科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

大学や研究者が科学への信頼を損なう例―超加工食品研究

畝山 智香子

食品に関する一般の人々の誤解を減らすために、しばしば一般の人々のリテラシーを上げようと呼びかけられます。それは確かに大切なのですが、研究者が専門家でない一般の人々を意図的にミスリードしようとする場合もあり、こちらのほうがより悪質で優先的に対処すべき問題だと私は思っています。

その典型的な例があったので紹介します。画像多めです。

最初に目についたのはコペンハーゲン大学のプレスリリースです。タイトルと内容の一部を以下に示します。

全てのカロリーは同じではない:超加工食品は男性の健康に有害
Not all calories are equal: Ultra-processed foods harm men’s health | EurekAlert!
28-Aug-2025

画期的ヒト研究が、超加工食品は体重を増やしホルモンをかく乱し精子の質の低下に関連する有害な物質を導入する
この研究の主著者のJessica Prestonは「我々の結果は超加工食品はたとえ食べすぎでなくても生殖と代謝に悪影響であることを証明した。このことは加工が食品を有害にしていることを示す」という。

どちらの食事も同じ量のカロリー、タンパク質、炭水化物、脂肪を含み、どちらの食事を食べているかは参加者には知らせていない。

今話題の超加工食品(UPF)について、それなりに有名な大学が国際研究でヒト介入試験を行い、Cell Metabolismという有名雑誌(2025年のインパクトファクター30.9)に論文を発表し、「UPFの害を証明した(prove)」というのです。当然気になって元論文を確認しました。

タイトルは「超加工食品摂取の男性生殖及び代謝健康への影響」です。
Effect of ultra-processed food consumption on male reproductive and metabolic health – ScienceDirect

この段階でプレスリリースとはやや印象が違います。しかし「ハイライト」では

  • 未加工食に比較するとUPFは心代謝および生殖健康を損なう
  • UPFの有害影響は総カロリー摂取量とは独立
  • UPFはGDF-15やFSHを含むいくつかのホルモンのバランスを変化させた
  • UPF食は、フタル酸エステルcxMINPの血中濃度の上昇と関連した

とあり、グラフィカルアブストラクト(図で示す要旨)は以下です。

実験の内容は、3週間未加工あるいはUPF食を食べてもらって12週間の洗浄期間をおいて未加工とUPFを交代して3週間食べるクロスオーバー試験です。それを適切なカロリーで食べる場合と1日に500カロリー過剰にして食べる場合と2種類、それぞれ別々の人で行った。適切カロリー群は21人、過剰カロリー群は22人です。ただし実験の参加者は自由な生活をしているため、食事介入への遵守度はわかりません。

実は未加工食だと、適切カロリーでも過剰カロリーでも体重が減っていて、それが結果に影響しているようなので多分遵守度はあまり高くない。そしてそのことだけでも研究としてはあまり質が高くないと言えます。

(脱線しますが、グラフィカルアブストラクトを見ると加工さえしていなければ過剰なカロリーを摂取しても体重は増えないと言いたいようです。これは相当な根拠を必要とする主張です。なおそんなことは論文本文には書いてありません。フライドポテトがUPFかどうかも疑問です。最近よく見るグラフィカルアブストラクトは結構嘘を描いていることがあるので要注意だと思います。)

そのためプレスリリースの「画期的」という主張のわりには、海外主要学術メディアはとりあげていないようです。日本では毎日メディカルなど少数が取り上げていますが論文の吟味はしていないようです。

精子の質まで弱る!? 最新研究で明らかになった超加工食品の影響 | 毎日メディカル
2025/09/11 
超加工食品は太りやすく、男性の生殖機能を低下させる:研究結果 | WIRED.jp
2025.09.09

●「超加工ランチ」は「未加工ランチ」と栄養的に同等?

さてこの論文で最も驚いたのはSupplemental informationで提供されている食事の写真です。先にも介入試験で提供された「加工の少ない食事」と「超加工食」が比較できるようなものではないということを指摘していますが
超加工食品の最新研究(その2)解説編 背景と考察 – FOOCOM.NET
今回はさらに極端です。先に紹介した論文では提供された食事のほぼすべての情報が掲載されていたのですがこの論文では典型的な一部しかわからないのでその中でも典型的なものが以下です。

未加工ランチ 
・豆と切った野菜のブルグル(全粒ひきわり小麦)サラダ
・アボカド
・チキンのバジルソース
・ザクロの種

超加工ランチ
・カウボーイトースト
・ミックスキャンディ
・チョコレートミルク

この二つを比べて「どちらの食事も同じ量のカロリー、タンパク質、炭水化物、脂肪を含み、どちらの食事を食べているかは参加者には知らせていない。」と書く研究者というのは信じがたいです。明らかに食物繊維や微量栄養素に大きな差があり、それがホルモンバランスに影響を与えてもおかしくはないでしょう。なのに「加工が食品を有害にしている」という結論を出す。グラフィカルアブストラクトからもこういう食事内容は予想できないと思います。

研究者としては、できるだけ差があるという結果が欲しいので極端な介入をしたいという気持ちはすこしだけはわかります。でも私が査読者だったらこの論文は受理できない。

超加工食品が有害だと主張する論文にはこの手のものが多く、査読者も含めて分野としてバイアスがかかっているとしか思えないのです。こういう論文をいくら積み重ねても科学的にしっかりした根拠にはなりません。

しかし専門家ではない人は「論文が多い、根拠が積みあがっている」と言われたら納得せざるを得ないでしょう。そういう「学術論文」の使い方は、科学への信頼を毀損するものでしかない。

なおUPFという用語を学術分野で使うべきではないと主張する研究者は決して少数派ではありません。
Open letter initiative Food and nutrition science should avoid using the term “Ultraprocessed Foods” and the “NOVA classification”
Hannelore Daniel and Thomas Henle
Why I Completely Disagree with Ultra-Processed Foods and NOVA
Gunter Kuhnle Apr 06, 2025

この論文の「未加工ランチ」と「超加工ランチ」が栄養的に同等だと考える栄養士は日本にはほとんどいないでしょうし、一般の人でも「超加工ランチ」のような食事を毎日すべきではないけれどそれは加工されているからではないと理解していると思います。

それが日本でUPFが「社会問題」になっていない理由の一つだと思います。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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