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執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

有機(オーガニック)給食と安全性を考える(前編)-オーガニック特有のリスク

畝山 智香子

最近「オーガニック給食」という単語を耳にすることがあります。
直近では、品川区が話題になっています。
【署名サイトVoice】【品川区】有機農産物にとらわれない給食を求めます! – オンライン署名&クラウドファンディング | Voice -日本の署名活動を変えるサイト

それ以前から農林水産省の政策の一環として「オーガニック給食」という言葉が使われています。
農林水産省 関東農政局
オーガニックビレッジでオーガニック給食が広まっています

有機農産物の栄養と健康影響については、以前にも英国におけるオーガニック・パニック – FOOCOM.NET(2009年8月26日)で書いたことはありますが、その後の更新情報も含めて、二回に分けて安全性関連の話題をまとめておきたいと思います。

農薬を使わないことによる「オーガニック特有のリスク」

基本としては、適切に栽培された場合には慣行農法でも有機栽培でも農作物は安全に食べることができます。ただし、当然のことながら全ての食品にはリスクがあるので、栽培方法の違いによって注意すべきポイントが異なる場合はあります。慣行栽培の場合には言うまでもなく農薬の使用基準を守ることが前提になります。

有機栽培の場合には合成農薬を使わない方針なので合成農薬のリスク管理は重点項目にはなりません。しかし農薬が何故使われるのかといえば、病害虫の防除や雑草管理等なので農薬の代わりの手段でそれらを管理しなければなりません。そこが「オーガニックに特有のリスク」になります。

●カビ毒

慣行栽培だろうと有機栽培だろうと、農作物の安全上最もリスクが高くなる可能性のある汚染物質はカビが作る毒素、マイコトキシン類です。

オランダ国立公衆衛生環境研究所(RIVM)が2017年に発表した報告書「私たちのプレートに何が入っている?オランダの安全で健康的で持続可能な食事」の中で、一般的な食生活をしていて健康ベースのガイドライン値(HBGV;ADIやTDIのような健康リスクの指標となる値)を超過する可能性のあるハザードとしては、アフラトキシン、アルテルナリオール、アルテルナリオールモノメチルエステルの3つのカビ毒と製造副生成物であるアクリルアミドであると報告しています。

食品添加物や残留農薬はADIよりはるかに少ない量しか摂取していませんが、硝酸塩、T-2およびHT-2毒素、ニバレノール、麦角アルカロイド類、デオキシニバレノール、シトリニン、パツリンなどはHBGVに近い摂取量になっています(各カビ毒の解説についてはまたの機会に)。これらを管理するためには真菌の防除が必要で、慣行栽培ではそれを適切な農薬使用で行っているわけです。

2023年、岩手県産小麦(ナンブコムギ)の一部から、かび毒(デオキシニバレノール:DON )が食品衛生法で定める基準値(1ppm)を超過する0.4 ~ 6.1ppm検出され、その一部は学校給食にも使われていたことが問題になりました。DONのTDIは1 µg/kg体重/日で、その設定根拠はマウスを用いた2年間の慢性毒性試験による体重増加抑制の無毒性量を0.1mg/kg体重/日に不確実係数100を用いたものです。

体重25kgの子供がDON 濃度6 ppmの小麦を50g食べたと仮定すると12µg/kg体重/日となりTDIを一桁ほど上回ります。よくある残留農薬の一律基準超過ではADIよりはるかに少ない量で回収されていることに比べると明確にリスクは大きいです。

実はもともと国産小麦はカビ毒汚染率が高かったので農林水産省が「麦類のデオキシニバレノール・ニバレノール汚染低減のための指針」を公表していて、その中で適切な農薬による適期防除を推奨しているのです。そうした指針がきちんと実施されていなかった可能性が指摘されています。カビ毒は作物に均一に分布しているわけではないのでその分析や管理は残留農薬より難しく、濃度の範囲も大きくなりがちです。

岩手の事例は別にオーガニックを謳っていたわけではありませんが、農薬を使わないと国産小麦を安定して安全に作るのは難しいという事実を再確認するものです。

世界的な気候変動の影響もあって、カビ毒への対策は今後もますます重要になることが予想されています。対策のための道具は多いほうがいいです。

●雑草

有機農業では耕作地の中の生物多様性の多さが環境に良いことの指標として宣伝されます。しかし畑の中に雑草が生えていることは安全性にとっては歓迎すべきことではありません。雑草の中には有毒成分を含むものもあるからです。実際EUの食品と飼料に関する迅速警報システム(RASFF)にはしばしば有毒植物の混入による警報やリコールが報告されています。

トロパンアルカロイド
トロパンアルカロイドはナス科植物の含む生理活性アルカロイドで、アトロピン、スコポラミン、ヒヨスチアミンなどが含まれます。これらはアセチルコリン受容体阻害作用により副交感神経の作用を抑制し、有名な作用としては瞳孔散大、腸管運動抑制、心拍数増加などの作用を示します。オーガニック穀物に種子が混入している事例が多いようでRASFFでの基準超過製品のアラート通知は2023年には8件報告されています。

ピロリジジンアルカロイド
ピロリジジンアルカロイドは非常に多くの植物に含まれる多様な化合物を指しますが、その中に非常に毒性が強いもの、動物実験で発がん性が確認されているものがあります。実際にヒトで健康被害が報告されている事例もあり、可能な限り避けた方が良い天然物とみなされています。コンフリーやツワブキなどが有名です。主にハーブやスパイスのような雑草を分別するのが困難な食品での混入事例が多く、RASFFでの2023年の通知は59件、アラートは27件あります

どのような種類の雑草が生えやすいかはその土地や作物によって異なるので管理はケースバイケースで行うしかないのですが、オーガニック農産物のほうがこの手の天然由来物質の混入リスクが高い、とは言えます。

●ウガンダの大規模食中毒

この有毒植物の混入が非常に大きな問題になったのが2019年のウガンダの食料援助における集団食中毒事件です。
Tropane alkaloid contamination of agricultural commodities and food products in relation to consumer health: Learnings from the 2019 Uganda food aid outbreak – PubMed

国連機関による食糧援助としてウガンダに提供された「スーパーシリアル(栄養強化された混合食品)」を食べて315人の成人が中毒になり、他に5人の成人が死亡したという大惨事です。その原因はヨウシュチョウセンアサガオ(Datura stramonium)の高濃度混入でした。その混入の背景に欧州におけるオーガニック市場拡大に伴う農薬忌避の傾向があるのではないかと考察されています。

後編に続く)

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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