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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

未承認品種の栽培トラブルまた?  不可解なM社のジカンバ耐性ダイズ販売戦術

白井 洋一

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米国のトウモロコシとダイズは90%超が遺伝子組換え品種で、害虫防除や雑草管理、最近では干ばつ対策(トウモロコシのみ)など、生産者にとって欠かせない品種になっている。 新しい系統が次々開発され、北米と南米で商業栽培されているが、生産者と穀物輸出業者にとって最大の懸念は、輸出相手国で食品安全性未承認の系統が、貿易ルートに混入し、輸入拒否、返品騒ぎになることだ。最近では2013年暮れから2014年にシンジェンタ社の害虫抵抗性トウモロコシ(MIR162系統)が、中国の承認遅れで返品トラブルとなり、米国の業界は混乱した。

2014年末に中国はようやく承認したが、この間に損害を受けた穀物業者や生産者はシンジェンタ社を訴え、今も係争中だ。中国や欧州連合(EU)の承認遅れが科学的理由からではなく、政治色の強いものであることは確かだが、業界としては返品トラブルに巻き込まれることは避けたい。理由はどうあれ、主要輸出国の承認が下りるまでは、北米(米国とカナダ)で栽培しないで欲しいとバイテク種子メーカーに強く要請している。つまり種子を農家に売るなということだ。

5月6日のロイター通信は「米国の穀物業界、海外承認の取れていない組換え品種の受け入れを拒否」と報じた。大手のブンゲ、ADM、CHSがそろって声明を出し、もっとも懸念を示したのはモンサント社の除草剤耐性ダイズ(RR2 Xtend)だ。中国は2月に承認したがEUはまだで、秋までに承認されなければ再び、輸入拒否、返品トラブルが起こるという理由からだ。しかし今回のM社の見切り発車栽培には、この理由以外にも不可解なところがある。

RR2 Xtend品種 各国の承認状況
大手穀物業者が名指ししたRR2 XtendとはRoundup Ready 2 Xtendで、除草剤グリホサートに耐性をもつ系統(MON89788, RR2)と除草剤ジカンバ耐性(MON87708)を掛け合わせたスタック品種だ。グリホサートが効かない雑草が増えてきたため、殺草作用の異なる2つの除草剤が使えるようにした拡大(eXtend)品種で、M社にとって雑草対策の切り札と期待されている。

日本では、2014年2月に食品と飼料の安全性が承認された。世界最大のダイズ輸入国である中国も今年(2016年)2月に承認し、M社も即日、「中国承認、農家は2016年シーズンから栽培できる」とプレスリリースした

難関の1つはクリアしたが、もう一つの鬼門であるEUの承認はまだだが、M社のリリースではEUの状況には触れていない。 EUでは EFSA(欧州食品安全機関)が2015年6月18日にこのスタック系統の安全性評価を終了し、食品、飼料としての安全性に問題なしと判断している。しかし、この先に加盟各国の政治が絡む欧州委員会、閣僚理事会での決定が控えている。EFSAの評価終了から約1年、輸入依存度の高さから未承認系統混入の混乱を知っている欧州委員会(EUの行政府)はダイズの承認に関しては、トウモロコシやナタネなどに比べて比較的速いので、今秋の収穫期までに承認される可能性は高い。しかし、社会問題化しているグリホサートの再承認の案件もあり、RR2 Xtendダイズの承認確定時期は見通せない。現時点で、米国の穀物業界が強い懸念を示したのは当然といえる。

米国でもまだジカンバを散布できない
5月6日のロイター通信によると、今年RR2 Xtendダイズは米国で約120万ヘクタール、カナダで17万ヘクタール栽培される予定で、米国南部州ではすでに種まきが始まっている。ロイターの記事では触れていないが、今回の強行栽培が不可解なのは米国でもRR2 Xtendの完全利用はまだ認められていないことだ。

農務省は有害雑草化するリスクはなしとして2015年1月に「栽培」は承認した。しかし、除草剤ジカンバを作物体に直接散布するので、農薬使用条件は環境保護庁(EPA)の管轄で、2016年4月1日にようやく使用条件が提示され、パブリックコメント募集中だ。4月28日、パブコメ期間は延長され5月31日までとなった。

3年前の当コラム(2013年5月22日) で紹介したように除草剤ジカンバの難点はドリフト飛散による他作物への薬害の心配だ。オーキシン系除草剤で植物ホルモンかく乱作用があるため、低濃度でも他作物に付着すると結実不良などが心配されている。今回のEPAの提案でも、空中散布は全面禁止、強風時は使用しない、他作物との間に隔離距離を設けるなどの制約が付けられており、RR2 Xtendの使用条件の最終決定は今年の夏の終わりか秋の予定と記されている。

M社もEPAの承認がまだ下りていないのは当然承知している。 2月2日の中国承認のプレスリリースの中でも、「EPAの審査は最終段階でまだ承認されていない。(しかし)ジカンバの承認はまだでも、グリホサートと他の殺草プログラムの併用で生産者は高収量の利益を得ることが期待できる」となんとも不思議な説明をしている。

今回の見切り発車は拙速
RR2 Xtendはダイズだけでなくワタ品種にも適用される。EPAのパブコメもワタとダイズを一括したものだ。米国の農業専門紙でも3月下旬から「RR2 Xtend品種を栽培してもジカンバは使えない、生産者は注意が必要」という記事が載り始めた。4月13日のDelta Farm Press紙は「種子は販売されているが、EPAの承認はまだ。スケジュール的に今年は無理で使えるのは2017年シーズンからだろう。フライング栽培してジカンバを散布すれば、トラブルが起きる。1農家の問題ではない。けっして独断で暴走するな」と警告している。

輸出先の安全性未承認による貿易トラブルとは別に、米国でもEPAの承認前にジカンバをダイズに直接散布すれば農薬使用条件で法律違反になる。晩夏か初秋には認可になるのだからといっても、正式承認前にジカンバを使うことはできない。

どう考えても今年の春や初夏にRR2 Xtendダイズの種まきをするのは無理で、生産者にはメリットはないのだ。ジカンバは使えないが、グリホサートは使えるとM社のプレスリリースには書いてあるが、それならグリホサート耐性のみのRR2品種で十分なはずだ。「ジカンバを使って雑草防除できる品種だが、実際に散布すると法律違反になる」と注意書きするのだろうか。ややこしい。

2013年5月に農務省がジカンバと2,4-Dに耐性をもつ組換え作物の環境影響評価は厳格にやると発表した時点で、最終承認(商業利用)が数年遅れることは周知のことだった。EPAの最終承認がおりて、すべての条件をクリアした2017年シーズンから農家に種子を販売するべきだった。

「中国も承認した、EUもまもなく承認するだろう、生産者も抵抗性雑草対策の救世主として待ち望んでいる、EPAもさっさと承認しろ」と圧力をかけたつもりなのか? 「RR2 Xtendは当社のこれからを担う主力品種、種子も十分用意した、ジカンバ承認なしでも販売する」としたらM社の販売戦術はちょっとズレている。

EPAは管轄外ではあるが、今回の見切り発車栽培を快くは思っていないだろう。組換え体なら何でも反対とM社をターゲットにして攻撃する活動家や環境団体だけでなく、中立な立場の研究者・専門家やバイテク作物推進の農業専門紙からも「今回の件はちょっとねえ」と批判されるだろう。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介