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GMOワールド

EUの深慮遠謀〜南アフリカGM情報公開訴訟の陰に

宗谷 敏

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 南アフリカ共和国から、皆さんはなにを思われるだろうか?悪名高きアパルトヘイトや黒人の初代大統領Nelson Mandela?ダイアモンドとDe Beers社?オランダ東インド会社と東西貿易の要衝ケープタウン、そしてワイン?GMOワールドでも、この国は重要な位置を占めつつあるというのが、今週の分析である。

 背景を簡単に見ておこう。05年のISAAA(国際アグリバイオ事業団)レポートによれば、南アフリカは世界8大GM作物栽培国の一角を占め、ワタ、トウモロコシ(食用のホワイト・コーンを含む)で合計50万ヘクタールを商業栽培している。他のほとんどのアフリカ諸国と異なり、政府はGM推進にいたくご執心であり、GM食品表示制度やカルタヘナ議定書国内担保法まで含むそれなりに整った規制法体系を有する。
 一方、GM反対運動では、主に3つの組織の名前がよく報道に上がる。環境保護派市民ロビーのSafeAgeとBiowatch、それにThe South African Council of Churches (SACC)などキリスト教を核とするグループである。彼らの心配の種は、商業や試験栽培認可を安易に連発する政府と、規制運用の甘さにつけ込んで政府との蜜月を期待する多国籍企業グループの過剰な進出振りである。
 これら反対派の中でも、Biowatchは極めて積極的で、政府や開発メーカーを相手取りあれこれ訴訟騒動を起こしている。先週末、GMOワールドを賑わしたのは、Biowatchの政府や開発メーカーに対しGM関連情報公開を求めて起こした訴訟に、首都プレトリアの高等裁判所が、原告側勝訴の判決を言い渡したことだ。
参照記事1
TITLE: Pretoria court orders Govt to tell all on GMOs
SOURCE: SABC News
DATE: Feb. 24, 2005
 政府の持つあらゆるGM関連情報はパブリック・ドメインだとして、全面情報開示を要求したBiowatchに対し何が認められたのかは記事に詳しいが、実は先進諸国ではそのほとんどが公開されている類の情報である。逆に、公開が認められなかった情報は、試験および商業栽培が行われている正確な場所と、開発メーカーの企業秘密にかかわる情報である。
 Biowatch側は勝利宣言を出してはいるが、何が企業秘密かの判断が政府・開発メーカー側にある以上、彼らが本当に求めていたものを得られるのかは疑問だろう。その意味からは、この判決は原告・被告双方の顔を立てたものだとも言える。
 ところで、今回の判決を伝える記事ではあまり触れられてはいないが、Biowatchなどが抱く危機感にはさらに深い理由がある。それは、南アフリカの製薬GM作物栽培への傾斜だ。Food・Scienceからは少し離れてしまうので詳述は避けるが、昨04年10月、Wired Newsがこの問題を特集しており、上、下併せて、日本語訳で読むことができる。
 そして、さらに驚くべきことに、本件にはEUの関与も見逃せないのである。EUと南アフリカの科学者たちが、協力してプラント・ワクチン研究のコンソーシアムを立ち上げ、EUはこの研究に対して資金提供しているのだ。昨年7月に上がった関連記事の中から1本紹介しておく。
参照記事2
TITLE: EU backs crop biomanufacturing effort
SOURCE: Drug Researcher Com.
DATE: Jul. 14, 2004
 GM栽培に対して依然激しい消費者の抵抗感があるEU域内諸国において、製薬GM作物の試験栽培は現状ほとんど困難である。それなら、南アフリカでそれをやってしまおうというEUは、なかなかしたたかだ。
 農産物の自給自足が完全に可能なEUの立場として、WTOの報復は困るからモラトリアムは解くが、出遅れたアグリバイオは米国に任せておいて、実はパスしてもいい。しかし、バイオ・フューエルには環境面からも無関心ではいられないし、莫大な利潤を産みそうなバイオ・ファーマシューティカルズは絶対に看過できない。
 昨今のEU委員会にプロ・バイオの姿勢が目立つ理由はなにか?共存などEU委員会が推進するGM政策のほとんどは、製薬バイオにとっても必要不可欠であり、かつ表示やトレーサビリイティなどは邪魔にはならない規制である。どこまでが薬なのかの議論は残るが、カルタヘナ議定書も薬品は対象外だ。EU委員会は、一、二歩先を見ていると、最近筆者には感じられてならない。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)