野良猫通信
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。
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東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
2025年4月に英国のSACN(Scientific Advisory Committee on Nutrition:栄養に関する科学諮問委員会)が2つの報告書を発表しました。前編、後編に分けてご紹介します。
前編はWHOの「非糖質甘味料の使用」についてのガイドラインに対するSACNの意見表明報告書です。
SACN statement on the WHO guideline on non-sugar sweeteners – GOV.UK
2 April 2025
これは2023年にWHOが発表した、体重管理のために非糖質甘味料(NSS)を使用しないよう勧めるガイドラインに対して異議を申し立てるものとなっています。
WHOのガイドラインではNSSの使用は、成人や小児の体脂肪を減らす上で長期的な利益をもたらさないばかりか、成人の 2 型糖尿病、心血管疾患、死亡率の増加など、望ましくない影響の可能性も示唆されている、とまで主張していました。
WHO advises not to use non-sugar sweeteners for weight control in newly released guideline
それは日本国内でも「NSSは利益がないだけではなく病気のリスクがあがるとWHOが言った」といったニュースの見出しとなり、認可されている食品添加物への不信を誘導することになりました。
実際にはWHOのガイドラインそのものでは砂糖入り飲料と比べればNSSにはカロリー削減効果はあることを認めているし、「利益がない」のは水と比較した場合で、有害影響についてはほとんど何も言っていないのに、プレスリリースでことさらNSSを「悪く」言っていました。そこに科学以外の意図が作用していたように見えます。
一方、ドイツBfRは2023年に非栄養甘味料については砂糖の代わりに使うことで減量に役立つ可能性があることと、特に有害影響は確認されていないという評価を発表しています。
Sweeteners: majority of studies confirm no adverse health effects – however, the study situation is insufficient
日本ではその後令和6年(2024年)11月に消費者庁食品衛生基準審議会添加物部会で甘味料の規格基準の変更は必要ない旨情報提供されています。
【資料4】WHO非糖質甘味料の使用に関するガイドラインと国内における非糖質甘味料の摂取量推計について_
そして英国では今回、日本の添加物部会と同様の判断が下されたわけですが、その判断の根拠として科学委員会によるきちんとした報告書が発表されたわけです。
英国がWHOのガイドラインに真剣に対応した理由のひとつは、英国で子供の肥満対策の一環として2018年から導入している砂糖飲料税です。
これは100mLあたり5g以上の糖類(ショ糖、ブドウ糖、果糖など)を含む飲料に対して税金をかけることで飲料由来の糖の摂取量を減らそうとする政策で、砂糖の代わりにNSSを使う方向に誘導するものでもありました。英国ではこの砂糖税の導入以降、ソフトドリンクからの糖の摂取量は減っています(ただし子供の体重は減ってはいない)。WHOがNSSの使用は利益がないばかりか、望ましくない影響のリスクもある、などと言ったのですから、それについてきっちり調べて国民に説明する必要があったのです。
SACNの報告書のハイライトは、「WHOは結論を出すにあたってランダム化比較試験(RCT)より前向きコホート研究(PCS)を重視した。SACNは質の高いRCTを重視する。」というところです。つまりWHOのガイドラインは「エビデンスの科学的レビュー」の常識に反するものだと言っているわけです。
エビデンスのレベルにおいて、質の高いRCTと、前向きだろうと後ろ向きだろうと観察研究のレベルの違いは明白です。観察研究は基本的に因果関係を確認することはできないのに対してRCTは介入の影響をみているわけですから逆転の余地はないです。
他にもWHOガイドラインでは2年以上のRCTの結果を重視しなかったことを指摘しています。結論として、SACNはNSSは遊離の糖類に比べてエネルギー摂取量を減らし体重を減らすことが示唆されている、としています。
観察研究においては交絡(調査されていない他の要因の影響)と因果の逆転(NSSを使用するから太るのではなく太っている人がNSSを使用する可能性が高いというようなこと)の問題があると指摘します。
さらに体重関連非伝染性疾患(NCDs)に関しては、観察研究と限定的なRCTのみではしっかりした結論は出せないためさらなる研究が必要としています。
とはいえSACNはWHOのガイドラインの作成にあたった人たちと目的が異なるわけではなく、子供たちに健康的な食生活(運動含む)をしてほしいことは同じです。従って理想的には子供たちが甘いものばかり飲まないように、食べ物や飲み物はできるだけ甘くないものを与えるようにと助言します。NSSは砂糖の摂取量を減らすのに役立つ可能性はあるものの、なくても済むならそのほうがいい、というわけです。
子供たちの健全な発育に甘いものは必要ない、という考えは栄養士や公衆衛生の専門家の間では比較的一般的なものだと思います。でも日本ではほどほどの量なら、たまのお菓子やジュースは心の栄養になると考える人のほうが多いような気がします。「適量」が難しいからと全部ダメか制限なく与えるかの極端な二択になってしまうのは残念なことだと思います。
東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
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