GMOワールド
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
先々週、英国人とフランス人及びスペイン人を比較したエスニックジョークから拙稿を書き始めたが、ではドイツ人はどうなのか? 出典である笠信太郎氏の「ものの見方について」では「ドイツ人は考えた後で歩き出す」と続くらしい。しかし、ことGMOに関しては「ドイツ人は歩き出す前に完全な地図を作る」が正しいように筆者には思える。なぜそう感じたのかと言えば、GMO Safety(英語版)というこの国のGMO消費者啓蒙ポータルサイトを見たからだ。
このサイトは「ドイツにおけるGMOについての現在及び過去のバイオセーフティ研究に関する明快でわかりやすい最新情報を提供する」ことを目的に、ドイツ連邦教育研究省(BMBF)によりサポートされている。研究者グループによる執筆、掲載内容の校閲を経た官製のサイトであり、書かれている内容には一定水準の信頼性がある。
まず、気がつくことは、シンプルなフレーム構造と明確な見出し語が選ばれていることだろう。これなら専門知識を持たない一般消費者でも、誤らずに欲しい情報に到達できる。行き届いた用語解説やルートワームやコーンボウラーがどんな害虫でどういう被害を及ぼすのかが一目で分かる写真ページも親切だ。さらにはドイツ語だけだが、学校教師用のスクールポータルまで備えているのだ。
例えば、先週筆者が触れた製薬植物に関してこのポータル内検索を試みると、2007年2月19日にアップされた製薬植物:現況報告Pharma plants:Status reportというコンテンツにたどり着く。最下段にはドイツ以外の国も含めて現在開発中の製薬植物リストの表が、ドイツ人らしい緻密さで整然と並んでいる。
最近、北米や欧州でミツバチの群れが突然消えてしまう謎の蜂群崩壊症候群(CCD=Colony Collapse Disorder)が話題だが、これとBt作物との関連が気になる向きにもちゃんと情報が用意されている。Bt maize compatible with beesとBees and GM plantsという2つの論文だ。
ついでに、反対派が大好きでしばしば引用してくるミツバチの腸管内でGM遺伝子の転送が起きているという問題についても、グルフォシネート耐性ナタネを用いた実験でそれは起きないとする実験結果が、04年7月28日にアップされている。
これらを含めて、Bt作物の非標的生物への影響や土壌残留についても、多数の論文を検索できる仕組みになっており、消費者啓蒙を目的とした行政の取り組みとしては、ほぼ満点に近い出来だろう。我が国の行政担当者、科学者にも是非目を通して頂きたい。しかし、これだけのことをしても、消費者の懸念は収まらないのがGMOの難しいところだ。
このポータルが立ち上がったのは5年前の02年4月16日だ。当時BMBFの長官だったWolfgang van den Daele博士が、ポータル内のNewsコーナーで5年の節目に当たりインタビューに答えている。「遺伝子組み換え植物に対する公共の懸念は、過去5年にわたりさらに増加したように思われるがいかが? こういう状況で、専門的情報はどんな影響を持つことができるのか?」と、インタビューワーはいきなり突っ込む。
これに対しWolfgang博士は「なんらリスクが証明されなかったにもかかわらず、危険議論が広い反応を起こすのは驚くべきことだ。常におかしな仮説があるが、それらは後で取るに足りないことだったと分かる。もし、特別な安全性懸念があるなら、その製品は市場から取り下げられるか、公認されない。中立の観察者として言うなら、リスク討議はベースを持っていない」と回答し、以下の概要で自説を展開している。
「人々はこの技術に反感を持つに至っており、この技術が問題であるという印象は信じられないほど定着した。人々は常にリスク理論にたじろぐ。そして、格段の脅威を見いだせなかったら、彼らは潜在的リスクが十分研究されなかったと言う。このパターンは植物遺伝子工学を妨げることを望む社会運動により確立された?そして、それについてはほとんど何もできることがない」
「我々は、もちろん科学的説明を使わなくてはならない。しかし、これは必要最低条件だ。我々は説明しなければならない、しかし、それが懸念や拒絶を解決するだろうと決めてかかることはできない。情報と透明性は必要だ。しかし、これはそこから結果が決定される戦線ではない」
一見東洋的諦観ともとれるWolfgang博士の発言であるが、科学者として政治介入や社会の誤解に対する内に秘めた困惑と嫌悪は激しいものがあるように思われる。先週の拙稿では、(製薬植物の)リスク決定に「運命が利害関係にある人々」が参加すべきであるという主張を紹介した。この人々とは当然公衆を意識しているのだが、それ以前に行政や科学者・専門家は何をすべきか、何が出来るのかに対する1つの回答が、このドイツのポータルサイトだろう。しかし、効果は措いても「科学的な説明情報と透明性」を一般向けに提供し続けることは並大抵のことではない。次の5年間でドイツの地道な取り組みが実を結ぶよう期待したい。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)