食情報、栄養疫学で読み解く!
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
「3世代研究」で収集した回答済み質問票は、丁寧に確認を行い、データ入力まで終わりました。
いよいよ最終段階です。
●感謝をこめてお礼をお届け
以前ご紹介したように、この調査では参加者のみなさんに謝礼をお渡するかわりに、食事質問票の回答を基に作成された個人結果票を参加者全員にお渡ししました(疫学調査の裏側お見せします3参照)。
この結果票とその他書類を個人ごとにまとめ、質問票の配布と同じように、共同研究者の先生方から学生参加者のみなさんへ、さらに学生のみなさんからお母さんとお祖母さんへお渡し頂きました(図1)。
そのため、私たちは参加者の方が結果票を受け取ったときにどのような感想を持たれたのか、直接伺うことはできませんでした。
しかし、共同研究者の先生方からはお礼の言葉や、学生さんたちが興味深く結果票を眺めていたという報告も頂くことができました。
ご家庭で学生さんからお母さん、お祖母さんへ結果票を渡した際にも、食事の改善点などの会話が生まれているといいなと思います。
2011年と2012年の4~5月に回答いただいた質問票の内容は、確認、再調査、データ化の過程を経て、こうして各年の12月半ばに結果票が参加者のみなさんに渡りました。
回答の結果を食事改善に活かしていただくためには、本当は質問票の回答後2か月以内には結果票を返却したいところでした。
けれども、今回の調査では膨大な確認作業を実施する必要があり、どうしてもすぐに結果票をお返しすることはできませんでした。
それでも、通常の大規模調査では結果を参加者の方にお返しするのが1年後くらいになることもある中で、今回はおよそ半年後と、できる限り早く返却したつもりです。
我々調査者がデータを得るためだけの調査ではなく、参加者の方にも十分なメリットがあるような調査を実施するという目標は、ここにきてようやく達成されたように感じました。
●データも使いやすく、きれいに
得られた貴重なデータは、協力してくださった共同研究者の先生方に、使いやすくきれいな形にしてお渡しすることを目指しました。
この作業をデータの「クリーニング」といいます。
これまでに回答の確認をして、記入もれなどがあれば再調査を行い、なるべく丁寧に調査を進めてはきました。
けれども、回答の不備はまだ残っています。
例えば就寝時刻を答えるところでは24時間表記での記入をお願いしていますが、それでも「11時」という回答があります。
おそらく午後11時という意味と思われるので、この場合はデータ上で23時に修正しました。
このように、データを整えていく作業が必要です。
また、調査実施中は共同研究者の先生方の事務作業のしやすさを考えて、各参加者の個人識別番号に学生の学籍番号を使用していました。
しかし、学籍番号は個人情報につながるため、変更して匿名化しました。
さらに初期のころは、データだけを見ても、どのような質問項目があり、数値がどのような回答を意味しているのかが分からないデータ構造になっていました。
そこで、データの一番上数行を使って質問や回答の内容を説明した見出しを加え、調査に関わらなかった人でもデータの内容が分かるような構造に整えていきました(図2)。
●いざお披露目
データの作成が終了した後は、調査の詳細な方法と単純な集計結果を記述した報告書を作成しました(図3)。
報告書とデータを各共同研究者に配布したのは、2年にわたる調査がすべて終了した2013年3月のことです。
共同研究者の先生方にもこのデータを使ってたくさんの論文を書いてほしいという思いから、先生方にはご自身の施設のデータのみではなく、全体データをお渡ししました。
共同研究者の先生方にとっても調査参加のメリットが十分にあるようにと配慮して決めたことです。
こうして関係者へデータをお渡しでき、手探り状態で学びの連続だった調査事務局の仕事はようやく終了しました。
「3世代研究号」は、途中様々なトラブルもありましたが、無事目的地に到着したようです。
●調査はみんなのために
行政で実施される施策、医療現場で行われる介入、そして個人の習慣の改善も、本来はこうした科学的・学術的な調査結果に基づく必要があります。
しかし、忙しい現代社会を生きる私たちにとって、調査に参加するという行為は大変な負担を強いられることになり、参加者が集まらないために調査が実施できないという研究者の悩みを耳にすることもあります。
それにも関わらず、3世代研究調査に参加してくださった人数は、学生約5100人、母親約4200人、祖母約2400人と非常に多く、全国規模のデータを得ることができました。
私たちはまず、参加者の方々のためにも、この頂いたデータを決して無駄にせず、生かしていきたいと考えます。
そして、この調査に参加していない多くの方々の健康のためにも役立てることができるような研究結果を出していきたいと考えます。
それを、この調査を支えてくださった共同研究者の先生方と今後も協力しながら実施できると、なお嬉しく思います。
また、こうして紹介してきたとおり、疫学研究は調査を行ってから研究結果が出るまでに非常に時間がかかります。
私自身はこの調査に修士の学生のときに関わり始めることができ、その後博士課程に進み、今でも研究者を続けていますので、自分で収集したこのデータを使って論文を書くという機会にも恵まれました。
しかし研究室には、学生時代の数年間しか調査に関わることができなかった学生も多くいます。
そんな学生たちも、例えば質問票の封筒詰めや回答確認の際には積極的に協力してくれましたし、その中で調査の大変さを学んでいきました。
一方で学生たちは、卒業のために課題研究を実施しなければなりません。
残念ながら、自分たちが収集している実施中の調査データはまだ使うことはできませんから、既に研究室に存在する、先輩方が過去に収集してくださった別のデータを使って研究することになります。
そして、自分たちが今まさに収集しているデータは、自分ではなく、後輩たちが使うことになるのです。
3世代研究以降も、我々の研究室では毎年のように新たな調査を実施するようになりました。
その際には、3世代研究などの既存データを使って論文の書き方を学びながら、新たに行われる調査を手伝って後輩のためにデータを作る、ということをうまく繰り返しています。
調査は参加者のために。参加していない人のために。実施協力者のために。将来の研究者のために。そして、自分のたちのために。
みんなのために実施される形が理想的なのではないでしょうか。
●終わりに
今後も「○○を食べると健康によい」といった種類の情報はどんどん出されるでしょう。
でも、それを聞いたときにほんの少し考えてみてください。
その情報は、どうやって明らかになったのだろう。
どんな人が調査を実施し、どんな人が参加したのだろう。
丁寧に行った栄養疫学研究にはそれぞれにドラマがあるはずですし、ひとつひとつの情報が生み出されるのに時間もかかりますから、それを基にして情報が生み出されていれば、決してここまで情報が氾濫することはないはずなのです。
一瞬でもそんな思いを抱く心の余裕があれば、氾濫する食の情報に飲み込まれることなく、冷静に情報を咀嚼して判断できるでしょうし、目の前の美味しい食事もよく噛んで飲み込むことができるような気がします。
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします