科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

長村 洋一

藤田保健衛生大学で臨床検査技師の養成教育に長年携わった後、健康食品管理士認定協会理事長に。鈴鹿医療科学大学教授も務める

多幸之介先生の健康と食の講座

食品添加物表示制度のゆくえ~第3回 食品添加物表示制度に関する検討会を傍聴して~

長村 洋一

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消費者庁で開催されている「食品添加物表示制度に関する検討会」第3回目は、事業者団体によるヒアリングであった。各代表とも自社・団体の業務内容の説明後、消費者からの問い合わせの現状を紹介し、現行制度の振り返りと無添加・不使用表示について意見を述べた。

特に無添加・不使用表示は5団体とも現状に問題があるとして、「無添加表示の禁止または見直し、使用の制限」を求めた。前回の消費者団体も同様であり、この点に関しては何らかの規制の方向へ向かうことが予測された。それぞれの主張から、私の感じたところをまとめる。

【1】日本うま味調味料協会 荻原葉子氏

日本うま味調味料協会技術部会長荻原氏は、うま味調味料の歴史とその表示の実態を説明し「現行の表示はバランスがとれた、十分に分かりやすい 表示と思われる」とまとめた。

あわせて「化学調味料無添加」に関する消費者アンケート調査結果の説明があったが、その手法はウエブである点を除いてはかなりバイアスの少ない調査法であった。結果は、「化学調味料無添加」と書かれた食品の方が安全であるととらえている消費者が43%である。

「あなたは”化学調味料”はどのような物質からできていると思いますか? ”化学調味料”を構成している物質や、作られ方、定義などご存知のことがあればお書きください」という自由回答の質問に対する回答は、物質名、製造方法が分かる人が9%、自然に存在する可食化学物質であると認識できている人が10%で、61%の人が「わからない」と回答をしている。

これらの数値は私が市民公開講座などで接触している消費者の回答と比較して、かなり低いと感じたが、私が以前から強く感じていた「消費者はうま味調味料の実態を知らないままに、化学調味料無添加食品が安全な食品である」という傾向を見事にあぶりだしている。

「わからない」と回答した人たちは、その本体を知ると意外に「なんだ、心配なものではない」とすぐ認識されることが多いことも私はコミュニケ―ションの場で経験している。今回のアンケート報告は、消費者に対する教育の必要性を浮き彫りにしていた。

【2】山崎製パン株式会社 松長明弘氏

山崎製パン株式会社食品安全衛生管理本部本部長松長氏は、最初にお客様相談室へ寄せられる質問内容について、添加物に関するものは多くないことを紹介した。また、現在の表示方法は概ね問題がないと述べた。

次に無添加・不使用表示の問題として、大手製パン企業21 社が加盟する日本パン工業会において「イーストフード、乳化剤不使用」に関する自主基準制定の経緯が説明された。現在、他社で多用されているこれら不使用表示が、いかに消費者を欺いているか―その内容は同社ホームページに掲載されている「イーストフード、乳化剤不使用」等の強調表示について」に詳しく掲載されている。

この発言を聞きながら思い出したのは、かつて私も「ヤマザキパンはなぜカビないか」という内容で臭素酸カリウム使用問題を取り上げたときのことだ。同社の「真実を語って消費者を欺かない」という姿勢は、今回の「不使用表示」に対しても全く同じ姿勢が伺えた。

松長氏の発言に対し、ある委員は「せっかく企業が努力しているのに、自主基準でしばることに問題があるのでは?」と発言された。この質疑応答を聞いて、「不使用と表示したパンとそうでないパン」に科学的に相違がないことを納得していただくのは、かなりの困難が伴うことが感じられた。と同時に、一般消費者に対する科学的な事項を正確に伝えることの大切さを考えさせられた。

【3】三菱商事ライフサイエンス株式会社 髙松秀和氏

三菱商事ライフサイエンス株式会社品質保証部の高松氏は、⾷品添加物はバラエティ豊かな加⼯⾷品を安全でおいしくつくることに役⽴って おり、『豊かな⾷⽣活を⽀えています』との題目で保存料、増粘剤、甘味料そして調味料がどのように役立っているか、具体例を交えて説明された。そして、このような知識が消費者に伝わっていないことが問題であると、ここでも消費者教育の必要性を指摘された。

最後に1.⾷品添加物の表⽰形式は、現⾏の制度を 維持することが望ましい、2.「○○無添加(不使⽤)」表⽰の基準を 明確化することが望ましい、3.⾷品添加物と⾷品添加物表⽰制度への 理解を促進することが望ましい、と結ばれた。

【4】株式会社サンベルクスホールディングス 鈴木優喜朗氏説明資料 [PDF:1.0MB]

