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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

ネオニコチノイド系殺虫剤の使用規制 最近の欧米の動き

白井 洋一

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 ネオニコチノイド系農薬とミツバチが最近、日本でも話題のようだ。9月12日にNHKクローズアップ現代が取り上げ、FOOCOMでも松永編集長が9月6日、9月20日に解説している。

 クローズアップ現代でも農林水産省農薬対策室長のコメントがあったが、農水省は8月26日に「農薬によるミツバチの危害を防止するための我が国の取組」をリリースし現時点の見解を明らかにしている。

 いずれもとくにおかしい、明らかにまちがっているという記事、報道ではないのだが、これらでふれられていない最近の欧米の細かい動きをとりあげる。

ネオニコチノイド系殺虫剤とは

 ネオニコチノイドは天然物のニコチンと同じような作用で昆虫の神経興奮経路を阻害することから命名された。昆虫の神経膜にあるアセチルコリン(神経伝達物質の一種)の受容体と結合して昆虫の神経系をまひさせ死亡させる。昆虫に直接触れても殺虫作用があるが、植物体内への浸透移行性が高く効果が長続きするため、種子や苗にこの殺虫剤を処理して使用する方法が広く普及している。

 1990年代はじめに商品化されたイミダクロプリド(商品名、アドマイヤー)は日本の農薬メーカーが開発し世界的商品となった。その後、クロチアニジン(ダントツ)、チアメトキサム(アクタラ)、アセタミプリド(モスピラン)、ニテンピラム(ベストガード)、チアクロプリド(バリアード)、ジノテフラン(スタークル)などが開発され、世界各地で広く商業利用されている。

ヨーロッパ 使用禁止までのうごき

2012年3月30日
 科学誌サイエンスにネオニコチノイド系殺虫剤がミツバチの行動や繁殖に悪影響を及ぼすという論文が2本載る。この前後にもPLoS ONE誌やPest Management Science誌にネオニコチノイドのミツバチへの悪影響を示唆する論文が発表されている。

4月2日
 欧州委員会は欧州食品安全機関(EFSA)に、サイエンス誌の論文を含め、殺虫剤がミツバチの健康に及ぼす影響の評価を依頼。

2013年1月16日
 EFSAが評価結果を発表。イミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサムの3つのネオニコチノド系殺虫剤は、ミチバチのコロニー(巣群)や幼虫個体に対して悪影響の可能性を否定できないという評価で、いずれも野外で直接の因果関係は立証されていないし、データ不足の点も多いという注釈付きであった。

1月31日
 欧州委員会はEFSAの発表を受け、指摘された3種の殺虫剤を今年7月から2年間使用禁止にする予定と表明。使用禁止となるのはヒマワリ、ナタネ、トウモロコシなどミツバチが訪花することの多い作物だ。

2月7日
 欧州委員会健康・消費者局の特別専門家会合で3種ネオニコチノイド系農薬問題を議論するが、意見まとまらず。

3月15日
 欧州委員会の食品チェーンと動物福祉に関する専門家会合で委員会の提案した3農薬2年間禁止案を採決。賛成13国、反対9国、棄権5国で、賛成、反対とも有効票に達せず。賛成はフランス、スペイン、イタリア、オランダなど。反対はルーマニア、ハンガリー、フィンランドなど。イギリスとドイツは棄権。

4月29日
 2回目の会合で再投票。賛成15国、反対8国、棄権4国で前回より賛成が2増えたが、それでも有効票に達せず。前回棄権したドイツは賛成、イギリスは反対と態度が分かれた。専門家会合、閣僚会議の投票で決着しない場合、規則で最終決定は欧州委員会に委ねられることになっている。有効票には達しなかったが、フランスとともに農業大国であるドイツが賛成に回ったことは心強かっただろう。欧州委員会は同日、予定通り使用禁止に踏み切ると発表。

5月25日
  欧州委員会、12月1日から2年間、ネオニコチノイド3農薬の使用禁止を正式通知

農薬メーカー訴える 訴訟理由の一部は的外れ

 ネオニコチノイド系殺虫剤を開発し販売しているメーカーはシンジェンタ社(本社スイス)とバイエル社(ドイツ)の2社だ。両社は2012年、ネオニコチノイド犯人説の論文が出て以来、論文内容や欧州委員会の対応に反論してきたが、今回の欧州委員会の決定は違法だと8月,欧州司法裁判所に訴えた。バイエル社も訴訟を起こしたようだが、シンジェンタ社からの発表(2013年8月27日)によると訴訟の理由は2つある。

 1つは今回の欧州委員会の決定の手順とそのもとになったEFSAの科学的にみて不正確で不十分な評価書に対してだ。もう一つは欧州連合(EU)加盟国の十分な賛成が得られていない(without full support of EU member states)ことだ。

 最初の理由は一応うなづける。欧州委員会も今回の3農薬のミツバチに対する悪影響は完全には立証されていないが、「予防原則」にもとづき、とりあえず2年間使用禁止にし、この間にさらにデータを集め検討すると釈明している。

