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執筆者

内田 又左衛門

大学時代(京大、UC Berkeley)から農薬の安全性研究に携わる。現在は農薬工業会事務局長、緑の安全協会委嘱講師。日本農薬学会会員

農薬の今

農薬と放射能についての安心とは・前編

内田 又左衛門

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<編集部注:筆者のプロフィールは、執筆当時のものです>

 長く農薬の安全研究や放射線主任者業務をしてきたが、日本農薬学会環境委員として、また第一種放射線取扱主任者としての立場から説明してみたい。皆様のお役に立つようなところが少しでもあれば幸いである。

1.不安の対象は何か
 噂や風評、一部の専門家の扇動的な発言やマスコミによる拡大等で、一般の人々には大きな問題と考えられているが、普段の食品中残留農薬や正常運転時に原子力発電所から出る放射性物質(放射能)による被害(死亡や健康影響)は事実上ゼロである。事件や事故を除いた通常の農薬使用や原子力取扱いにおいては報告された死亡事故は知らない。結論から言えば、食品中の残留農薬や放射能は、基準値や指標値以下であれば、食べても大丈夫で心配する必要はない。

 農薬と放射能は共に、人々が不安を感じる対象として語られる。人々が不安を感じる要因が良く似ているとの研究報告もある。即ち、両者は共通して、「見えない」、「影響が後(次世代も含めて)で出てくる場合がある」、「安全を保証する科学的根拠が難しすぎて理解できない」、「直接のベネフィットが無い」等である。

 いちばんの相違点は、「農薬」は農業等の現場において野外で使用するものであるのに対して、「放射能」は使用施設や管理区域内に封じ込めて利用され、外部への排出は許容レベル以下に厳格に規制されている点である。「安全」を担保する考え方がまったく違うのである。

 農薬について言えば、一昔前には毒性が強い殺虫剤等があり自殺や誤飲での死亡事故例が少なくなかったし、実際の使用場面でも健康被害(中毒症状)等があった。また、高残留・高蓄積性の残留・汚染性農薬(POPs農薬と呼ぶ)による環境汚染や長期残留もあった。しかし今では、これらの農薬はいずれも使用禁止や使用制限になって、指摘された問題は解決済みである。

 最近では、農薬の誤った使用等で残留基準を超過し、農産物が流通できなくなったり、流通後回収されたりすることが主な問題点で、時折報道発表やニュースになっている。農薬を誤って使用するのは、使用者である農家の責任である。農家自身が加害者であり被害者なのである。作物に残留するレベルの農薬は、ヒトへの健康影響は無視でき、先ずもって消費者が被害者になることはない。

 残留基準は、大きな安全係数(普通は100)が余裕をもって設定されているので、極端な条件が重ならない限りヒト健康に影響はない。強毒性メタミドホスを高濃度で混入した中国製冷凍餃子のような場合を除けば、基準を超過したモノを一度や二度摂取しても先ず問題はないと思う。諸外国でも、農薬残留基準超過の事例報告があるが、我が国同様にヒト健康に影響が及ぶものではないとし、回収されることもないようだ。実は、農薬残留基準はヒト健康を損なう蓋然性の指標ではない。
 カビ毒等の基準値は健康を損なう蓋然性の判断指標であり、両者は法律の中でも区別されている(食品衛生法第6条と11条)。
 このように普通に使用されている限り、食品に残留する農薬がヒト健康に悪影響を及ぼすことはないと考える。

 国は毎年、市場で収去しての検査や輸入検疫として食品中の残留農薬を監視している。また、4-5千程度の農家において農薬使用の状況を調べ、不適正使用を抽出し指導すると同時に作物に残留する農薬を調べている。結果は、厚生労働省や農林水産省のホームページに公表されている。ごく僅かの農家の不適正使用(0.3-0.4%)があるようだが、残留農薬では基準超過はほとんどなく、ヒト健康に影響が及ぶ恐れはないとしている。すなわち、残留農薬に関してはリスクマネジメントと監視、更にはリスクコミュニケーションが良く機能していると言える。

 放射能について言えば、なるほど過去には原子爆弾(広島や長崎)でそれぞれ14万人および7万人以上の犠牲者を生み、その影響は長期間に及んだ(最終的には約26万人および15万人の犠牲者)。原子力は発電等の平和利用を残して事実上使用禁止と言える。平和利用でも事故があり、チェルノブイリ原子力発電所事故(1986年)では多くの死者が出ているとのことだ。

 しかし実際、日本だけでなく欧米にもたくさんの原子力発電所があるが、放出される放射能による汚染やヒト健康への影響は、事故やトラブル時を除けば、無いと考えてよい。但し、これは正常な運転時である。
 今回の、福島第一原子力発電所事故についてみれば、今時点の水や農産物の放射能汚染(摂取制限に関する暫定規制値以下)であれば、人々への健康影響の恐れはないと発表されている。水や農作物が十分な監視下にあれば不安もないはずである。
 また、福島第一原子力発電所からの放射能では、巨大地震が引き金であったとしても、加害者は電力会社であり、被害者は農家(農産物や原乳の出荷制限・禁止)や一般の人々(水汚染、特に摂取制限のあった乳幼児等)である。

 いちばんの「不安」は、放射能汚染による被曝ではなく、核分裂や発熱の制御不能状態、不測の事態、更には最悪の事態が否定しきれない状況そのものなのである。放射能は管理区域に封じ込めるのが鉄則であるが、これが守れていない状態は危機的な異常事態と言うべきである。現在の措置や対策は万が一のリスクへの対策であると考えるが、しっかりとクライシスコミュニケーション(危機時の広報)がなされてない為か、恐ろしい印象が拭えない。事態の鎮静化がない現状では、急変による放射能汚染の拡大あるいは大幅な基準超過が起こるのではないか、知った時には摂取した後と言った事態にならないか、等の「不安」を一般の人々は感じているのではないだろうか。
(後編は明日8日、掲載します)

執筆者

内田 又左衛門

大学時代(京大、UC Berkeley)から農薬の安全性研究に携わる。現在は農薬工業会事務局長、緑の安全協会委嘱講師。日本農薬学会会員

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