多幸之介先生の健康と食の講座
食や健康に関する間違った情報が氾濫し、食品の大量廃棄が行われ、無意味で高価な食品に満足する奇妙な消費社会。今、なすべきことは?
食や健康に関する間違った情報が氾濫し、食品の大量廃棄が行われ、無意味で高価な食品に満足する奇妙な消費社会。今、なすべきことは?
藤田保健衛生大学で臨床検査技師の養成教育に長年携わった後、健康食品管理士認定協会理事長に。鈴鹿医療科学大学教授も務める
最近は「無添加=安全・安心」の考え方がすっかり定着したのか、食品事業者の大手も含めて「無添加」表示を行っているケースが目立つ。しかし、こうした概念による安心志向が食品添加物の誤解やイメージ低下、さらに日本人の科学的思考を大きく妨げる原因の一つになっているように感じる。
無添加表示はしばしば「優良誤認」と言われるが、「優良誤認」どころか消費者が添加物によって本来得られるであろう利益を失わせ、食品全体の健全な発展を妨げる行為であると私は考えている。
●グルタミン酸ナトリウムから始まったうま味調味料発見の歴史
特に「化学調味料無添加」という表示が、消費者の誤った認識を助長させている。化学調味料ということばは1950年代に作成されたことばだが、1980年代にはその製造法からうま味調味料という名称に変わってきている。
このうま味調味料にグルタミン酸ナトリウム(MSG)があるが、この物質は、約100年以上前に当時東京帝国大学におられた池田菊苗教授が京料理における昆布だしの味を追求される過程で発見された。
すなわち、池田菊苗教授が昆布の旨みの成分を単離、化学構造を決定され、その本質がMSGであることを明らかにされたことに始まる。昆布を茹でていちいちだしを取らなくても、MSGを添加することによって料理をおいしくすることが明らかとなった。
うま味成分として単離されたMSGを、少量いろいろな食品に添加してみると、味が劇的に変わり食材の味を一段と良くする素晴らしい物質であることがわかった。
この昆布のうまみ成分としてのMSGの発見の後、小玉新太郎博士によってかつお節の旨み成分としてイノシン酸が、さらに國中 明博士がグアニル酸にしいたけのうま味を呈することを報告された。これらの化学物質は昭和30~40年代の料理を美味しくさせる物質として料理に欠かせないものとして認められていた。
池田教授はMSGを発見した当初に、この物質が感じさせる味は新しい基本味であることを付け加えられた。これまで長い間、人間の味覚としての味を構成する基本味は甘味、酸味、塩味、苦味の4つであるとされていたが、MSGが感じさせる味は、従来のどの味にも属さず、「うま味」として存在すると報告され、その受容体の存在も確認されている。
●うま味調味料の生理的意義の重要性
人間の舌に存在するうま味受容体は、MSGが結合するとその刺激は大脳皮質に到達する。大脳皮質にはこのうまい、甘い、塩辛い、苦いなどの味の情報以外に、食品の有する色、香り、温度などの情報が脳に伝えられ、食べたものを美味しい、まずい、と総合的に判断し、場合によっては食べてはいけないものと判定する。
このように、食品として食べた時の美味しい、まずい等は我々の過去の食経験と共に複雑に構成されている神経系により構成されているが、その結果として美味しい食事の後の幸福感が出来上がる。
我々にもたらすこの幸福感は、非常に大きなものがあると私は確信をしている。おいしいものを口から食べることは、特に療養中の患者にとっては生きる意欲を引き出す。その具体例は拙著「おいしい病院食は患者を救う」(ウエッジ社)をお読み頂きたい。
●量を無視した実験で報告された中華料理店症候群
昭和30年代に、日本中の家庭やレストランの食卓に「味の素」のビンが置かれていて、まさに調味料として広く使われ始めた。当時、世界的なこうした流れについて、研究者のSchaumburgらは、MSGを空腹時に多量に摂取したときに感受性の強い人に、灼熱感、顔圧迫感、胸痛、頭痛などを主徴とした症状がおこることを「中華料理店症候群(CRS:Chinese restaurant syndrome)」として報告した。
その後、サイエンスにもMSGを妊娠中のマウスに与えると胎児の脳、神経に影響が出るという報告が出された。しかし、この実験でマウスに投与されたグルタミン酸の量は、人間に適用したら信じられないような大量であった。
後に中華料理店症候群の報告についての追試験が行われたが、学問的にしっかりしたレベルで否定されている。サイエンスの論文の実験ももし食品添加物で使用される量では全く再現できないのも明らかである。しかし、こうした報告をきっかけとして、MSGが食卓に登場する機会が次第に減り、今日に至っている。
●国際頭痛学会も認めた我々の主張
食の安全・安心に関する一般市民の関心が高くなるのは、しばしば学者による極端なデータが、日常的に起こる「可能性」として報道されることに起因することがある。ここには学者とそれを報道するメディアの側に大きな問題がある。特に学者のデータが量を無視して行われた実験報告である場合は、非常に問題が大きい。
中華料理症候群も結果的に見れば、この学者にしかできない実験であった。すなわち他の学者では報告された量の「化学調味料」を用いて同じことをやっても、再現することのできない実験であった。
例えば「環境ホルモン」として一般に知られた「内分泌攪乱物質」であるが、一時は非常に大きく騒がれたものの、最近のメディアはほとんど問題としない。依然として今後の研究に俟たなくてはならない部分はあるが、騒がれ始めた頃の内容が事実であるとするならば、ことはもっと大きくなっているはずである。
この問題が騒がれなくなってきた大きな原因の一つには、この問題に関心を持った学者が追試験を行っても再現できなかったり、人間以外の動物で起こる現象であったりといったことが明らかにされたからである。このように、実験そのものに大きな欠陥があるのに一部の学者とメディアが騒ぐと、一般人は大きな誤解に基づいたまま思考回路が形成されてしまう。
私もMSGに関する報告のいくつかが問題があるのに、放置するのは明らかにまずいと感じていた。ところが、国際的にも認められている「国際頭痛学会」では、MSGを問題視したこうした報告をもとに、頭痛起因物質リストの中にMSGを加えていたのである。
このことを私は、味の素㈱の大林洋子氏とともに大きな問題として捉え、国際頭痛学会誌に「Does monosodium glutamate really cause headache? : a systematic review of human studies(Obayashi and Nagamura The Journal of Headache and Pain (2016) 17:54 DOI 10.1186/s10194-016-0639-4)(オープンアクセス可能)」と題する論文を投稿し、掲載された。
この論文を根拠に、大林氏が国際頭痛学会にThe International Classification of Headache DisordersのリストからMSGの除外を要求し、2018年の1月に学会はこの要求を認めて除外した。すなわち、MSGによって頭痛などが起こるという俗説は、完全に否定されたと考えている。改めて「化学調味料無添加」がいかにナンセンスか、声を大にして訴えたい。
藤田保健衛生大学で臨床検査技師の養成教育に長年携わった後、健康食品管理士認定協会理事長に。鈴鹿医療科学大学教授も務める
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