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斎藤くんの残留農薬分析

残留基準違反で0.02ppmを報告するためらいに理解を

斎藤 勲

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 新聞報道などで輸入食品を含め残留基準違反の報道が散見される。中には、タイトルで「残留基準の2倍検出」と大きく報道されるが、文章を読むと一律基準0.01ppmの倍の0.02ppmという話であることも多い。残留基準0.02ppmに対して、0.03ppm、0.04ppmといった例もある。だが、「残留基準の2倍検出」といってもその確からしさを検証しておく必要があるはずだ。基準違反の数値に基づいて、すぐに回収や廃棄などの行政措置を出さなくてはならない行政機関の担当者の苦労はいかばかりかと同情させられる。今回は、数値は出れば独り歩きをするということについて考えたい。

 2002年に、中国産冷凍ホウレンソウからクロルピリホスが基準を超えて検出されて大騒ぎになったことを記憶している人も多いだろう。ゆでて冷凍するという簡易な加工をしたホウレンソウに、農産物としてのホウレンソウの基準0.01ppmが適用されたことで、基準違反が頻発したのだ。しかし、残留濃度は大きく基準を超えていたのではなく、0.01〜0.1ppmのものが大半だった。基準の4〜5倍であれば違反と言っても分析判定上大きな問題はないが、基準の2倍の0.02ppmで違反となると、大丈夫かなと内心思ったものだ。

 日常分析において、同じ分析方法で検査経験を積んでくると、気になる検査結果が出て、保存サンプルをもう一度やり直すことがある。やり直してもよく似た値が得られて、分析担当者として自信をつけることも多い。しかし、同じ圃場でも取ったサンプルが異なるとそうはいかないのが通例だ。検査というと、検査方法そのもののレベルの高さや精度管理が絶えず求められているが、実は、検査結果の妥当性は検体のサンプリングにかかっているといっても過言ではない。

 作物にどれくらい残留するかを経時的にみる残留試験では、畑全体から偏らないように数点のサンプルを集めて1サンプルとして検査する場合が多い。作物によっては適切に農薬が散布されても、天候や圃場の違いにより残留値が異なる場合があるからだ。中国でもサンプリングの均一性の重要さは十分認識されており、ある大手中国食品製造メーカーでは、残留農薬検査でサンプリングが均一になるように圃場の25ポイントから採取し、1サンプルとして農薬検査を行っているところさえある。そこまでしなくてもと思う人もいるかと思うが、当然中国の圃場の広さが関係するだけでなく、日本あるいは中国検疫所からの「絶対違反は出すな」という無言の圧力も反映してのことだろう。

 実際、サンプルを採りに圃場に出掛けて行くのだから、5カ所取るのも25カ所取るのも手間はそれほど変わらずに、均一性への説明精度やそのサンプルがどれほど大きなロットを代表するかはまったく異なるのだから、やるだけの価値は当然ある。ただ、その意味を、サンプリングする担当者がどれほど意識してやっているかが問題なくらいだ。

 検査サンプルのばらつきの例としては、2000年スウェーデンでキプロス産のブドウを1ロットから10箱サンプリングして検査したところ、そのうち4箱から殺虫剤モノクロトホスがそれぞれ0.05ppm、0.42ppm、1.12ppm、2.12ppm 検出され、残りの6箱からは検出されなかった。作物の種類にもよるが、ばらつくとこんなものである。この話は、スウェーデン政府が、結果にばらつきがあっても、高い濃度で急性指針値ARfDを超える可能性もあると判断して、緊急警報通知(rapid alert notification)を出した事例としても有名だ。

 検査方法の問題について考えるためには、サンプリングの重要性やバラツキを理解してからの方が早い。検査方法の妥当性の評価としては、一般的に標準品を添加した回収率が70〜120%、変動係数20%の範囲内の分析方法が良いとされる。理屈であるが、0.015ppmという測定数値(検査結果としては0.02ppm)は、回収率120%の担当者が出したとすると、実際値は0.013pp(検査結果としては0.01ppm)の可能性があり、0.014ppm(検査結果としては0.01ppm)を回収率70%の担当者が出したとすると、実際値は0.018ppmで、数値として丸めると0.02ppmの可能性がある。

 また、国際的な精度管理の仕組みを利用するならば、英国農業省の外郭団体であるCSL(中央科学検査所)が主催するFAPAS(食品化学分析技能評価)という精度管理評価制度がある。世界中の残留農薬を分析する組織がFAPASにエントリーして、自分たちの検査方法の妥当性を全体データから評価している。サンプルは事前に色々な分析法で何回も分析した結果を指標とし、それを用いて検査(通常0.03ppm以下の濃度)を行う。そして検査結果を集計してある検査結果の許容範囲(Zスコア±2)内に収まっていれば妥当な検査結果として評価される。

 ちなみに08年のレタス中のプロモプロピレートの分析値は、想定値0.0134ppmに対して、Zスコア+2は0.0193ppm、Zスコア−2は0.0075ppmと、低い方と高い方では2倍以上の差となる。農薬残留基準が一律基準の0.01ppmであった場合(0.014ppmまで許容範囲)、結構な人が基準超過の0.02ppmとして報告するということである。このように許容範囲内のどの数値を報告するかは、担当者の一番悩むところであるし、その微妙さを分かっていたけたら幸いである。

 では報告された数値にも若干のぶれがあるという認識について、理解してもらうためにはどうすればいいのだろうか。まずは同じ作物での添加回収試験での回収率の確認をすることが挙げられる。例えば、食品成分(マトリックス)が悪さをして数値を高めに誘導する、マトリックス効果を避けるために、あらかじめマトリックスを加えて作成した検量線を用いて計算したり、対象農薬の構造の一部に同位体元素を加えた合成品であるサロゲートを用いたりして回収率を補正することも可能だ。回収率が低い場合は操作工程でのロス、分解、揮散などのチェックが重要となってくる。

 最近増えているLC/MS/MSで農薬を検出する場合、逆にマトリックスの影響でイオン化抑制が起こり、値が小さく出ることも多々見られる。それを防ぐためには、さらに精製してマトリックスを除くか、希釈してイオン化抑制を避ける方法もある。精度管理の基本だが、先のFAPASで結果がZスコア±2を超えた場合は、自分でその原因を考え、再度やり直すこともある。そうして適正な数値になればFAPASに参加した意味が出てくるし、それを教えてくれたFAPASに感謝するぐらいだ。

 精度管理の大前提として、普通のサンプルを使った普通の検査で、普通に結果を出したものが集計されて初めて意味がある。それが実態を知るための精度管理なのであって、精度管理のために意図的にサンプリングを行っては意味がないし、勝手が分からない新参者がZスコアの数値だけで評価されるのは、とても不利になることもある。FAPASのような精度管理の仕組みは、「私はZスコア+0.4で、あなたの+0.7より優れている」とか、担当者を落とすための評価ではなく、検査をレベルアップさせるための評価、道具に使ってもらいたいものだ。

 また、検査結果の数値は絶対的なものではなく、ある確率論的な幅を持った数値であることを認識して対処すれば、少しは落ち着いた対応も可能となることだろう。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)