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斎藤くんの残留農薬分析

食安委のDVD「気になる農薬」の気になる農薬検出率

斎藤 勲

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 食品安全委員会から広報活動の一環として映像ソフト「気になる農薬」が発刊された。「魚の水銀」に続く第2弾である。プロの製作(費用もかかっていると思う)であり、お母さん役(奥山佳恵、もう少し年配のほうが良いかも?)や子供たち役(来代ひより、清水響)のやり取りで進むビデオである。子役がとても演劇的(?)で良い。インターネットのオンラインでも見ることができるし、240円分の切手を送料として申し込めば、DVDを無料で送ってもらえる。もらっておいて文句は言えないが、消費者を対象とした説明の中で、まだ食品中残留農薬の検出率が国内産で0.44%の表現はいただけない。もうそろそろ食べる者の視点からの数値に変える時期ではないだろうか。

 このコラムの2005年7月28日に「残留農薬検査の検出率は本当に低いのか?」というタイトルで、低い検出率のことを書いた。数字の出し方は、検出農薬の数を検査数(検体数×検査項目)で割ると、02年度国内産の検出率は0.44%となる。02年度で輸入、国産を合わせると、検査数(分母)は91万件となる。基準超過の違反件数となるとさら更に低い0.03%、微量な物を扱うppmの世界に入ってくる。

 この数値だけを単純に見ると、農薬の残留は小さい、違反なんて通常ないんだという錯覚や誤解に陥ってしまう。それは本当によいことなのだろうか。確かに、農薬分析に長年携わってきて思うのは、違反事例などはイレギュラーな使い方のため、適切な使い方であれば残留が確認されても基準値のかなり低い残留となる。ましてや収穫日からだいぶ以前に散布したものは検出されないという当たり前のことである。

 しかし、米国、ヨーロッパなど諸外国の残留農薬の検出率を見るとまったく違う。日本の検出率が検査数(検体数×検査項目)で割るのに対して、欧米ではサンプル数(検体数)で見るのだ。例えば、03年の米食品医薬品局(FDA)のモニタリングでは、国内の野菜1132サンプルの検査で全サンプルの30.8%に何がしかの農薬が残っており、1.9%が違反、国内の果実813サンプルの51.4%に何がしかの農薬が残っており、2.2%が違反となっている。面白いことに外国から輸入される野菜、果実のほうが残留している割合は低いが(輸入する作物の種類が異なるため?)、違反率は野菜6.7%、果物5.3%と高い。

 この結果からは米国民は輸入品の検査に力を入れてほしいと思っているが、最近の報道(U.S.FrontLine3月23日のニュース)では、FDAは現在輸入食品の約1%しか検査しておらず、食品の輸入量は最近の5年間で約50%増加したのに、FDAの検査は20%減少したと述べている。

 確かにFDAの検査総数を見ると、95年は1万615件、98年8594件、00年6523件、02年6766件、03年7234件と確かに減少しているが、95年当時は国内、輸入ほぼ同数であったが、現在は国内:輸入が1:2くらいの割合になっており、国内サンプルを減らしたのが大きい。以前米国のモニタリングの責任者の方とお話をした際、検査結果が良好な数字が続くとすぐに次年度の予算が削減されるのが厳しいと言っていたのを思い出す。

 ヨーロッパなどの国でも同様の数値であり、イタリアやスペインのような農業国ではもっと高い検出率である(興味のある方は、食品衛生研究52巻12号29-45;2002、「欧米諸国における食品中農薬残留状況」を参照してください)。作物によっては残っているのが当たり前のようなものもある。

 本論に戻るが、こういった状況の中で日本が農薬検出率0.44%をとり続けるのはいかがなものか。こういった面は早急にハーモナイゼーションしてもらいたい。そうでないと、せっかくのデータが勘ぐられてしまい、多くの検査の努力の結果であるデータが誤解されてしまっては担当しているものが浮かばれないし、農薬そのもののイメージも「やっぱりね」といった悪しき方向への流れを助長する。

 農業生産において病害虫などを防除する物質を「農薬」と名付けて管理して使っている。農薬として認められるためには、膨大な安全性試験、環境動態などいろいろな試験をクリアして、毒性が見られない最小量を見つけ、それに安全係数の100分の1掛けたものをADI(1日摂取許容量=毎日食べても多分大丈夫量)とし、それぞれの作物での適切な使用状況での残留試験の結果を踏まえ残留基準値を決め、総数でADIの8割に収まるようにして運用している。

 そういったきちんとした仕組みで運用しているからこそ、食品に残留していたとしても「充分安全性は確保された状態です」と胸を張って言っていただきたい。これだけ科学的データが揃っている農薬で残留問題が理解されないならば、ほかの汚染物質は全滅である。

 同時に厚生労働省はトータルダイエットスタディ(TDS)として市販の食品を購入して、それを食品群に分類して、私たちがどれくらい食品に残留した農薬を摂取しているかを調査している。以前から言っているが、個人的にはTDSはもっとサンプル数、分析対象項目を増やし、食品という環境影響を最終的に最も反映した物質の長期間・継続的なモニタリングを(これが大事!)、食品安全委員会の下部に実務機関として設置して、リスクマネジメントがきちんとなされているかを検証する仕組みを作ってほしいと思っている。希望というより願望である。

 話があちこちに飛んだが、要はもう0.44%という誤解を招く発表はやめて、消費者の視点から、野菜では約30%、果実では約50%の残留とか、季節間の残留の違いや、このトマトは、このリンゴは、このキャベツはといったサンプルベースの検出率に早急に変えてほしい。データはあるのだから、どなたかが計算していただければよいだけのことである。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)
*有機リン剤の人体影響については種々議論がありますが、5月11日に群馬県が東京で「『有機リン問題』の最前線」という、面白そうなシンポジウムを開催します。興味のある方はこちらのホームページをご覧ください。