農と食の周辺情報
一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介
一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介
1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー
ゲノム編集とはDNA切断酵素システムを使って、標的とする部位の遺伝子を正確に取り除いたり、導入できる新しい技術だ。作物や家畜の品種改良だけでなく、遺伝子病の治療や侵入生物(外来種)の駆除など様々な利用が期待されている。
9月20日、環境省は「ゲノム編集技術により得られた生物のカルタヘナ法上の整理および取扱方針について(案)」を公表し、10月19日まで意見募集(パブリックコメント)を始めた。
利用範囲の広いゲノム編集技術だが、今回の意見募集の内容は、うまく伝わらず、「決め方が拙速」、「わかりにくい」という記事、報道が多い。なぜ不評なのか考えてみた。
【環境省案のポイント】
環境省の書き方とは違うが、ポイントは以下の3つだ。
1)ゲノム編集によって遺伝子操作を行う場合でも、特定の遺伝子を切断し機能を失わせる場合と、別のDNA断片を導入する場合がある。後者は遺伝子組換え体になるので、カルタヘナ法の規制対象になる。
2)前者は新規のDNA断片を導入していないので、ゲノム編集で使った酵素システムが、最終的に残っていないことが確認されれば、組換え体とはみなされない。つまりカルタヘナ法の規制対象外になる。
3)しかし、新しい技術なので、当分の間、規制対象外となっても、野外の開放環境で栽培や飼育をする場合、開発者や研究者に任意の情報提供を求め、情報を蓄積する。
● 内閣府の要請でスピード感をもって進めたが 拙速、説明不足とメディアは批判
中央、地方紙とも社説は今回の決め方、内容に辛口、批判的なものが多い。朝日新聞は「ゲノム編集 石橋をたたく姿勢で EU(欧州連合)にならって予防原則に立つことが大切」、毎日新聞は「新技術はなおさら慎重に 検討会わずか2回、市民に情報伝わらない」の見出し。北海道新聞は「拙速な結論さけ慎重に」、河北新報(宮城県)は「安全性の情報開示ていねいに」の見出し。
朝日新聞(2018年8月21日)
毎日新聞(8月26日)
河北新報(9月2日)
北海道新聞(9月3日)
各紙の批判、懸念はおもに3つだ。
・ 決め方が拙速、初めから結論ありきではないか。
・ EUはゲノム編集も組換え体と同じ規制対象にした。日本もみならって慎重に。
・ 規制対象外となっても開発者に任意の情報提供を求めるというが、ほんとうに実行可能なのか。
7月25日に、欧州司法裁判所が、「ゲノム編集を使った変異誘導による作物品種は組換え体と同様の規制対象とみなす」と発表した。当初の予想とは逆の決定だったこともあり、ややタイミングが悪かった。(詳しくは、2018年8月1日コラム参照)
任意の情報提供がちゃんと実行されるのかは、多くのメディア関係者にはわかりにくかった。「ゲノム編集技術、外来遺伝子がなければ規制対象外」だけが先行し、最終的に残っていることの確認には開発者がそれなり苦労してデータを出さなければならないことが伝わっていない。環境省や委員会・検討会が考えていたのはおもに作物や家畜の品種改良であり、個人でも手軽にできるゲノム編集などはまったく想定していない。
品種改良する事業者や野外試験をめざして研究開発している大学や研究所は官庁が把握できるので、法律で規制しなくても、任意の文書で情報提供をお願いしただけでほぼ徹底できるのだが、その辺もうまく伝わらなかった。業界の内部事情に詳しい人には当然と思えることでも、詳しくない人には「不思議、理解できない」ことへの配慮が足りなかったと言える。
● 決め方が拙速? 委員会・検討会の日程を見ると
「決め方が拙速、たった2回の検討会で」という批判はどうだろうか。政府からの要請と検討会日程は以下の通りだ。
【2018年4月26日 内閣府の総合科学技術・イノベーション会議のバイオ戦略検討会議(第4回)】
「ゲノム編集作物に対するカルタヘナ法、食品衛生法における取り扱いの早期明確化」を検討
【5月28日 環境審議会・自然環境部会】
