科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

はかるだけなら簡単?:食事記録法の裏側お見せします

児林 聡美

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 研究を行う場合でも、食事指導を行う場合でも、食べることを「はかる」ことが何よりも大切ということを以前のコラムでお伝えしました(連載第11回 食べるを『はかる』が健康への第一歩参照)。
 とはいえ、食事調査で「食べるをはかる」のは、実はとても難しい。
 今回は食事調査がどのように行われるのか、食事記録法を例にして、その裏側をお伝えしたいと思います。

●食事記録の七つ道具?贈呈

図1. 食事記録を実施するために使用する道具:研究のためには全員に同じ道具を使っていただく必要があるので、家庭にあるものではなく、お渡ししたものを使っていただくようにお願いします

図1. 食事記録を実施するために使用する道具:研究のためには全員に同じ道具を使っていただく必要があるので、家庭にあるものではなく、お渡ししたものを使っていただくようにお願いします

 まず、食事記録をとるには、道具が必要です。

 食材を秤量するために必要な秤、計量カップ、計量スプーン、そして記録用紙や筆記用具、説明書など、一式を対象者へお渡しします(図1)。
 これらの使い方を説明しながら「出来上がった料理全体の重さを量るだけではなくて、そこに使われている食材がそれぞれ何グラムあるのか、味付けで使った調味料はスプーンで何杯だったかなど、細かいことまで、丸1日食べたり飲んだりしたものをすべて記録してください。」という全体像をお伝えします。

●なるべく詳しく、細かくって、どのくらい?

図2. 食事記録の例(理想的な記録):ひとつひとつの料理に対して、使われている食材とその量を、秤量して記録するようにお願いします。対象者の方が1日に食べたり飲んだりしたものすべてを記録していただきます

図2. 食事記録の例(理想的な記録):ひとつひとつの料理に対して、使われている食材とその量を、秤量して記録するようにお願いします。対象者の方が1日に食べたり飲んだりしたものすべてを記録していただきます

 そして、具体的な記録の例(図2)をお見せしながら、記録方法をさらに細かく説明していきます。
 例えば豚肉の生姜焼きであれば、お肉の種類として、豚肉という情報が必要です。
 加えて、その豚肉はバラなのか、肩なのか、脂身がついているのかといった情報もほしいところです。
 部位によって、脂の量や種類など、含まれる栄養素はまちまちだからです。

 そして、そこに使われている調味料も、大切な情報です。
 これらは微量で、秤で十分に重さをはかることができませんし、出来上がった料理を見ただけでは何が使われているのかを十分に知ることはできませんから、食べるときではなく、調理のときにスプーンなどで量ることになります。
 そういうわけで、調理中にかなりの手間をかけてしまうことになります。

 ご家族数人分の料理を作る場合には、さらに大変です。
 料理は家族4人分を作ってその全体の材料を細かく記録したとしても、研究では対象者の方お1人が食べた量が必要です。
 そこで、最終的に出来上がった料理4人分のできあがり重量や、対象者の方が食べた1人分をさらに量って、それがどのくらいの割合を占めたのか記録してもらうようにします。

●とはいえ、生活を変えず、できる範囲で

 対象者によっては理想を求めすぎると難しい場合もありますから、そのときはこちらも様子を見ながら、少し簡易的な記録をつけることを提案することもあります。
 例えば、秤の使い方が難しく、秤量がおっくうだという方の場合には、重量のグラムを記録してもらうのは難しいですから、目安量までの記録をお願いし、調査員が確認するときに、記録してある食品の大きさを具体的に尋ねたり、対面で確認できるときにはその料理を見せてもらったりして、なるべく実際の重量を明らかにします。
 普段料理をせず、外食や中食に頼っている方の場合には、食べる直前に出来上がり重量を秤量してもらい、そこに入っている目に見える範囲の材料やその割合、どんな味付けか、味は濃いか、薄いかなどを記録してもらうようにします。

 記録に残すからといって、普段とは違う食生活を送らないようにすることが、研究のためにも、ご本人の食事改善のためにも、最も重要です。
 面倒なために、記録しやすいもの、秤量しやすいものになりがちですが、そこはぐっと我慢。
 「普段どおりの食事をしてください。」が合言葉です。

●「記録していないもの」を「見る」技術で確認する

 こうして出来上がった記録ですが、やはり完璧にはいかないもの。
 そして記録忘れも起こります。
 この記録をいかに現実に食べたものの情報に近づけるか、それには調査員の確認と対象者への聞き取りが欠かせません。

 例えばある調査では、対象者のお宅に記録の翌日に伺って、前日につけた記録を見ながら、対象者ご本人に不明点を尋ねるようにしていました。
 そこである方の確認の訪問に伺ったところ、図3の上のような記録を書いてくださっていました。
 がんばって記録していただいたところですが、このままではデータ化するために不足している情報があります。
 そこで行われた確認のやりとりはこんな感じです。

