野良猫通信
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。
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東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
2025年9月9日に、MAHA委員会が、予定されていた8月12日から約1か月遅れでMAHA戦略報告書を発表しました。
MAHA Commission Unveils Sweeping Strategy to Make Our Children Healthy Again | HHS.gov
September 9, 2025
プレスリリースには「包括的なsweeping」「歴史的一里塚historic milestone」のような大げさな言葉が並び、Kennedy HHS長官のほかにBrooke L. Rollins USDA長官とLee Zeldin EPA長官、Marty Makary FDA長官、Jay Bhattacharya NIH所長が揃って発表記者会見に臨んでいます。
しかしメディアの注目はあまり高くなかったようで、報道量もそれほどではないような印象です。約束の期日に遅れたことについては全く言及がなく、期日より早く発表した時には予定より早いことをやたらと強調していたのに比べると目立ちますが、都合の悪いことは無視するいつものやりかたを象徴する形です。
そして報告書本文ですが、概ねリークされた案のままでした。
まだ発表されない2番目のMAHA報告書 – FOOCOM.NET
見た目はきれいに整形してありますが、前回の報告書で指摘されたAIのハルシネーションを避けるためなのか引用文献は一切なく、著者も日付もありません。
研究推進、インセンティブの再配置、国民啓発、民間との協力推進、の4つの項目になんとなく区切られてはいますが、章立ての説明はされていません。何よりプレスリリースで強調されている「戦略の重要焦点分野」の5項目と一致していません。プレスリリースには報告書本文には存在しない「歴史的大統領権限の行使Executive Actions」という項目があります。
合計で128の「~する(つもり)」といった項目が記載されていますが、ボストンカレッジのPhilip J. Landrigan教授の言葉が簡潔にまとめているので紹介します。
「Kennedy長官の関心を反映した、非常に不均一で、考慮不十分で、支離滅裂な勧告の寄せ集め」
The MAHA plan for healthier kids includes 128 ideas, but few details。
食品安全に関連する部分をいくつか抜粋してその意味を考えてみます。
・アメリカ人のための食事ガイドラインをより簡潔なものに見直し、助言委員会のメンバーや科学レビュープロセスも改革する。
→これはワクチン助言委員会と同様に経験と資格のある科学者を追い出して都合のいい見解を出させようとする試みでしょう。
・食用色素を合成から天然に変更させる
→これがMAHAの勝利のシンボルとなっているようですが、企業による自主的変更がメインなので一時的なもので終わる可能性がありもちろん安全性が向上することはないです。
・学校給食や食料援助等に「丸ごとの健康的な食品」を優先し加工食品やジャンクフードを制限
→これまでも目標は同じでした。できなかった理由があるのですが(生鮮野菜果物は傷みやすい、リソースの不足している人は調理が難しいなど)それを克服する手段は提供されていません。
農業や食品分野での規制解除
→これが最も安全性にとって影響する可能性の高い部分です。具体的には殺菌しない牛乳を販売できるようにする、食品安全規制を緩和して書類作成などの手間を省く、有機認証のための手続きを緩和する、などです。学校で提供される牛乳の低脂肪または脱脂要件は廃止し全脂肪乳を提供できるようにする、などもあります。基本的には大統領の大きな方針である規制緩和に従ったもので、特に小規模事業者に対する規制はなくす方向になっています。
例えば地元の学校に殺菌していない牛乳や、これまでだったら安全性要件を満たさないため納入できなかった各種「手作り食品」を販売できるようになる、その結果食中毒になったとしても、食中毒の監視を行う行政部門は予算削減の結果調査に来ないので健康被害は出ていないことになるのだろうと予想されます。
さらに畜産農家などの排水基準も緩和されるので環境中の動物の排泄物由来の汚染は拡大する可能性があります。
USDAの有機認証は日本を含む海外での有機認証と相互に同等とみなすとりきめがあるはずなので、海外の担当部署は見直しなどの対策が必要になるかもしれません。そうでなくても偽装が多いことで問題になっていて直近まで監視強化を求められていたので「USDAオーガニック」への信頼は低下するでしょう。
話題になっていた農薬については、各種反農薬団体からの働きかけの効果はなかったようで、事前情報通りに「EPAによる評価でしっかりリスクを制限していることを啓発する」と記載されていて「(農薬などの)合成化学物質暴露が子供たちの慢性疾患の原因である」という先のMAHA報告書の記載とは整合しません。
当然のことながら農薬の規制を要求していた団体は反発しています。
例えばEWGは即日以下のプレスリリースを出しています。
MAHA報告書は農薬業界の言葉を繰り返し、RFK Jr.の約束を破った。
EWG: MAHA Report Backs Pesticide Industry, Fails RFK Jr. Promises
September 9, 2025
この具体的な実行計画やリソースの配分を伴わない「やることリスト」を発表したあとどうなるのか、ですが、キーワードはExecutive Actionsでしょう。つまり大統領や行政機関の長が何かを命令するだけで済むようなことは実施されるかもしれないものの、現場での調整や立法措置などの細々とした手続きや実働部隊が必要なことは実施される可能性は低いと思われます。言い換えると、規制をなくすことはするかもしれないが新たに作ることはできないのでは、と思います。そこがEWGやLandrigan教授らのような規制強化を要求してきた人たちにとって不満が大きい原因です。
そして国民への啓発と称してKennedy長官らによるデマの吹聴は続くのでしょう。
MAHA委員会の報告で最も関心が高く健康被害に直結する分野はワクチン関連ですが、食品安全にとっても問題は多いです。次の注目は食事ガイドラインの更新です。
東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。