科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

長村 洋一

藤田保健衛生大学で臨床検査技師の養成教育に長年携わった後、健康食品管理士認定協会理事長に。鈴鹿医療科学大学教授も務める

多幸之介先生の健康と食の講座

マスク2枚と食品の機能

長村 洋一

キーワード:

中国武漢から新型コロナウイルス騒ぎが始まった当初はまさかと思っていたが、クルーズ船の問題が具体化してきた頃からあっという間に世界中がパンデミック状態となった。欧米、特にアメリカでの感染者と死者の数は中国を超えてしまい、日本も緊急事態宣言が発出され、時々刻々と変化する感染者の動態に目が離せない。私の勤務する大学も7月中旬まで学生は登校禁止で、ウエブ(Web)による講義が行われている。年初には全く予想もつかなかった事態である。

●マスク着用の効果

今回の新型コロナウイルスは感染しても無症状または軽症者が多くいる一方で、感染によって重症化し、亡くなる方もしばしば発生するので扱いが非常に困難を極めている。その中で政府は経済政策に優先して国民の世帯当たり2枚の布製マスクを配布します、と宣言し即座に実行に移した。5月11日現在で配布は4%くらい行われたそうであるが、巷ではマスクの安売りが始まっている。

マスク、それも布製マスクですから何度も洗って使えます、それが現状のマスク不足の解消につながります、というのが政府の言い分であった。しかし当初は、WHOはマスクの効果をほとんど認めていなかった。それなのに莫大な予算を使用してマスクを国民に配布する政策そのものには、国民を真に守るための危機管理としていかがなものか、と私は大きな疑問を持った。

しかし、マスク着用の効果についてはひょっとすると、とんでもなく大きな効果があるのかもしれない、と考えている。ちょうど日本がクルーズ船で騒いでいた頃、ドイツのハンブルグ大学のSteinhart教授から私のところに心配をしてくれるメールが届いた。その頃はドイツではまだ患者が出ていなかった。そして、間もなくイタリアで新型コロナウイルスの大流行が発生し、その余波的にドイツも瞬く間に感染者が増加し、感染者数は日本をはるかに越えてしまった。

なぜ後発的な欧米で感染者数が増加する中で、日本の増加速度が遅いのか?という疑問に対し、私はマスクの効果かもしれない、と考えたい経験がある。30年以上前の話ではあるが、私はドイツ(当時西ドイツ)のデュッセルドルフ大学糖尿病研究所で3年余を過ごした。当時、喉が少しいがらっぽい時にマスクでもかけようものなら、周りが大変な騒ぎになることであった。

マスクをかけることが、実は私は皆さんに病原菌をまき散らす可能性があります、というサインと捉えられたからである。実際に通常のマスクの着用効果は感染者の飛沫飛散防止に役立つことに意味があるが、ドイツでは冬に街中でマスクを着用した人など見かけることはなかった。

イタリアなどで流行が始まった初期の頃の中継映像では、街中の人びとのマスク姿は非常に少なかった。そんな画像を見ながら、ドイツと同じだな、と感ずる一方で、今回の新型コロナは感染しても軽症ないしは無症状の人が多いことを考え合わせると、日本人の感染者が少ない大きな理由の一つがマスク着用に抵抗がない国民性だと思うようになった。

●微々たる効果を重ねていくと…

エアロゾルとして空中に分布するウイルスの吸い込みをマスクがどれだけ防御するかを個々に実験的に調べてみると、N95規格以上のマスクでなければ、その効果はほとんど認められないことが知られている。私の大学の感染症を専門としておられる方も、布マスクや市販の花粉症対策マスクには、感染者のくしゃみなどによる飛沫の飛散防御以外の効果はほとんど期待できない、と明確に言っておられる。

実験的に調べると確かにそうであるが、ここで少し問題としたいのは、全く効果がないか、というとそうではなく、ほんの少しではあるが効果を示していることである。この微々たるものが数として集まった時、その作用の大きさを正確に計測または予測することに重要性がある。

唐突な話となるかもしれないが、私はこうしたときのマスクの効果を考えながら、食と健康の関係に横たわっている問題と同じものを感じている。健康に対する効果が示されている食品を食べたとき、一度ではその効果は全くと言ってよいほど見えない。しかし、食生活という全体の結果としてみると、それらが積もって大きな結果をもたらす。

たとえば、一回だけ減塩食を与えて血圧を測定しても目に見えて血圧は下がらない。しかし、この減塩生活を半年位継続すると血圧が低下する人が多く出てくる。そして、循環器疾患の罹患者を一定数減らすことができることは、イギリスで行われた食パンの減塩介入試験からも明確な結果として示されている。

日本では早くから、新型コロナ対策として無症状と軽症の方が早くからマスクをかけていたとすると、マスクによる感染防御力は非常に微々たるものだったかもしれないが、ひょっとするとその微々たる差が結果として大きく出ているのではないかと推測している。すなわち、生活習慣としてマスクを嫌っている国民性とそうでない国民性の違いが、感染速度に大きな差を生み出させる要因となったのではないだろうか。

食品には、医薬品に比較したらとんでもなく作用の弱い成分しか健康に及ぼす効果は含まれていないとしても、それを予測する方法論が何かあるのではないか。今回のパンデミックの中で感じるところである。

●危機管理時におけるマスク2枚

しかし、危機管理としての政府の対応に改めてあきれるほかはない。確かにマスクには予防効果があるのは事実であるが、流行が始まった時にお金が無ければ死んでしまう人がいる中で最初にとるべき手段であるか。

これでは、心筋梗塞で担ぎ込まれた患者を前にして、コレステロールの低下薬を投与するようなものである。コレステロールは動脈硬化の大きな原因ではあるが、心筋梗塞を発症してしまった患者に必要なのは、心筋梗塞の治療である。マスク2枚に500億円ちかい多額の国費投入は、現状に対して行うべき手段であるか。

いずれにしても一日も早い新型コロナウイルスの終息を願う次第である。

執筆者

長村 洋一

藤田保健衛生大学で臨床検査技師の養成教育に長年携わった後、健康食品管理士認定協会理事長に。鈴鹿医療科学大学教授も務める

多幸之介先生の健康と食の講座

食や健康に関する間違った情報が氾濫し、食品の大量廃棄が行われ、無意味で高価な食品に満足する奇妙な消費社会。今、なすべきことは?