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執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

卵のフィプロニル汚染事件

畝山 智香子

最近台湾で卵から動物用医薬品のフィプロニルの代謝物であるフィプロニルスルホンが検出されて回収されていることがニュースになっています。
台中、高雄など9県市で流通の卵15万個を回収 残留農薬が基準値越え/台湾 – フォーカス台湾
2025/11/10

基準0.01ppmのところ0.03 ppmが検出され、以下の記事によると汚染の原因は調査中ではあるものの飼料や動物への使用ではなく環境由来が示唆されるとあります。
Contaminated eggs enter market: FDA – Taipei Times
2025/11/11

卵のフィプロニルといえば2017年の欧州での大騒動を思い出すのですが、日本は直接関係なかったこともあり、あまり知られていないようです。私は「食品添加物はなぜ嫌われるのか – 株式会社 化学同人」の中で書いているのですが、ネット上で読める日本語の概要があったほうがいいだろうと思うので簡単に紹介します。

●オランダ養鶏農家のフィプロニル使用が事件の発端に

時系列は以下です。

・2016年11月
オランダの食品消費者製品安全庁(NVWA)が、養鶏場で違法薬物が使われているという告発を受けとりましたがこの時点では対応しませんでした。

・2017年6月
ベルギーの食品安全当局が卵の汚染を知りました

・2017年7月
ベルギーからEUの食品と飼料に関する迅速情報伝達システム(RASFF)に、オランダ産の卵にフィプロニル汚染があることを通知します。それを受けてオランダで卵の回収と養鶏場の閉鎖が行われました。

・2017年8月
ロイターの報道により卵の汚染が一般に広く知らされ、世界中で卵を検査した結果各国から汚染卵が発見されました。オランダは欧州最大の卵輸出国だったために、オランダから卵を輸入していた国は多く、最終的にEU加盟国28か国中26か国(当時は英国も含む)に影響があり、世界中では45ヵ国以上が卵からフィプロニルを検出しました(この数値はJRC最終報告書による)。卵から検出された濃度は0.0031から1.2mg/kg(ppm)でした。

この量はフィプロニルの急性参照用量(ARfD)0.09 mg/kgに比べるとそれほど大きなものではなく、フィプロニル濃度が0.72 mg/kg 未満の汚染卵は安全上の懸念とはならないと評価されています。この値を超過したものはごくわずかです。それでも使用してはならない薬物が検出された卵は回収・破棄されなければなりません。卵は非常に多くの食品の原料としても使われていたために、影響が広範囲に及びました。正直なところ、どこまで回収・廃棄するかはもう少し柔軟でもいいのではないかと感じたものです。なにしろフィプロニルはペットのノミ駆除用によく使われていて、定期的に投薬しているペットを飼っていれば、ペットから暴露される量のほうが圧倒的に多いだろうからです。

この騒動の犯人は比較的早く明らかになりました。オランダの養鶏農家がニワトリの血を吸うワクモという害虫を駆除するために委託していたChickFriendというオランダの業者が、「秘密のハーブ混合物」と称して使っていたものにフィプロニルが含まれていたのです。何故きちんと認可されている動物用医薬品ではなく「秘密のハーブ」なのか、というのはこれらの卵が「オーガニック」を謳っていたからです。「オーガニック」を謳うためには鶏を戸外の土のあるところに出さなければならず、そこにはダニや細菌などの微生物がいます。そしてオーガニックでは病害虫の駆除や鶏舎の消毒にほとんどの合成化学物質は使うことができません。しかし「ハーブ」(植物由来の何か)ならほぼ無制限に使えるのです。もちろんほとんどの植物抽出物はあまり害はないですが効果もありません。本当に有効な「秘密のハーブ」など、真っ先に薬物混入を疑うべきなのですが、他に手段がなくて困った農場主たちは嘘を信じることのほうを選んだのだろうと思います。

なおこれ以降EUでは卵と鶏肉のフィプロニルの最大残留量(MRL)を0.005 mg/kgに設定しています。この値はフィプロニルとフィプロニルスルホンの合計に対してで、台湾の設定している値より厳しいようです。

●オーガニック卵の生産者に問題が波及

このEUのフィプロニル事件の余波を受けて、国内で生産されている卵にフィプロニルだけではなく他の殺虫剤も検出されて国内での違法薬物使用が常態化していることが判明して大騒ぎになったのが韓国です。問題の多くはやはり「オーガニック」卵の生産者でした。

韓国は日本に似ているところもあるのですが、欧米の仕組みを導入することにかけては日本よりはるかに積極的です。「オーガニック」も積極的に取り入れてきたのですがその実態は結構残念なものだったというわけです。

日本でこの手の問題が起こりにくいのは、欧米の農業慣行をそっくりそのまま日本に移植しようとしても気候条件や食習慣が違うので技術的な実行可能性が低いということをきちんと主張できる農家と、欧米の思想や哲学を受け入れることこそが正義だとは簡単には思わない消費者がいるからだと思います。もっと単純に言ってしまうと、卵をオーガニックにすると値段があがるだけではなく生では食べられなくなる可能性が高く、卵かけご飯はもちろんふわとろの半熟卵料理ができなくなるので、それは日本人には到底受け入れられないだろうとみんなが思っているから、でしょう。

さてこの2017年の欧州の卵のフィプロニル騒動の際に、台湾でも国内での不適切使用によると考えられる卵からのフィプロニルの検出事例がいくつかありました。こちらはオーガニックとは関係なく、もっと初歩的な飼育管理における適切な規範の遵守不足でした。それが今回またおこったということは、再発防止策が徹底されていなかったということなのでしょう。

最初に紹介した台湾の記事の中に「台湾のフィプロニルスルホンの基準は日本、韓国、米国より厳しい」という文章があるのですが、基準値を設定してもその履行が徹底されなければ意味はないです。自慢をするなら「わが国の基準値は厳しい」ではなく、「基準値がなくてもベストプラクティスが実践されていて安全性が確保されている」のほうがいいと思います。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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