リン剤が一番短く7〜14日(茶は21日)、ついてネオニコチノイド7〜35日、ピレスロイド剤は一部の寄生バチを除けば、長期間悪影響の続く剤が多かったとのこと。

 最後に私の結論として、現在、殺虫剤の趨勢は大きく有機リンからネオニコチノイドに変わっている。しかし、その変化が急激なあまり、原因はまだ定かではないが、ミツバチがいなくなったといった現象にネオニコチノイドの農薬が関係しているとも疑われ、一部苦境にある剤もある。そうした状況の中、ひとくくりで有機リン剤をぽいと捨てるのではなく、このシンポジウムで発表された調査研究のような、知恵を働かせて農薬の良い面を活用すべく、地道なステップを踏んでいくことも必要ではないだろうか。なぜならそれがまさに、総合防除管理IPMの理念にも合う農薬の使い方だと思うからだ。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)