株式会社サンベルクスホールディングスの鈴木氏は、最初にご自身の会社で取り組んでおられるHACCPによる品質管理の取組と、添加物表示に関する対応を紹介した。お客様の対応において食品添加物に関する問い合わせは一件もなく、消費者の関心が低いことを強調した。

このような状況で、もし現行制度の表示制度を改正して物質名まで詳細を書くと文字数がどのくらい増えるのか、「おはぎ」を事例に示された。その例示に対応するためにラベルプリンターを導入すると、現在の44店舗で1億1千万円の費用負担が発生するということだった。最後に、もし表示制度を変えるのなら、安全性に非常に関連のあるアレルゲン表示をもっと詳細にすべきではないかと提言された。

【5】日本ハム株式会社 岩間 清氏

日本ハム株式会社の岩間氏は「⾷品添加物表⽰に関する現状と提⾔」と題して、1.同社の⾷品添加物表⽰に関する考え⽅、2.わかりやすい表⽰とは、3.お客様の声と同社の対応、4.⾷品添加物表⽰に関する提⾔、5.考慮していただきたい点、の5項目に関して考えを述べた。

その主張の多くは他の4団体と共通した内容だったが、印象に残ったのは、お客様対応で食品添加物に関するコミュニケーションを通して「添加物が危ない」と思っていた消費者の意識が変わったという活動内容の紹介であった。その積み重ねから導いたのは、お客様は分からないゆえに漠然とした不安を持っているという指摘である。最後のまとめで、消費者教育の重要性を述べられた。

さらに複雑な印象を受けたのは、同社の事例として取り上げられた「森の薫り」という商品の話であった。このハムはいわゆる無塩せきハムで、発色剤の亜硝酸ナトリウム不使用、保存料不使用で作られたハムである。これは、ことさら無添加表示食品を求めておられる消費者に受け入れられるのだろう。

この企業努力を誉めた委員の方もおられた。しかし私が複雑な思いがするのは、ヨーロッパの食品化学会の会長も歴任したハンブルグ大学のハンスシュタインハルト教授に、かつて「日本では無塩せきハムを安全なハムとみなしている人たちがいる」と私が話したときに、彼が非常に驚いた経験があるからだ。彼は「ドイツにも同じような人はいるが、彼らは食品の安全を守る意識があるのだろうか」と述べ、「食のリスク」の考え方を議論したのだ。

シュタインハルト教授は、私を招聘教授としてハンブルグ大学に呼んででいただいたこともあり、政府の委員も務めていたことから、日本とドイツの食の安全性に関する議論を何度もした。科学的なリスク管理の観点から何を選択すべきか、という判断には学ぶことが多かった。その議論では、亜硝酸無添加のハムは色が悪くなるだけでなく、ボツリヌス菌の増殖抑制という点からリスクはむしろ増えるのではと私は認識している。

おそらく日本ハムの研究所の方も、同じ考え方ではないか。しかし、お客様に無塩せきを求められる方がいるという事実も無視できないことから、この種のハムの発売に至っていると考えられる。このやり方は先の山崎製パンが問題としたイーストフード、乳化剤不使用に走った多くの業者の在り方と同じである。企業にとっては、お客様に買ってもらうことが大事で、やらざるを得ない面があるのも事実であろう。

●2回のヒアリングから浮き彫りになった消費者教育の重要性

最後に食品産業センターの武石 徹委員が、「ここでは、食品添加物表示は『食の安全』に関わらない制度と整理すべき」と念を押され、消費者庁も「添加物表示は何のためにあるかというと、安全性ではなく、消費者の商品選択のための制度である。実際に表示面積が狭い場合には安全性に関連するアレルゲン、期限表示、保存方法等は省略が認められないが、食品添加物は省略できる」と説明した。

詳細は議事録を見て頂きたいが、前回の消費者団体ヒアリング、今回の事業者団体ヒアリングから浮き彫りになったのは、消費者の食品添加物に関する理解不足が引き起こしている事態に対応が急務であるという点だ。武石委員が「食品添加物の表示は、食の安全にはかかわらない」と今回も確認されたように、厚生労働省は食品添加物の現在の管理体制には大きな問題はなく、安全性は確保されていると考えている。

添加物に対する消費者の漠然とした不安を取り除くのには、消費者教育が何よりも重要である。そのためには、しっかりしたリスクコミュニケーターの養成を行うことと、そして「消費者に真実を知っていただく」という企業姿勢が大切であると感じた。消費者の多くが最終的に「真の安全性」について理解したとき、どの会社が本当にお客様のことを考えて製品を提供しているのか、自ら見出すことができるだろうと私は考えている。。

執筆者

長村 洋一

藤田保健衛生大学で臨床検査技師の養成教育に長年携わった後、健康食品管理士認定協会理事長に。鈴鹿医療科学大学教授も務める

多幸之介先生の健康と食の講座

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