GMOワールド
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
2007年4月8日付The New York Timesに掲載された「未来の農作物をどう封じ込めるのか?」How to Confine the Plants of the Future?は、米国内で反響を呼び、この論評に言及するメディアも多かった。米国the Hybrid Vigor Institute所属で、科学技術産業分野の分析と解説を専門とするDenise Caruso女史が執筆者である。長文なため訳文は部分的に省略したが、GMへの賛否を問わず一読の価値があるので原文も参照願いたい。
「薬品や化学物質を作り出すGM農作物が市場に急接近し、食品と飼料供給の安全性に対して新たな心配の種になっている。過去のGM農作物論争と同じく開発者はベネフィットを主張し、批判者は潜在的リスクを指摘する。経済的利益と公共の安全性のバランスを取る中央に、我々が任命したリスクの調停者である政府の規定者がいる。
英国Oxford大学James Martin研究所のJerome Ravetz研究員は、バイオ工学のリスクに関する論争が、政府の矛盾する役割に起因すると指摘する。一方で、ビジネスが新製品のリスクと安全性についての科学的証拠を規定者に提出する。もう片方では、懐疑的な市民がその証拠を詰問することを規定者に要求する。その専門的知識が「公認」された側は主導権を握る。
これまでのところ、ビジネス部門が優勢だった。農家、環境保護主義者や政府研究者からさえ出された科学ベースの懸念の声にもかかわらず、米国農務省は、トウモロコシ、ダイズ、オオムギ、イネ、ベニバナ、タバコなどいわゆる製薬作物に対する100以上の(試験栽培の)申請を認可した。
これらの農作物の開発者たちが、薬品への増大する需要を満たすために規模・経済的に最良の方法だと主張する。彼らは、潜在的に有毒な薬や化学物質を含んでいるのに普通の農作物と外見上区別がつかず、食品と混同されるかもしれない製薬植物は、製薬工場よりリスクが高いことを認める。
従って、最も重要なことは、ほかの農作物や近縁種と交雑しないよう製薬植物と花粉、種子を植えられた畑に封じ込めることだ。開発者たちは、封じ込めの手順を開発するため農務省と協力したと言う。農務省組織(APHIS)Biotechnology Regulatory ServicesのJohn Turner政策調整プログラム部長は、『我々のシステムでは、農作物のリスクの度合いに見合った監督が行われ、製薬植物の隔離を確認するために特別の措置が取られる』と述べる。
これを目指し、いくつの開発者が、イネやベニバナのような自家受粉植物を使い、健康と環境への潜在的影響に関するデータを規定者に提出する(筆者注:ベニバナでインスリン製造を目論むカナダSemBioSys社の例が詳しく紹介されているが略)。
しかし、この製薬植物のリスクアセスメントでは認められない幾つかの科学的証拠の存在が暗い影を投げる。まず、議論されている『システム』は自然であり、我々の最善の努力にも拘わらず、それは常にそれをコントロールしようとする我々の小さな試みをすり抜けるのに成功する。生体を諸管理する能力を想定した開発者たちが実行する封じ込めを科学的証拠がサポートしない。
農業バイオに関する公正で信頼できる批評家として知られるCalifornia大学Riverside校のNorman C. Ellstrand教授は、野外で製薬植物遺伝子を制御する努力の有効性に懐疑的だ。『製薬植物は悪いアイデアではないが、警告が2つある。1つは野外より温室で栽培されるべきだ。もう1つは食糧農作物でそれを行うべきではない。何から化合物を取ってくるかは重要ではない。カーネーション、ドラセナやトウゴマからでもそれは可能だろう』
Ellstrand教授は、自家授粉はジーンフローを排除しないし、製薬植物が封じ込めから脱走するのは異種交配だけではないと述べ、蓋然性は低いがさまざまなケースとその結果起きる誰しも推測しかできないリスクを列挙(筆者注:略)する。
問題なのは、農務省が科学ベースの合理的な公共の安全性懸念を拒否しているように感じられることだ。製薬植物に関する開発者のデータは企業秘密情報として公開されず、公式のリスクアセスメントが完了するまで、製薬植物栽培申請について公衆がコメントすることも許されない。
