科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

GMOワールド

今週はオイルワールド〜トランス脂肪酸問題

宗谷 敏

キーワード:

 先週のGMOワールドは、6月7日から10日まで米国サンフランシスコで開催されたバイオ企業の祭典「BIO 2004」の話題でもっぱら盛り上がっていた。4日間にわたるトピックはいろいろあったが、初日のセッション「バイオ工学による肥満の解決」においてモンサント社が発表したダイズ(油)の脂肪酸組成を改変する技術が、注目を集めたことに異論はないだろう。

参照記事
TITLE: Biotech sees role in obesity fight
SOURCE: Sacrament Bee, by Edie Lau
DATE: June 7, 2004

 これらデザイナーオイルの詳細に関しては、現地取材された日経BP社、宮田満氏のレポートに詳しいので、そちらに譲り、ここではモンサントがその発生低減をコンセプトの一つに掲げたトランス脂肪酸(Trans Fatty Acid、以下TFAと略記)問題の背景を少し詳しくみてみたい。

 普通、天然に存在する不飽和脂肪酸が二重結合した形はシス型であるが、これがトランス型に異性化したものをTFAと呼び、自然界では牛などの反芻(はんすう)動物の肉や乳脂肪に微量含まれる。しかし、植物性油脂でも製造過程でシス型がトランス型に変成する場合がある。

 それは精製工程で加熱することにより、精製油中にもTFAが微量発生するからである。又、硬化させたり安定性を増したりする目的で部分的に水素添加を行う(一般の油脂製造に必ずしも必須の加工ではない)と、さらに多くのTFAが硬化させた製品油脂中に生成される。従って、一般的にマーガリンやショートニングには精製植物油脂より多くのTFAが含まれることになる。

 TFAが本格的に問題とされたのは、90年にオランダで1日当たり33〜34gのTFAを3週間摂取したヒトのLDLコレステロール(いわゆる悪玉)が増加し、HDLコレステロール(いわゆる善玉)が減少したという研究が発表されてからである。これらの増減は心臓疾患のリスクを高めると指摘されている。

 米国でも、92年秋頃からTFAと心臓疾患の相関問題がちらほらメディアに登場し始め、93年5月には“New York Times”や“Washington Post”紙などが大きく取り上げブレークするに至った。この当時から肥満や心臓疾患に悩む米国では動物油脂や飽和脂肪酸悪玉論一色だったが、植物性のマーガリンもリスキーかもしれないと脂肪酸論争に新たな火種を投ずる形になった。その後のTFAに関連する情報は枚挙にいとまもない。

 ことの推移を慎重に見守っていた感のあるFDA(米国食品医薬局)は、99年11月にTFAの食品義務表示原案を作成、パブリックコメントなどを経て03年7月9日に06年1月1日からの実施に踏み切った。カナダもすぐにこれにフォローした。

 さて、我が国では、99年6月に厚生省が公表した「第6次改定 日本人の栄養所要量」に「トランス酸の摂取量が増えると、血しょうコレステロール濃度の上昇、HDL-コレステロール濃度の低下など、動脈硬化症の危険性が増加すると報告されている」と記述されている。

 しかし、国民栄養調査の脂質摂取量から試算した日本人のTFA摂取量は、1人1日当たり約1.56gに過ぎず米国の約5.8gに比べて約4分の1である。しかも、TFAの影響はリノール酸など多価不飽和脂肪酸の摂取量が多いと減じると言われており、日本人は多価不飽和脂肪酸の摂取量が多かったことから、最近まであまり騒がれては来なかった。

 ところが先週、某・漫画週刊誌の「美味しんぼ」系連載漫画にまでTFAが登場しているのを見て驚いた。この漫画も含めて、実は我が国のTFAに関する「身の毛もよだつ」ネガティブ情報のほとんどは、98年11月に刊行されたJ・フィネガン著 今村光一訳「危険な油が病気を起こしている」(中央アート出版)からの部分的フレームアップにすぎない。また、ネット検索でヒットするTFA関連情報には、すべてとは言わぬが誤認(特に海外情報)に基づく記述も多い。

 TFA問題は、02年4月に突如、降って湧いたアクリルアミド事件と似ている。現在の普通の食生活からTFAやアクリルアミドを完全に排除することは出来ない。脂質栄養学の世界は、飽和・不飽和、一価・多価、中鎖・長鎖、n3系・n6系など百家鳴争中で、結論は「バランスが大切」を超えていない。TFAも摂取量に関する確立された結論は出されていない。彼我(ひが)の食生活の相違を無視し過剰に騒ぎ立て、一般消費者の恐怖心を必要以上に煽ったり、ゼロリスク信仰に拍車を掛けたりする一部の論調は好ましいものとは思えない。

 我が国における市販食品中のTFAに関しては、この10年ほどの間に公表された学術論文が複数ある。これらを参照して、TFAの過剰な日常摂取は控える(米国では食事からの摂取エネルギーベースで2%以下を目安とする説もある)程度の冷静な対応を心がけ、風評被害を作り出さない姿勢が肝要であろう。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)