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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

ゲノム編集イネ、エピゲノム編集ポテト 日本発の新育種技術 野外試験開始へ

白井 洋一

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遺伝子組換え技術を品種改良の途中の段階では使うが最終産物には導入遺伝子が残らない、新育種技術(New Breeding Techniques, NBT)については、当コラムでも何回か紹介したが、この技術を使ったジャガイモとイネの試験栽培が今年から開始される。 組換え植物(作物)の隔離ほ場試験栽培は、農林水産省・環境省に申請する産業利用と、文部科学省・環境省に申請する研究開発段階の2つのルートがある。今回は研究開発段階で、実際の商業利用はまだ先だが、千里の道も一歩から、野外栽培で目的通りの結果が得られるかどうか機能検証試験が始まる。

●エピゲノム編集ポテト

2月13日の文科省研究開発段階の意見聴取会合では、2つのNBTが審査された。

1つは弘前大学が開発した接ぎ木による転写抑制ジャガイモだ。これは1年前の当コラム「新育種技術(NBT) 最初の申請はエピゲノム編集ポテト」(2016年2月17日)で紹介した、アミロースとアクリルアミドを減らすエピゲノム技術を使ったジャガイモだ。

エピゲノムとは、DNA情報より一段上の段階で、DNA配列は変化せずに変異が後代に伝わる遺伝現象だ。地上部の穂木にアミロースとアクリルアミドの発現を抑制する遺伝子を導入するが、接ぎ木した地下の塊茎(イモ)には導入遺伝子が転流しないようにした。ジャガイモは塊茎を栄養繁殖で増やして生産するので、こうしてできた塊茎やその後の増殖個体に導入遺伝子は入っていない。外来遺伝子は入っていないのだから、「遺伝子組換え体」ではないのではないか、規制対象になるのかと1年前の意見聴取会合でも議論になった。その時の専門家の結論は、「今の段階で規制対象外と判断することはできない。初めての例でもあり、まずは組換え体に準じて、隔離ほ場試験で、野外でも導入遺伝子の残っていないことや安全性、安定性を調べてほしい」というものだった。

弘前大は地元に組換え体を栽培できる施設を持っていないので、どうするのかと思っていたが、今回つくば市にある農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の隔離ほ場で3年間の栽培試験を申請した。文科省・環境省連名の配布資料(資料1)によると「本件は組換え生物等の第一種使用(開放系での栽培)に該当するものではないが、その性質に鑑みれば、第一種使用に準じて評価を行うことが妥当と考えられる」と書いてある。申請書の提出先も、文科省・環境省大臣宛ではなく、文科省研究振興局長・環境省自然環境局長宛とワンランク下がっている。

弘前大が提出したデータや論文を読む限り、このジャガイモは「遺伝子組換え体」には該当しないと考えられるが、最初のケースでもあり、「まずは慎重に」という学識経験者の要望を受けての試験栽培だ。パブリックコメント募集など、組換え体と同様の手続きを課すことなく、次のステップに進めるようにしてほしい。

<実用化(商業利用)に向けて、野外でも室内実験同様に、低アミロース、低アクリルアミドの品質を発現するかを確かめる必要がある。さらに重要なのは、食品として組換え体ではないと認定されることだ。食品には研究開発段階や産業利用の区別はない。厚生労働省医薬・生活衛生局の新開発食品保健対策室が審査の窓口で、薬事・食品衛生審議会の調査部会で判断されることになる。その際の判断データとして、野外試験で栽培されたジャガイモは重要だ。生物多様性や環境への影響という関所で必要以上の過剰なハードルを課さないことと、食品としての扱いも組換え体の定義に基づいて科学的に判断してほしい。 ●クリスパーキャスを使った多収性イネ

もう1つは農研機構のシンク能改変イネだ。シンクとは光合成でできた物質を利用したり貯蔵する器官のことで、イネのもみ数、粒重、糖の転流などに関与する遺伝子を操作して、収量を倍増させることを目的としている。この遺伝子操作に、今話題のゲノム編集技術であるクリスパーキャス9を使っている。

クリスパーキャス9は今までの遺伝子組換え技術よりも正確に効率よく新しい品種が作れると期待されているが、外来遺伝子を導入せず、特定の遺伝子の機能を抑える(ノックアウト)場合は、最終産物が組換え体として扱われるどうか注目されている。今回の試験栽培は、最終産物の段階ではなく、野外での機能検証、系統選抜のスタートで、選抜マーカーも使っているので、遺伝子組換え体扱いで、文科・環境大臣宛に正式ルートで申請している。

5年間の試験を予定しており、野外栽培でもねらったとおりの効果が発現するか、どこを改善すれば良いかなどが検証される。実験室や温室で効果があっても、実際に野外ではうまく発現しない例はよくあるので、早い段階から自然環境で選抜試験を行うのはコスト面でも合理的だ。

なお、クリスパーキャス9は特許権を巡って、米国の2つの研究チームが裁判で争っており、2月15日に最初の判決がでたが、負けた方は2審に控訴するようだ。さらに今回の判決は米国での特許権であり、2つのチームは欧州でも争っており、結果はまだでていない。特許裁判は続きそうだが、どちらが勝っても、商業目的ではなく、研究開発段階での使用料は格安なので、今回の農研機構の試験栽培に影響はなさそうだ。

2004年のカルタヘナ法施行から数年間は、産業利用と研究開発段階の仕分けがはっきりせず、日本の初期段階の野外試験はスタートでつまづいた。隔離ほ場試験のメインは生物多様性影響評価ではない。実際に野外でもねらった効果が発現するかを検証し、実用品種(商品)を育成する場だ。NBTを使った研究開発は、この考え方にそって、ステップを踏んで進めてほしい。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介