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GMOワールド

内剛外柔路線へ〜方向転換を迫られたEUのGMO政策

宗谷 敏

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 フランスのGMトウモロコシMon810栽培凍結に見られるように、EUのGMO域内商業栽培に対するハードルは依然として高い。しかし、複雑なGMO承認作業の遅れに伴いあちこちで軋みを生じ出したGMOの輸入やその流通に関する規制は、産業界からの声にも押される形で明らかに軟化の兆候が伺える。今回は、これらの動きをまとめてフォローする。

<欧州理事会と英国の突っ込み>
 2008年6月19〜20日、ブリュッセルにおいて欧州理事会が開催された。議長国スロベニアによる最後のEUサミットで、7月から議長国はフランスに移る。重要案件は、アイルランドの拒否で風雲急を告げるリスボン条約履行問題だったが、GMOに関する議論をリードしたのは欧州委員会José Manuel Barosso委員長(元ポルトガル首相、任期09.10.31まで)と英国Gordon Brown首相であった。
 Barosso委員長は、急騰する食糧価格を切り下げるために、各国政府はGMOの可能性を認めるべきだと強く要請し、Brown首相は食品価格を引き下げるための6ポイントの具体的計画の一つとして、GM由来の畜産飼料をより多くEUに輸入するために、現在の規制を試験的に緩める提案を行ったと伝えられる(08.6.20. Independentなど)。

 08年6月2日、試験栽培中だったBASF Plant Science社の耐病性GMジャガイモ圃場が反対派によって破壊されるという不幸な事故が起きたが、Brown首相の発言を後押しする英国のGM飼料輸入の規制緩和要求とGMO国内栽培に向かう動きは加速している。

 EUサミットにおけるBrown首相の発言と同時に、英国Phil Woolas環境大臣は「世界的な食糧危機解決の一部として、英国の公衆はGM作物を受け入れられなくてはならない」と発言した(08.6.19. Telegraphなど)。

 前夜、バイオテクノロジー産業のロビーグループとの会見が行われた翌日の発言だったことが、裏切りだという反対派からの批判も招きはしたが、農業大臣ならぬ環境大臣の口からこういうGMOに積極的な発言が出るということは、従来では考えられなかったことだ。

<産業界からの規制緩和要求>
 07年8月の欧州委員会農業・農村開発総局(DGAGRI)によるGMO承認作業の遅れがEU域内の飼料輸入と畜産に与える影響を分析レポートと、それに反応した英国の畜産業界が、死活問題として声を大にしていることは以前書いたので重複を避ける。この動きはその後英国以外の畜産国にも広がりを見せていたが、ここに来てこれらに続きEU域外にも目を向けた大物からの発言が出てきた。

 世界最大の加工食品メーカーであるスイスNestlé社のPeter Brabeck会長は、ヨーロッパの政策当局に対し、GMOに対する反対の姿勢を再考するよう促した(08.6.22. Financial Times)。今日、GMOなしで世界を食べさせることはできないから、世界の貧しい人々から基本食料を奪う価格上昇を押さえるためGMOを認めるべきだという主張である。

 この論拠であるヨーロッパのGMO忌避がアフリカ諸国に影響を与え、輸出への懸念からそのGMO栽培を遅らせているという理屈は、心あるヨーロッパ人たちにとって、おそらく最も痛いところを突いている。欧州委員会Peter Mandelson通商委員長は、直ちにアフリカいじめを否定し、欧州委員会に責任はなく、しばしば見られる欧州各国政府のGMO拒否の姿勢に落胆しているとコメントを出している。

 さらに、英国内では全英農業者組合(NFU: The National Farmers Union)が、90年代後半からGM飼料で飼育された家禽を排除し、非GMダイズ使用を指定しているMarks and Spencer やWaitroseなど主要スーパーと話し合いを持った。非GMダイズが高騰し入手しにくくなったため、非GM使用の必要条件を、有機食品を除き解除して欲しいと訴えたのだ。非GMダイズへのこだわりは食品価格高騰を招き、結局は消費者利益につながらないという指摘もなされた(08.6.6. Financial Times)。

<未承認GMOの微量混入を認める提案>
 しかし、一国の環境大臣程度で驚いてはいられないのが最近のEUだ。欧州委員会の保健・消費者保護総局(DG SANCO)のAndroulla Vassiliou長官(キプロス)が、輸入農産物への未承認GMOの微量混入に閾値を設ける提案を行うだろうというニュース(08.6.9. Ruetersおよび08.6.24. Financial Times)ほど、EUの様変わりを象徴する事象はないだろう。

 各国農業大臣の同意が得られるなら、という条件付きながらVassiliou女史は未承認GMOのゼロトレランスを緩和する法律の提案を年内に準備したいと発言している。8月までに公表されるかもしれない注目の閾値は、米国が望む5%は論外だが、EU産業界は0.9%を求めている。

 しかし、現行食品・飼料表示制度上の(承認済み)GMOの意図しない混入が0.9%まで認められていることの見合いからは、0.1%が有力視されているようだ。それでも、LL601 事件のような、最近の未承認GMOコンタミ事故の大部分をカバーすることが出来ると言われている。

<オーストリアの屈服>
 予防原則を楯にEU承認済みのGMトウモロコシの輸入と利用を、頑なに拒否してきたオーストリアの禁止令が08年5月27日に撤廃されたと、欧州委員会は発表した(08.06.25. APなど)。

 これは、WTO裁定履行の一つであり解決を迫られながら内部意見が割れたため、欧州委員会が最も手を焼いていた問題の一つであった。欧州委員会では、08年5月7日、オーストリアの禁止令撤廃を要請するトレードオフとして3つのGMOの域内栽培承認を先送りしたという観測もあった。

<CodexのGM食品表示でも妥協か>
 08年4月28日〜 5月2日まで、第36回Codex食品表示部会(CCFL)が、カナダのオタワで開催され、GM食品表示も議題の一つであった。この議題は93年以来、ガイドライン案を策定する方向で議論されてきたが、合意の見込みが得られないことから米国などから中止の主張がなされ、EUはこれに激しく反発してきた。

 今回の討議では従来のガイドライン案を廃し、これをベースに新たな「提言(Recommendations)」を検討していくこととし、ステップ3に差し戻すという合意が成立したという(08.06.20 農水省第34回コーデックス連絡協議会配布資料)。これも、従前のEUの強硬姿勢からは考えにくい譲歩と言えそうだ。

<今後の注目点>
 7月から欧州理事会議長国に座るフランスのNicolas Sarkozy大統領の運営と、GMOを巡っては一見相反する欧州委員会 Barosso委員長との折り合い、検討中と伝えられるEUとしてのGMO承認制度改正の方向および安全評価を担ってきた欧州食品安全機関(EFSA)との関係、英国では同じGM支持を打ち出しながら、ナショナル・ディベートで失敗したBlair前首相の轍を、Brown首相がどのように踏まずに世論を操作していくのかあたりが注目される。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)