科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

内田 又左衛門

大学時代(京大、UC Berkeley)から農薬の安全性研究に携わる。現在は農薬工業会事務局長、緑の安全協会委嘱講師。日本農薬学会会員

農薬の今

農薬のハザード(危害性)とリスク 上

内田 又左衛門

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<編集部注:筆者のプロフィールは、執筆当時のものです>

 前回、農薬製品が希釈・使用され、収穫物や食品に残留するまでの過程で、濃度が100万倍程度低くなる例を説明しました。濃度が低くなれば、それに比例して接触したり、摂取したりする量が小さくなりますので、当然ヒト健康リスクは小さくなっていきます。

● 農薬のハザード

 ハザードは、ゴルフが下手な人にはお馴染み(ウォーターハザード等)の筈で、元々危険を引き起こす原因を意味します。したがって、農薬のハザード(危害性)は毒性だけではありません。農薬の中には引火性や爆発性等のハザードがある為に、一定量を超えると「火気厳禁」で取り扱う危険物があります。また、環境影響等の他のハザードもありますが、いずれも登録までに試験され、評価され、安全に管理できるようになっています。

 ハザードが非常に強くても、それだけではリスクの大小は判りません。例えば、世の中で最強の毒性(ハザード)を持つ化学物質はボツリヌス毒素で、食中毒を引き起こすボツリヌス菌が生産します。これは1mgでマウス2千万匹を殺す毒性があり、ヒト致死量は1μg程度と推定されています。即ち、スプーン一杯(3g)で実にヒト300万人を死亡させることができます。この毒素は、筋肉を弛緩させ呼吸を停止させ死を招きます。

 驚くべきは、ボツリヌス毒素製剤ボトックス®を皺とり美容として顔等に注射する女性がたくさんおられることです。極々低濃度で使われるのでリスクは無視でき特段の問題もなく筋肉が弛緩したふっくら美顔になれるようです。このように化学物質も量次第で、毒にも、薬にもなります。

Food Poisoning 2005-10年の我国における食中毒死の原因物質の中には、合成化学物質は一つもなく、細菌・ウイルスが僅か5例、天然毒素が最多で24例でした。そして、2009年以降は食中毒死はゼロでした(しかし2011年は既に生肉中の大腸菌O-111中毒で犠牲者が複数でています)。
 厚生労働省の食中毒統計の中で、死に至らなかった食中毒の原因として「化学物質」が毎年10件程度挙げられていますが、このほとんどは、鮮度の悪い魚介類中で一部の細菌が産生するヒスタミンによるもので、合成化学物質ではありません。むしろ微生物が原因と言うべきものです。

 また最近、豪州で販売されていた食用ラクダ肉を食べた犬が何匹か死亡したことがニュースになっていました。ラクダが食べる乾燥地帯の草に毒物(ラクダは大丈夫)が含まれていた為です。以上のように、自然毒と微生物が食中毒死の主な原因である点は特に留意すべきです。天然毒は他にもたくさん知られています。また毒性が未知の天然化学物質はそれ以上にたくさん存在していることも想定しておくべきですね。

 これに対して化学農薬はすべて、毒性試験が実施されハザードが把握されています。そして、ハザードを基に安全確保できる使用基準や残留基準が設定され、これらを遵守する仕組みとなっています。ヒトに対してリスク評価し安全確保する時には、十分な安全係数を用いていますので、特別な悪条件が重ならない限り健康に影響が及ぶことはありません。

● ハザードからリスクへ

 ハザードの一つ「毒性」について、どのようにリスクを評価・管理されているのかをもう少し詳しく説明します。リスクは、各種毒性試験で把握したハザード(強さ)と量の積として評価します。
   
リスク=ハザード×量(経口摂取、接触あるいは吸入)

pesticides-risk 図(左半分)は前回と同じです。農薬製品、散布液、農作物、収穫物そして食品の順に農薬の濃度が減少することを示しました。各段階において、製造者、使用者あるいは消費者が農薬を扱ったり、触れたりあるいは食べたりするので(図の右半分)、ヒト健康へのリスクを評価し、(公的あるいは自主的)基準等を決めて、安全管理できるようにしています。

次回は、各段階でのヒトのリスクについて、詳しく見て行きましょう。

執筆者

内田 又左衛門

大学時代(京大、UC Berkeley)から農薬の安全性研究に携わる。現在は農薬工業会事務局長、緑の安全協会委嘱講師。日本農薬学会会員

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