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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

サイエンスが勝つか、政治力に屈するか? グリホサート、ネオニコチノイド、新育種技術をめぐるヨーロッパの攻防

白井 洋一

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 欧州連合(EU)の遺伝子組換え体(作物・食品)や農薬の承認システムは複雑だ。まず、欧州食品安全機関(EFSA)が科学データを基に審査し、適正な条件で使用すれば安全と結論をだす。ときには安全性に問題ありと判断されることもある。EFSAが安全と認めたものは、EUの欧州委員会(EU行政府)、閣僚理事会の投票にかけられる。全会一致の超重要案件もあるが、組換え体や農薬は、加盟28国の3分の2以上か、人口に比例した持ち分票の65%以上の賛成で承認される。フランス、ドイツなど人口の多い国がそろって反対すると、3分の2以上の国が賛成しても決まらない。さらに賛成、反対だけでなく、棄権に回る国もあり、すんなりとは決まらない。決定先送りになるか、急ぐ場合は欧州委員会が専決決定(デフォルト)する。

 賛成、反対、棄権を使い分ける国もあり、「責任を欧州委員会に押し付けている」、「政治家、市民団体は主義主張だけで反対し、中味(科学データ)を見ていない」と批判されてきたが、一向に改善されない。

 今年もグリホサート除草剤、ネオニコチノイド系殺虫剤、新育種技術の承認や評価法をめぐって、恒例の「科学対政治」の論争が続いている。

グリホサートの更新問題 再燃

 5月中旬の会議ではグリホサートの再更新が議題にあがった。欧州委員会は12月で期限の切れる使用期間を10年間延長する案を出したが、反対派は猛反発し、全面使用禁止を求めた。欧州委員会も10年延長は既定路線ではない、科学的データを基に議論するきっかけだと強硬姿勢ではない(EurActiv 2017年5月17日)

 EUではグリホサートの更新が昨年(2016年)6月末で切れるため、当初は通常の15年間延長を予定していた。EFSAも安全性に問題なしと判断し、特に懸念を示す新知見もなかったからだ。しかし、2015年3月、世界保健機構(WHO)傘下の国際がん研究機関(IARC)が「グリホサートはおそらく発がん性の可能性がある」と発表したことで風向きが変わった。グリホサートはバイテク最大手のモンサント社の製品で、除草剤耐性ダイズ、トウモロコシ、ワタなどに広く使われている。EUの組換え反対派は勢いづき、再承認拒否、全面使用禁止を訴えた。

 EUではグリホサート耐性の組換え作物は栽培されていないが、発芽前や収穫後の農地に広く使われている。全面禁止の影響は大きいので、欧州委員会は15年延長を7年にする妥協案を出したがまとまらず、期限切れ直前の6月29日に、1年半延長し2017年12月末までとし、この間にEFSA以外の欧州化学物質庁(ECHA)にも審査を求めることで、デフォルト決定した。

 2017年3月15日、ECHAは「グリホサートに発がん性なし」と判断した(2017年3月15日、ロイター通信)

 グリホサートに発がん性ありと判断したのはIARCだけだ。この判断も人の健康への危害(ハザード)をランク付けしたもので、EFSAやECHAは実際に使用する条件での影響の可能性(リスク)を見ている。しかし、反対する政治家や環境団体はそれにはふれず、「国際機関IARCが発がん性ありと認めた」、「他の機関は、非公表の農薬メーカーの内部資料を基にしており信用できない」の一点張りだ。最近は、グリホサート全面使用禁止と全データの公開を求める署名活動を進め盛り上がっている。今年12月末までになんらかの決定をしなければならない。夏休み後の秋から年末までバトルが続くことになる。

ネオニコチノイドの暫定禁止 また先送り?

