科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

自給率70%台の野菜と果物 TPPでどうなる

白井 洋一

キーワード:

 TPP(環太平洋経済連携協定)交渉が大詰めだ。農産物でも関税廃止や税率の削減をめぐって攻防がくり広げられている。日本はコメ、ムギなどいわゆる重要5項目に含まれる586品目の関税は現状維持の構えで、これが守られなければTPP交渉離脱(衆参両院の農林水産委員会決議)と言うのが現在の立場のようだ。

 しかし工業製品を含むすべての品目(9018品目)のうち約9割の関税を10年以内に撤廃する見通しという新聞情報も出ている。農産物は重要5項目(586品目)とその他で計834品目あり、全品目の9.2%。1割未満だが農産物の関税はすべて今のままで、工業製品だけ関税撤廃とはいかないだろう。

 野菜、果物など5項目以外の農産品目では関税撤廃かさらなる削減となり、「重要5項目」の一部でも切り崩しがあるだろうというのは、経済が専門でない人間でも容易に想像がつく。

農産物の輸入関税率
 おもな農産物の関税率を見てみる(財務省貿易統計)。

 重要5項目では以下のとおりだ。
1.コメ(778%)
2.ムギ類 小麦(252%),大麦(256%)
3.牛・豚肉  豚肉(136%)、 牛肉(38.5%)
4.乳製品  バター(360%)、牛乳(240%)、脱脂粉乳(218%)、チーズ(29.8%)
5.甘味資源  砂糖(328%),デンプン(234%)

 果物では、関税率の高いほうからあげる(○~○は季節によって変動することを示す)。
リンゴ、温州ミカン、パイナップル(17%)
オレンジ(16~32%)
バナナ(10~25%)
グレープフルーツ(10%)
サクランボ(8.5~17%)
ブドウ(7.8~17%)
あとは6%かそれ以下だ。

 野菜や特殊作物では、こんにゃくいも(1706%)、エンドウ豆(1085%)、落花生(593%)のように突出して高いものもあるが、タマネギは8%、キュウリ、キャベツ、トマト、ダイコン、レタスなどは3%と多くの野菜の関税率は低い。後で述べる米国が日本向け輸出増を期待しているスイートコン、冷凍ポテトの関税率は10%、8%だ。

TPPでどうなる 米国の視点
 日本のTPP交渉参加がまだ決まっていない2013年4月に米国農務省経済調査局から「自由貿易協定、米国の園芸作物にとって好機となるか?」と題するレポートが出た。

 TPPやEU(欧州連合)との環大西洋自由貿易協定(TTIP)によって、米国の野菜と果物産業はどう変わるか、メリットとデメリットなどを論じたものだ。日本については、もし交渉に参加したならばと条件付きの表現になっている。

 米国の生鮮野菜の輸入率は20%、果物は50%だ(2010年農務省統計、金額ベース)。輸入額は輸出額の約2倍で、過去のメキシコとの自由貿易協定の例をみても、TPPによって南米やアジア、オセアニアからの輸入はさらに増えるだろうと予測している。

 輸入率が高いのは、マンゴ、ライム、パイナップル、バナナがほぼ100%で、アスパラガス(90%)、リンゴジュース(85%)、オリーブ(80%)、トウガラシ(80%)、キウイフルーツ(75%)と続く。

 輸出割合が高いのは、アーモンド、ピスタチオ、クルミが60%、缶詰サクランボ、レーズン、グレープフルーツが約40%、オレンジ、プラム、ナシ、リンゴが約30%でトップ10を占めている。

 これらが自由貿易協定で米国が輸出をさらに増やしたい品目のようだが、日本向け輸出の伸びが期待されるものとして次の10品目をあげている。

 サクランボ、オレンジ、グレープフルーツ(生鮮とジュース)、柑橘以外のジュース、スイートコン、冷凍ポテト、タマネギ(生鮮と冷凍)、クルミ。

 これらの品目に限らないが、TPPによって、関税が撤廃されるとともに、病害虫や残留農薬など輸入検疫時の検査体制の透明性と公開性も強く求めている。これは巷でささやかれている米国流の食品安全基準の押しつけではなく、科学的知見に基づいた検査基準を要求した表現になっている。

TPPでどうなる 日本の野菜と果物
 8月に農水省が発表した「2012年度の食料自給率」によると総合自給率はカロリーベースで39%、生産額ベースで68%と前年とほぼ同じで長期低落傾向が改善する兆しはなかった。

 野菜と果物の自給率はカロリーベースでは74%、33%だが、生産額ベースでは77%、70%となり、果物では大きく逆転する。生産額ベースの値は、国産自給率、自給力を示す指標値として問題があることは、2012年8月の当コラム「食料自給率 カロリーベースで39% 生産額ベースだと66%だが」で書いたが、野菜、果物はカロリーが低いので、生産額ベースの方が輸入依存度の指標としては適している。金額ベースだと、日本の野菜、果物の輸入依存率は23%、30%で、米国(20%、50%)より野菜は高く、果物は低いことになる。

 TPP交渉が成立し、もし野菜や果物の関税がゼロになったら、日本の生産現場はどうなるのだろうか?

 今でも3%とゼロに近い野菜は影響が小さいが、8~10%のタマネギ、冷凍ポテト、スイートコンなどは影響を受けるだろう。これらの野菜品種は欧米に優れた物が多く、美味、高品質な日本産ブランドという宣伝だけでは通用しない。

 果物も17%がゼロか大幅引き下げとなったら、リンゴや温州ミカンは影響が大きいだろう。米国、豪州、ニュージーランドが日本人の嗜好にあったリンゴ品種を作って売り込めば価格で勝てない。さらにリンゴ、ミカンは前回のコラムで指摘したように、温暖化、高温化による品質劣化の心配もあり、「高品質なニッポンブランド」で対抗できるかも疑問だ。

 重要5項目、586品目を聖域のごとく死守する狭い見方ではなく、日本の農業全体を考えて、野菜や果物も含めた品目ごとの関税交渉をすべきと思うのだが、「一粒たりとも米は輸入しない(させない)」など過去の日本農政を見ていると、広い見地からの総合的戦略は期待できそうにない。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介