図3. (上)対象者の方が記録した食事記録、(下)調査員の聞き取り内容を書き込んだ食事記録:記録内容を見ながら、対象者本人に聞き取りを行い、追加で得られた情報を書き込んでいきます。研究には細かい情報が必要です

図3. (上)対象者の方が記録した食事記録、(下)調査員の聞き取り内容を書き込んだ食事記録:記録内容を見ながら、対象者本人に聞き取りを行い、追加で得られた情報を書き込んでいきます。研究には細かい情報が必要です

調査員:この日の昼食には、ごはんやパンなどの主食は召し上がらなかったのですか?
対象者:そうなんだよ、朝ごはん食べすぎちゃって、あまりお腹がすかなかったから。
調査員:唐揚げは買ってきたものですか?
対象者:うん、スーパーのお惣菜コーナーで買ったよ。
調査員:5個で120 gだったのですね。
対象者:これは秤を使って量ったよ。
調査員:食べるときに何か調味料をかけましたか?
対象者:いや、何もかけずに食べたよ。ふつうの味付けだったけど、そのままでおいしかったよ。
調査員:みかんはふつうのみかんですか?
対象者:そう、親戚が送ってくれてまだ大量に残ってるんだ(箱にある大量のみかんを見せてくれる)。
調査員:このくらいの大きさのみかんだったのですね。食べるときに中の薄い皮はむきましたか?
対象者:うん、外の厚い皮も、房のまわりのうすい皮も両方むいたよ。
調査員:おせんべいは何か味がついていたり、揚げてあったり、のりやごまがついていたりしましたか?
対象者:いや、ふつうのせんべいだったよ。塩味だったかな。
調査員:大きさは1枚どのくらいですか。
対象者:このくらいかなあ(手で示す)。
調査員:コーヒーは食事をしながら飲んだのですか?食後しばらくたってからですか?
対象者:昼食が終わってしばらくしてから飲んだなあ。14時半ちょっと前だったかなあ。
調査員:どのコップに入れたのですか?
対象者:コップじゃなくてこの湯呑を使ったよ。ここにインスタントコーヒーの粉を入れて、お湯をこの辺りまで入れて。
調査員:そうしたら、昼食のときは、飲み物は何も召し上がらなかったのですか?
対象者:そういえば緑茶を飲んだ。
調査員:どのくらいの量飲みましたか?
対象者:コーヒーと同じ湯呑を使ってね、半分くらい入れて2回飲んだよ。

 調査員のほうは、質問しながら、必要な情報をメモしていきます(図3の下)。
 ここまで書き込んで、データ化の準備までが整いました。

●データブックも活用しながらデータ作成

図4. 食事記録から作成したデータ:料理コードが存在しない場合には各材料に分けたり、複数のコードが候補に挙がる食品には聞き取り内容を参考に当てはまるコードをつけたりして、データを完成させます。この作業で不明点が生じないように、対象者にはあらかじめ必要な情報をすべて確認しておく必要があります

図4. 食事記録から作成したデータ:料理コードが存在しない場合には各材料に分けたり、複数のコードが候補に挙がる食品には聞き取り内容を参考に当てはまるコードをつけたりして、データを完成させます。この作業で不明点が生じないように、対象者にはあらかじめ必要な情報をすべて確認しておく必要があります

 得られた記録は最後に調査員の手で電子データ化されます。
 上のようなやりとりを経て得られた記録をデータ化すると図4のようになります。
 例えば、「鳥の唐揚げ」という食品は、そのまま当てはまる食品番号コードがないので、鶏肉、卵、油などの材料に分けてコード化します。
 材料はどのような配合割合になるのか、資料(データブック)を参考にして決めていきます。

 「みかん」の場合は「夏みかん」「オレンジ」「はっさく」など、種類によってコードが異なりますから、対象者の方に聞き取った「うんしゅうみかん」で、さらに「皮つき」と「皮なし」のうち「皮なし」のコードを使います。
 量は研究ではグラムで扱う必要があるので、中くらいの大きさのみかんがおよそ何グラムなのか、データブックの値を参考に入力します。

 こうした作業を経て、ようやく食事記録データの完成です。

●食事記録法に代わる方法が求められている

 食事記録を実際にとっていただくのは本当に大変です。
 対象者の方からは「ただ量るだけと思っていたのに、こんなに大変なんですね…。」との感想が聞かれることも。

 たった1日分をはかるだけでもこれだけの負担がかかるために、食事と健康の研究を実施するときには、より簡便に、そして短時間に、食習慣全体を調べることのできる調査法が求められています。

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします