GMOワールド
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
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年末最後の配信は、楽屋落ちみたいなモノを毎年書いているので、今年も慣例に従うことをお許し願いたい。9月頃、関東圏の公立小学校5年生の担任教諭から接触があった。総合学習のテーマに「ダイズ」を取り上げるので、生徒からの質問に答えて頂けるだろうかという依頼である。
当方のわかる範囲のことなら喜んでお答えしますと回答したところ、10月に入って生徒たちから質問のメールやファクスが続々送られてきた。質問は多岐にわたっており、小学生が良くここまで調べたなと驚かされる内容も多かった。幸い全てに回答を返せたが、当然GMOや農薬に関する質問もあったので、当該小学校のご了解も頂いた上でその部分を転載する。
生徒たちの質問:国産ダイズと輸入ダイズの値段を比べると、国産ダイズの方が高い理由を考えました。
(1)遺伝子組み換えダイズが無いことです。でもなぜ無いのかはわかりません。
(2)農薬を使う量が輸入ダイズより少ないことです。でもそれは長い時間をかけて運ぶためには仕方のないことだと思っています。
この二つの理由で「輸入ダイズは安心性が少ない。だから安いのだろう」と考えました。いかがでしょうか?
筆者の回答:輸入ダイズは、国産ダイズより二つの理由から「安心性」が少ないために値段が安い、という風にみなさんは考えたのですね。
1.安心(性)と安全性:まず、「安心性」ということばから考えてみましょう。あまり聞きなれないことばですから、もしかしたら安心に性をつける言い方はしないのかもしれません。一方、「安全性」ということばはよく耳にされると思います。では、「安全性」と「安心(性)」とはどう違うのでしょうか?こういう疑問から出発して、最初に遺伝子組み換えダイズのことを一緒に考えてみましょう。
私は、安全性というのは、ある程度まで科学的に証明できるのではないかと思います。遺伝子組み換えダイズは、科学的に安全性が調べられていて、普通のダイズと同じだけ安全だと証明されています。これを、むずかしいことばで「実質的同等性にもとづく安全性評価がなされている」といいます。
2.遺伝子組み換えダイズの安全性は、だれがどうやって調べているのか?:では、いったいだれが遺伝子組み換えダイズの安全性を調べているのでしょうか?日本では、さまざまな専門分野から科学者の代表を集めて、国(厚生労働省、農林水産省など)が遺伝子組み換え食品の安全性審査をおこなっています。外国でも調べ方は、ほとんど同じです。いろんな国が遺伝子組み換えダイズの安全性を調べましたが、どこの国でも普通のダイズと同じだけ安全だという結論を出しています。
それでは、どのようにして普通のダイズと同じだけ安全だと証明されているかというと、大きく分けて二つのことをしっかり確認しなければなりません。
まず一つ目は、新しい遺伝子です。遺伝子組み換えダイズには、普通のダイズにはない遺伝子が一つだけ入れられています。あんなに小さいけれど一粒のダイズには遺伝子が何万もあるのですが、そのうちのたった一つだけです。
その遺伝子は、たんぱく質をつくりますので、そのたんぱく質を私たち人が食べてもだいじょうぶなのかどうかを調べる必要があります。なぜなら、いろんなたんぱく質の中にはアレルギーを引き起こしたり、毒性を持つものがあったりするからです。
もしも、遺伝子組み換えダイズに入れられた遺伝子が、そのような有害なたんぱく質を作るものだとしたら、人に対して危険です。ですから、その点に問題があるかどうかを、科学者の先生方がくわしく調べて確認します。そして、遺伝子組み換えダイズに入れられた遺伝子がつくるたんぱく質は、人が食べても大丈夫だということがわかったのです。
さて、二つ目です。もう一つとても大事なことを調べなければなりません。さっき書いたように、遺伝子組み換えダイズは、新しい遺伝子がひとつだけ入れられています。これを入れたことによって、入れられたダイズの中でなにか普通と変わったことが起きていないかを調べなければならないのです。
この新しい遺伝子を入れたことによって、今まで働いていた普通のダイズの機能(働き方)がうまく働かなくなったり、もとからある性質が変わってしまったりすることがあるかもしれません。もし、そうならそれはもう普通のダイズと同じだなんて言えません。
そこで、普通のダイズと遺伝子組み換えダイズの成分や栄養素など100項目以上の分析をして、比較してみます。その結果に違いがなければ、遺伝子を入れたことによって特別の影響はなかった、これは普通のダイズと同じだったということになります。
遺伝子組み換え(ダイズ)の安全性について、一番大切な二つのことを説明しましたが、その他もっといろいろ細かいところも、普通のダイズと比較して、遺伝子組み換えダイズの安全性は調べられています。
もう一つ知っておかなくてはいけないことは、技術とそれを使ってつくられた製品とは別のものだということです。遺伝子組み換えという技術そのものは、良くも悪くも使うことができる中立的なものです。悪い人が悪い目的で使えば、テロに利用される生物兵器だって作ることができるでしょう。でも、普通に市場に出てくる遺伝子組み換え食品は、けっしてそういう悪い使われ方をしたものではないのです。