 ミツバチや野生ハナバチなどに悪影響を与えると、2013年から使用禁止になっているネオニコ系の3種類の殺虫剤についても、5月中旬のEU会合で議題にあがる予定だった(Farming UK、 2017年3月24日)

 しかし、今のところ、ネオニコ関連の報道は出てない。EUは2013年5月、ネオニコ系の3つの殺虫剤(イミダクロプリド、チアメトキサム、クロチアニジン)の使用禁止を決めたが、この時も賛成15、反対8、棄権4でドイツが棄権から賛成に回るなど紛糾し、欧州委員会のデフォルトで2013年12月から2年間の暫定禁止となった。2015年12月になっても委員会は結論を先送りにし、3剤の使用禁止は今も続いている。暫定禁止の間に、各国の調査データを集め検討することになっていたが、公式レポートは出ていない。農薬だけが問題ではなく、寄生ダニや花蜜植物の減少、蜜源の単純化など複数のストレスが原因というのが、科学論文では主流の意見だが、決定的な論文は出ていない。

 昨年の報道では、欧州委員会は3剤の禁止を継続し、ナタネやトウモロコシの種子粉衣処理だけでなく禁止対象を広げる予定と伝えられていた(EurActiv, 2016年11月28日)

 反対派は大歓迎のはずだが、発表が遅れている理由ははっきりしない。2013年に「ネオニコ3剤はミツバチに悪影響の可能性を否定できない」と科学的に判断したのはEFSAだ。グリホサートではEFSAの判断基準にクレームをつけている政治家や環境団体だが、ネオニコでは「EFSAは信用できない」とは主張しない。

新育種技術 GMOのように規制対象とするか 9月の会議後に先送り

 新育種技術(New Breeding Techniques, NBT)とは、組換え台木を使った接ぎ木、交雑可能な近縁種の遺伝子を導入するシスジェネシスなど、遺伝子組換え技術を使うが、最終産物に外来遺伝子が残らないか、残っていても自然におこる変異と区別するのが困難な技術だ。今話題のゲノム編集も、外来遺伝子を導入せず、ねらった位置の変異を誘導するだけの場合はNBTに含まれる。

 NBTの技術の詳細は当コラム「新育種技術て何、組換え技術を使うけど組換えじゃない?」(2015年3月18日)を参照。

 NBTの扱いでもヨーロッパはもめている。組換え体のように厳しい規制を作ると開発が進まないし、そもそも外来遺伝子を導入せず、検知できないものを規制対象にするのは科学的におかしいというのが推進側の言い分。反対派は、「組換え技術を使うのだから組換え体。安全性は確かめられていない。同じように規制対象にするべき」と主張している。

 2011年に欧州共同研究センターがレポートを出し、欧州委員会は2015年末までになんらかの見解を出すことになっていた。しかし、延期、先送りが繰り返され、2017年4月に9月28日にハイレベルの専門家会合を開き、その後見解をだす予定と報じた(EurActiv, 2017年5月4日)

 9月のハイレベル会合は政策決定の場ではなく、植物だけでなく、動物、微生物も含めて「農業バイオテクノロジーにおける新技術」について広く科学的に議論する場と断わっている。

 欧州委員会の保健衛生・食品安全総局は会合用の説明資料(172頁)を公表したが、それほど目新しいものではない。

 NBTとCBT(従来育種技術)、NBTと今までの組換え技術を一覧表にして比較しているが、3者は区別できる点もあるが、併用されたり、重なる部分もある。NBTと一括りにせず、検知できるか、予想外の影響が起こる可能性があるのか、なんらかの規制が必要かなどを事例ごとに考え判断すべきと、きわめてあたり前のことが書かれている。

 EUで議論が始まったころはゲノム編集のCRISPR(クリスパー)はまだ登場していなかった。他のNBTでも実用化をめざした周辺技術の開発が進んでいる。動きの速い世界で、一律にこのNBTは規制対象、これは対象外と判断を下すことが無理なのだ。同じ技術を使っても開発者によって製品の安定度にも差がでる。1つひとつの事例(開発製品)ごとに判断するしかないと思う。

 EUがこのような現実的な判断を取り入れることができるか、9月以降に注目だ。日本では詳しく報道されないが、EUは規制を厳しくしたとか、○○農薬を禁止にしたといっても、政治が科学を押し切っている例が多いことを忘れてはならない。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介