「ゲノム編集技術がカルタヘナ法の対象か否か整理する」ことを決定。委員会の下に技術検討会を2回開催し、8月中にまとめる日程案が示される。外来遺伝子を導入しない、小規模な変異誘導はカルタヘナ法の対象外とすることを示唆する参考図も示す。
【6月14日 内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(第39回)】
「ゲノム編集技術による生物のカルタヘナ法上の取り扱い、この技術による農産物、水産物の食品衛生法上の取り扱いについて、2018年度中に明確にすること」などを盛り込んだ答申書が了承される。総合・イノベーション会議の議長は安倍晋三内閣総理大臣だ。総理大臣からの指示がでて、年度内に環境(カルタヘナ法)だけでなく食品安全(食品衛生法)の扱いも決める作業が加速した。
● 委員会・検討会では、委員から注文も
環境省の委員会・検討会はスピード感をもって進んだが、委員から注文がなかったわけでもない。
【7月11日 遺伝子組換え生物等専門委員会(1回目)】
下部組織として、技術検討会の設置が決まったが、社会科学の委員から、「技術の専門家ばかり、法律や国際情勢の専門家が入っていない」との指摘があった。委員の追加はせず、「この専門委員会の委員なら検討会に出席して発言しても良いですよ」となったが、指摘した人は神戸大学で、日程もあったのだろうか、2回の技術検討会には出席しなかった。
【8月7日 技術検討会(第1回)】
「ゲノム編集技術を3つのパタンに分け、外来遺伝子導入せず、RNAも残らないから、パタン1は安全という単純な仕分けには納得できない」、「小規模変異でも微生物、病原体ではリスクの高いものもできる」、「大学の基礎研究は対象外ならフリーとなり、野放しになる危険あり」、「何らかの縛り、規制は必要」という声が、微生物や大学の基礎科学研究者から続出した。
【8月20日 技術検討会(第2回)】
環境省事務局や検討会の座長は、内閣府の要請に沿った農産物と水産物しか考えていなかったのだろう。しかし、微生物や基礎科学の研究者の指摘はもっともなものだ。妥協案というか収拾策として、たとえ規制対象外となっても、野外の開放系で使用する場合はそれぞれの監督官庁に情報提供することと、対象外となるのは「道具に使った外来遺伝子も完全に除去されていることを証明できた場合に限る」という条件がついた。
● 記者会見では進め方に質問が集中
【8月30日 組換え生物等専門委員会(2回目)】
検討会でまとめた取扱案が了承された。委員会終了後にメディア向けの記者会見が行われ、多くの新聞、テレビ関係者が質問した。
ここで「8月に3回の会議、かなりタイトなスケジュール、拙速な感じもするが」という質問があった。
専門委員会委員長は「スケジュールがタイトなのはそのとおりだが、意見の中味は充実。これ以外にも昨年、専門家の意見を環境省は非公開で聞いているので、今回の案は無理のないものだと思う」と答えた。技術検討会座長も「カルタヘナ法の対象外ならフリーパスという印象を与えたことは反省しているが、そうではない。拙速に結論を出したとは考えていない」と応じた。
確かに、環境省は農林水産業関係の研究者にヒアリングしていたようだが、あくまで非公開だ。一部の作物、家畜、魚の研究者だけだろう。微生物や大学の基礎科学の研究者など考えていなかったと思う。
任意の情報提供で実際に担保できるのかとくりかえし質問した記者に対して、環境省の室長は「じゃあ、この項目、削った方いいということですか?」と逆質問。記者は「ちゃんと担保されるか疑問だから聞いたんじゃないですか」とやや険悪なやりとりになった。
約45分間の記者会見を聞いていて、環境省も委員長も座長も、記者が何を聞きたいのか、どこがわからないのか十分に把握し切れていないと感じた。「決め方が拙速」という批判は、日程をふり返ると、そう言われても仕方ないと思う。これらが各紙の社説や辛口批判の多い記事になった理由ではないか。(後編に続く)
1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー
一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介