 予防原則(Precautionary Principle)は(正確には「予防的措置の原則」)、危害、被害が現実に起こっているとき、因果関係が十分に証明されていなくても、現時点でもっとも危険視される要因をとりあえず使用禁止や操業停止にするという考え方だ。

 遺伝子組換え食品や作物の反対論者が「予防原則にもとづき、組換え食品を禁止しろ、栽培させるな」と主張するが、組換え食品、作物が商業利用されてから約20年、世界のいずれでも危害、被害は起こっていないので、「予防原則にもとづいて・・・」という主張はまちがった使い方だ。「何が起こるかわからない、これから危害がおこるかもしれないから・・・」という場合に持ち出す概念ではない。

 今回のネオニコチノイドの場合、ヨーロッパや世界各地でミツバチ巣群の崩壊や大幅な個体数の減少という危害、被害は実際に起こっている。しかし、これらの危害が必ずしもネオニコチノイド農薬を使った場所だけで起きているわけではない。この農薬を使っても問題ない場所もあるし、農薬散布のほとんどないところでも巣群崩壊が報告されている。「予防原則にもとづいて禁止」するのが、科学的にみて妥当かどうか判断は難しい。

 私は現時点での論文や海外情報から、ややまちがった使い方かなという気もするが、組換え食品・作物の禁止根拠のような、明らかな誤用、歪曲した解釈ではない。この点を司法判断に訴えたシンジェンタ社の訴訟理由はまちがっていないと思う。

 しかし、二つめの理由(加盟国の十分な賛成が得られていない)はおかしい。専門家会合、閣僚会議などの投票で決着しないときは欧州委員会の決定に委ねることはあらかじめルールで決まっている。遺伝子組換え食品の輸入承認手続きでも、専門家会合、閣僚会議で賛否が分かれ、棄権も入り交じり、有効票に達しないことは日常茶飯事だ。最後は欧州委員会の権限で輸入承認が決まる(デフォルト承認)。

 しかし、シンジェンタ社が自社の組換えトウモロコシやワタなどで「加盟国の十分な賛成がないのに、欧州委員会のデフォルトでの決定は受け入れられない」と輸入承認を拒否したことはない。

 投票で使用禁止に反対したイギリス政府は、9月初旬、「加盟国としてEUの決定には従うが、禁止の根拠とした科学は認めない」という声明をだした英国の農業新聞、2013年9月10日)シンジェンタ社もこのスタンスで、2番目の理由は別なところで持ち出し議論すべきだった。

米国も規制にのりだす

 EUがネオニコチノイド3農薬の使用禁止を決めた直後の5月2日、米国農務省と環境保護庁は共同で「ミツバチの健康に関する全米利害関係者会議レポート」を発表した。

 2012年10月15~17日に米国、カナダ、EUの研究者など175人の専門家が集まったミツバチ会議の報告書だ。ミツバチ巣群崩壊は2006年に米国で初めて報告され、その後世界各地で原因究明の研究がおこなわれているが、まだ原因は特定できていない。さまざまな原因が考えられ、複数の要因が絡み合っている可能性が考えられるという内容で、とくに農薬、ネオニコチノイド系殺虫剤だけを有害視していない。

 このレポートをEUの動きと対比して、「米国の対応の方が妥当、科学的には正しい」、「米国はなにも具体的対策をとろうとしない、EUを見ならえ」などメディアや環境団体から賛否両論があがった。

 ところが、米国でもネオニコチノイド系殺虫剤の使用規制につながる動きがおきた。8月15日、環境保護庁(EPA)は、ネオニコチノイド系殺虫剤製造・販売者に対して「ポリネーター(花粉媒介生物)保護のための表示」に関する通知文書を出した。
http://www.epa.gov/opp00001/ecosystem/pollinator/risk-mgmt.html
http://www.epa.gov/opp00001/ecosystem/pollinator/bee-label-info-ltr.pdf

 対象はEUが禁止した3農薬(イミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサム)にジノテフランを加えた4農薬で、これらの農薬を使用しても良い場所、気象条件(日没後、12.8℃以下なら可)などを農薬に表示し、散布前には養蜂業者へ事前連絡を義務付けるなどの内容だ。

 2014年の栽培期から実行する、表示ラベルのひな形を作って至急提出すること、従わなければ連邦農薬法(FIFRA)にもとづき罰するとなかなか強行姿勢だ。通知通りに実施されれば、今まで使っていた畑や果樹園で使えない殺虫剤もでてくる可能性がある。

 欧米の動きはめまぐるしい。米国EPAの通知もすんなり農薬メーカーや農業者が受け入れるかいまのところ不明だ。EU以上に訴訟社会の米国では、EPAに対する訴訟も当然予想される。

 今回のようなケースで、「予防的措置の原則」を持ち出すことの妥当性を含め、欧州、米国とも科学(自然科学)だけではなかなか割り切れない込み入った出来事だ。ではリスクと便益の比較分析など社会科学の手法を持ち込んだらどうか? 私はこれにはあまり期待していない。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介