野良猫通信
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。
東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
有機農業では農薬を使わないわけではなく、主に天然物や昔から使っていたという理由で使用が認められている農薬があります。それらの中には安全性や有効性の観点からは一般的な合成農薬の認可プロセスでは認められないようなものも含まれることがあります。
特に使用頻度が高いのがボルドー液で、これは硫酸銅と消石灰を混合したもので殺菌剤として使われます。有効成分は銅イオンです。ボルドー液は慣行農業でも使用可能で、EUではEFSAがADI 0.15 mg Cu/kg体重/日;AOEL(許容作業者ばく露量) 0.075 mg Cu/kg体重/日を設定しています。
この値は、例えばグリホサートのADI 1 mg/kg体重/日;AOEL 0.1 mg/kg 体重/日;急性 AOEL (AAOEL) 0.3 mg/kg 体重と比べると、グリホサートの安全性の高さがわかると思います。
ボルドー液が危険というわけではなく、有機農業では使用可能な効果のある農薬が少ないためにボルドー液に頼りすぎるきらいがあることが問題になります。銅は合成化学物質ではなく天然の元素なので分解することはなく、土壌に蓄積すると農作物の生育に悪影響を及ぼすことがあるのです。土壌の豊かさを増やすことを至上の価値とする有機農業にとってそれは矛盾です。
オーガニック農産物が日本より多く流通しているフランスで行われたバイオモニタリング研究(Esteban)で、興味深い結果が報告されています。
Exposure of the general French population to metals and metalloids in 2014–2016: Results from the Esteban study – ScienceDirect
この研究では子供たちの血液や毛髪、尿中の各種金属量を測定してそれと関連する要因が何かを検討しているのですが、下記のことが報告されています。
ミネラルウォーターを飲んでいると、水道水を飲んでいる場合より無機ヒ素ばく露量が多いだろうというのは予想通りです。でも1日に一回以下のオーガニック野菜を食べることで、検出できるほどの銅の摂取量の差になるとは驚きです。
いったいどれだけ土壌中に銅が蓄積しているのでしょうか。これではとうてい持続可能とはいえないでしょう。
有機農業の目的はもともと環境保護や持続可能性でその手段が合成農薬を使わないことだったはずなのに、いつのまにか合成農薬を使わないことそのものが目的になって環境影響を忘れてしまったのではないかと思われるようなことがしばしばあります。
日本はフランスとは気候も作物も過去の栽培状況も異なるので同じようなことがおこるとは思いませんが、時代とともに変わる環境の中では何を目指しているのかは常に確認して柔軟に対応すべきでしょう。
直接安全性に関わるわけではないですが、安全性確保の阻害要因になるのが偽装です。
現在世界的に食品偽装への関心は高いのですが、偽装の標的になりやすい、つまり偽装リスクの高い食品の代表的なものがオーガニック、シーフード、サプリメント、オリーブオイルです。
いずれも本物ではないものをそのように偽装することでより高い値段をつけることが可能で、かつ偽装を見破るのが難しいものです。オーガニックの場合は、慣行栽培の農産物に「有機」シールを貼るだけで高く売れるわけです。慣行栽培の農産物であってもその多くから残留農薬は検出されないので、最終産物の検査では偽装を証明することは困難です。
そしてアメリカで2019年に発覚した大規模オーガニック偽装事件は、Randy Constantというたった一人の人が、米国で2016年に販売されたオーガニックトウモロコシの7%、オーガニック大豆の8%もの量を偽装販売していたという驚くようなものでした。それが10年以上にわたって続いていたというのですから有機認証に疑問をもたれるのは当然です。
Northern District of Iowa | Field of Schemes Fraud Results in Over a Decade in Federal Prison for Leader of Largest Organic Fraud Case in U.S. History | United States Department of Justice
この事件を受けて米国農務省はオーガニック認証計画の違反取り締まり強化を発表しています
Federal Register :: National Organic Program (NOP); Strengthening Organic Enforcement
しかし偽装撲滅は困難、というのが現実です。
オーガニックを巡る安全性に関する話題を簡単にまとめてみました。個別の話題それぞれに、もっと語るべきことはあるのですが、あちこちでいろいろな活動があることからとりあえずの情報提供とします。
オーガニックの農産物を推奨する、ということは農産物に雑草や虫がついていることはある程度許容する、ということでもあります。それは農産物としてはOKでも、給食で子供たちに提供される食事としては許容されない可能性のほうが高いので、給食を作る人たちは徹底的に洗浄・選別するための労力を慣行栽培野菜以上に必要とすると思います。
オーガニックレストランで提供された料理の一皿に虫の肢が混入していても大人同士が交換で対応すれば大きな問題にはならないかもしれませんが、学校給食で一人の子供の皿に虫が入っていたと騒ぎになったら、そのクラス全体あるいは学年全体の給食に影響するかもしれません。それも含めて、オーガニック給食推進というのはリスクが高い試みだと思います。
時代とともに食品に要求される安全性のレベルは変わります。有機農業運動は提唱されてからもうずいぶん時間が経過し、環境は変わり農業は進歩しています。意思決定には常に最新の情報を十分考慮することが必要です。
東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。