こうして、現在の一番進んだ科学的知識で分子のレベルまで調べた結果、普通のダイズと同じだけ安全であると認められた遺伝子組み換えダイズだけが、一般の市場に出てくるのです。実はいま、みなさんが食べている食品の中で、分子のレベルまで安全性がキチンと調べられている食べ物は、他には一つもありません。
でも、そのかわり他の食品には人類が気の遠くなるほど長いあいだ食べてきた歴史(食経験といいます)があります。普通のダイズにも長い食経験があり、それと同じだと証明されているのなら、遺伝子組み換えダイズだって大丈夫じゃないでしょうか?それでも、新しい遺伝子組み換えダイズは、誰も本当に長く食べ続けたことがないから、将来はどうなるかわからないぞ、と不安に思う人は当然いるでしょう。
長く食べていたら害があったというのは、たとえば有害な化学物質のように少しずつ人体に蓄積されて、その量が限界をこえた時に普通起こることです。でも、遺伝子組み換えダイズ(がつくるたんぱく質)は、食べたらすばやく消化されてしまうのだということも、ちゃんと調べてあるのです。残って人の体の中にたまらないものを、いくら長い期間食べたとしても、なにも起こるハズがないのです。
結論として、遺伝子組み換えダイズは、普通のダイズと同じだけ安全だと科学的に証明されていると言えるのです。つまり、安全性はついては一般的に考えられる範囲内でOKだと考えられます。
3.安全だから安心?安全でも不安?:しかし、安心(性)の方は、どうでしょうか?安全であっても決して安心はできないぞ、と考えたり、感じたりする人たちもいます。また、科学はずいぶん進歩してきていますが、絶対的なものではありません。いままでも、科学的に安全だとされてきた製品で、事故が起きたことがあるじゃないかと、そういう人たちは疑うのです。
ですから、遺伝子組み換えダイズは、安全性は科学的には証明されていても、みなさんがおっしゃる通りまだまだ安心(性)の方はあまり高くありません。多くの人たちが、安心できないから「遺伝子組み換えダイズはつかっていません」と書いてある商品が選ばれているのです。
4.国産ダイズに遺伝子組み換えダイズがない理由:したがって、遺伝子組換えダイズ大豆が国産ダイズにないのは、遺伝子組換えダイズを作っても、食べるひとたちが安心だと思っていないのでは売れないだろうと、農家の人たちが考えてしまっているからです(まだ少数ですが、作ってみたいと思っている農家もあります)。
5.農薬を使う量が輸入ダイズは多い?:ここは、みなさんのお考えと私の考えはちょっと違います。遺伝子組換えダイズのほうが、農薬(除草剤)の種類やまく回数を減らすことができます。結果的に使う農薬の量も減らすことができます。いくら距離が長くても、輸送中に農薬(殺虫剤や殺菌剤です)を使う(ポストハーベストという利用法です)というのは、ダイズの場合よほど特別な場合だけです。
6.輸入ダイズが国産ダイズより安い理由はなんだろう?:それでは、なぜ輸入ダイズは安いのだろうということですが、私もみなさんと同じように二つの理由を考えてみました。でも、二つともみなさんとはちょっと違うのです。まず、アメリカと日本では農地の値段や、農作業にかかるコストや手間賃、運送費が違うということが考えられます。
アメリカのダイズ産地は、イリノイ州、アイオワ州、インディアナ州、ミネソタ州、ミズーリ州、ネブラスカ州、オハイオ州などです(ここからは、できればアメリカの地図を見てください)。ひっくるめて中西部という地域が中心で、そこの中心都市は、野球のワールドシリーズで優勝した井口選手もいるホワイト・ソックスと、相手のカブスが両方とも本拠地にしているシカゴです。
日本では羽田から飛行機で1時間くらい飛べば、九州や北海道に着きますね。ところがアメリカのダイズ産地では、上を飛行機で2時間以上飛んでも下に見えるのは、ずーっと畑、畑、畑なのです。その広さと山がない平べったさに、まず驚かされます。
普通のアメリカの農家は、日本のゴルフ場一つか二つ分くらいの広大な畑に、家族だけで農産物をつくります。大きいトラクターや刈り取り機、トラックを持っています。明日の天気や、毎日変わるダイズの値段はパソコンで調べ、もし、農薬をまくなら小型飛行機を利用します(これは、普通専門の業者さんにたのみますが)。
高度に機械化された工業に近い農業のスタイルなのです。日本では、北海道の一部の農業が少し似ていますが、よく関東地方でも目にする水田で稲作をする日本の農業のスタイルとは、まったく別のものなのです。
機械を動かすのには燃料が必要です。みなさんもご存じのように、いまガソリンの値段がすごく上がってきています。アメリカの農家もそれで困っています。そこで、トウモロコシから作るエタノール(アルコール)をガソリンに混ぜたり、ガソリンの代わりに植物油を燃料に使ったりするバイオ・ディーゼルが流行しはじめているのです。