このような行動は、製薬農作物について心配する多くの農家と食品製造業者の怒りを招いた。特にコメ農家は、食用未承認遺伝子が混入すると何か起きるかを知っている。農務省はこの1年以内に2回責任を追求され、コメ産業は作物からの未承認遺伝子除去に非常に苦しんだ。
米国カリフォルニア州のVentria Bioscience社がヒトたんぱく質を作る製薬イネをカンザス州で野外栽培することを承認する前に、農務省はコメントを評価している。承認撤回を要求したthe U.S.A. Rice Federationは、パブリックコメントで『もし製薬コメがコメの供給ラインに混入したら、米国コメ産業の財政的破壊は絶対的なものだ』と述べた。
農家と製薬メーカーのうち、どちらのマーケットがより重要か? 誰の健康か? はもっと重要だ:薬を必要とする人々か、それとも食料を食べる人々か? 科学者は、専門的知識がない人々もリスクアセスメントを手助けできるという考えをしばしば却下する。結果的に、バイオ工学科学者と規定者だけが正当と認めた証拠だけを用いて、彼ら自身がデザインした不透明なシステムの中で安全性を決定し続けてきた。
しかし、科学的証拠は、光速や円周率のように定数ではない。特に我々がまだほとんどを知らない生物学における「証拠」とは、しばしばただ未知の暗闇に囲まれた小さな光の円にすぎない。リスクについての決定が、そのメンバーの科学的証拠の概念だけを受け入れる私的クラブだけで行われるのは安全ではない。
リスクに関する最良の研究は、正反対のものが真実であると言明する:そのようなリスクの証拠は相容れない利権によって特に歪曲される。そして、このような歪曲の最良の撃退法は、その運命が利害関係にある人々がアナリシスに参加するのを保証することだ。
この基礎を基盤として作られる科学的証拠のための新しい政策のフレームワークを我々は必要とする。もし開発者たちが彼らの製品の販売を望むなら、彼らの新案にクラブの外の人々に有益な精査を受けさせなくてはならない??製薬植物のような革命的技術が上市される前に」(記事抄訳終わり)。
この記事は、製薬農作物についてリスクアナリシスとマネージメントについて問題提起しているわけだが、製薬農作物推進派からはより専門性の高い反論も予想される。そのレベルまで筆者の言う「運命が利害関係にある人々」全員が、感情論に溺れずついていけるのかは別の問題(リスクコミュニケーション)だが、当然説明責任は推進派にあるだろう。
リスクとベネフィットを考察すれば、今までのGM農作物は仮想リスクの羅列に対し、可視的には生産段階という部分に限られるとしてもベネフィットは圧倒的だったから、作付面積が続伸している。製薬植物の場合には、リスクの存在が明白に予見される一方、最近のDDT見直しやVentria Bioscience社のGMイネに象徴されるような人命救済という大命題も絡むから、リスクとベネフィット論争はより先鋭的な形で突きつけられる。
ややゆるい規制でGM農作物普及を終始リードしてきた米国も、02年11月のProdiGene社事件(フードチェーンに入る前に発見)のようにこと製薬植物の混入となると血相が変わる。在来のGM農作物では自他共に認めるチャンピオンである米国Monsanto社が、(現在のところ)製薬植物開発を完全に避けているのも象徴的だ。
製薬植物混入の交雑リスク回避に向けた技術的取り組みは、地下栽培から交雑抵抗性トウモロコシ、ターミネーターや花粉と種子からの組み換え遺伝子除去まで、過去本稿でもいろいろ紹介してきたが決定打は出ていない。
我が国では、「花粉症緩和GM米は薬です、以上終わり!」くらいだが、海外のメディアでは、この記事に代表されるような製薬作物を巡る突っ込んだ論評が最近目立つ。開発と論争のステージが1つ上がることで、在来GM農作物なんて「カワイイもんよ」の既得権獲得になってはたまらないと、Greenpeaceなどがヒステリー気味なのも分かる。
しかし、GM全面拒否もGM無条件バンザイももはや通用しない。栄養改善目的など食品やエタノール原料特化型トウモロコシなど食品と医薬品の中間に位置する第二世代GM農作物も含めて、定義とレベルを合わせてキチンと切り分けた議論が、技術と社会の成熟に向け今後ますます必要になってくる。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)