農家が作ったダイズやトウモロコシは収穫されて、トラックに積まれ地方の第1集積場所(カントリー・エレベーターといいます)に運ばれて集められます。そこからまた、鉄道やトラックで南北に走っているミシシッピ川というとても大きな川の岸にある第2集積場所(リバー・エレベーターといいます)へ送られます。この間にもう少し大きな集積所(ターミナル・エレベーター)が入ることもあります。
そして、そこから日本へ輸出される港がある河口のニューオリンズへ届けられるのですが、ここのためには、はしけという運搬船に積まれてミシシッピ川を南へどんどん下っていくのです。川の水路を利用したはしけは、一度に大量の荷物を(トラックや鉄道よりずっと)安く運べるすぐれたアイデアですが、残念ながら日本のように川幅がせまく流れも急な川では、とうていまねすることができません。
ニューオリンズからは、巨大な輸送船(空母のエンタープライズと同じくらいの大きさ)に積みかえられてパナマ運河を通り、はるばる太平洋を越え1カ月くらいかかって横浜や神戸など日本の港に届けられるのです。
ニューオリンズという名前は、みなさんも最近ニュースでよく耳にされたと思います。9月にハリケーンにおそわれて大きな被害を出したところですね。はしけがたくさん沈んだり、ダイズやトウモロコシを輸出する設備(エクスポート・エレベーターといいます)も被害を受けたりしましたが、さいわい輸出が止まってしまうほどではありませんでした。
ちょっと話が変わりますが、マーク・トゥエインというアメリカの作家が、みなさんくらいの年の人に向けて書いた「トム・ソーヤの冒険」という本があります。ミシシッピ川の岸辺で暮らしている、ちょっと昔の少年の生活や事件がいきいきと書かれている、とても面白いお話ですから、ぜひ読んでみてください。
さて、このように広い土地に機械を利用して一度にたくさんの量を作ったり、運んだりできるため、アメリカは農産物の値段を安くすることができるのです。これが輸入ダイズの値段が安い第一の理由です。
二番目の理由ですが、同じダイズといっても、実は種類と使い方に違いがあるのです。大きく分けてダイズをしぼってサラダ油の原料のダイズ油を作り、残ったカスを家畜のエサに利用するもの(製油用ダイズといいます)と、煮たり、炒ったり、豆腐や納豆にして直接食べるもの(食品用ダイズといいます)があるのです。
輸入ダイズは、ほとんどが製油用に使われます(輸入ダイズにも、もっと値段が高くて食品用に使われる種類が少しあります)。一方、国産ダイズは全部食品用なのです。製油用ダイズには一定の規格がありますが、それが満たされていればあまり細かいことは気にしないで、一度に大量に使われます。だから、たくさんつくられて大量に一度で運ばれるアメリカなどの輸入ダイズには適した利用方法です。
一方、食品用ダイズとはいうと、つぶしてしまう製油用ダイズではまったく問題にならない、大きさがそろっていることや色などの見た目も大切な要素になってきます。一度に使う量も少しずつです。こだわるメーカーは、産地や品種まで決めています。たとえば、おコメの場合ですが、新潟県の魚沼産(=産地)のコシヒカリ(=品種)はおいしいなどとよくいわれますね。でも、一般のおコメ(ブレンド米)と比べれば、値段はそれなりに高いでしょう?
食品用ダイズでも、同じなのです。こういう風にいろいろな注文がついて、量も少しずつということになれば、当然食品用ダイズは製油用ダイズよりも値段が高くなるのです。栽培のやり方でも、ちょっと特別なのですが、化学農薬を一切使わない有機栽培というのは、栽培するのにすごく手間ひまがかかるのでもっともっと値段が高くなります。
いままでのことを整理すると、
1)輸入ダイズは、いろいろな理由から国産大豆より安く大量に作ることができる。
2)同じダイズでも、輸入ダイズと国産ダイズとでは、種類と使われ方が違っている。
この二つのことが合わさって、輸入ダイズより国産ダイズは値段が高いのです。いろいろとむずかしいことも、たくさん書いてしまいましたけれど、理由がわかっていただけましたか?もっと質問があれば、どんどん送ってくださいね。
筆者あとがき:今までにも、院生、大学生、高校生などからのさまざまな質問に回答したことはあるが、小学生に接したのは初めての体験だった。この小学校における総合学習の目的は、「あるテーマ(ダイズ)について、書籍やインターネット、あるいは他者への質問を通じ情報をグループで収集し、その情報は正しいかどうかを吟味してから、結果をまとめて発表する」というものだったようだ。
寄せられた生徒の質問を見ると、担当教諭の日頃の努力や行き届いた指導ぶりが伺われて感心した。情報を集めることまではおそらくどの教諭も考えるだろうが、その情報を吟味する時点で、たいていは脱落する。そこまで頑張るこういう先生に教わった生徒は幸せだ。市内の先生方を対象とした公開研究会や、父母を招いての発表会で、ダイズの学習はなかなか好評だったようだが、宜なるかなと思った。
小学生を巡っては、最近あまりに痛ましい事件が相次いだ。子宝とは国の宝でもある。来年は、子供たちにとって安全な、保護者や学校にとって安心な社会であるよう祈りたい。読者の皆様も良いお年をお迎えください。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)