科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

全米科学技術医学アカデミー(NASEM)の科学に関する誤情報への対策案

畝山 智香子

キーワード:

前回の原稿で、「質の高い科学報道のために日本ではどうすればいいか、いい方法が思いつきません」と書きました。

その直後の2024年12月19日、全米科学技術医学アカデミー(NASEM)が科学についての間違った情報について、その由来や影響、対策法に関する報告書を発表したので紹介します。

【プレスリリース】
科学の誤情報、その起源と影響、対策が新しい報告書で検討された―質の高い科学情報の可視性とアクセスを増やすためには多部門の対応が必要
News Release | December 19, 2024

394ページの報告書本文は、印刷物は有料で販売されていますがウェブで読むのは無料ですので、関心のあるかたは是非p227-264 第9章の「結論と助言、そして研究課題」の章だけでも目を通すことをお勧めします。

●13の助言

この原稿ではこの報告書で提案している13の助言を簡単に紹介したいと思います。

最初に言葉の定義ですが、「誤情報(misinformation)は現時点での受け入れられている科学的根拠の重みと一貫しない主張を指す。科学の進歩で変わる可能性がある。デマ(意図的誤情報)disinformationは誤情報のうちそれが嘘だとわかっている人や機関が広めているものを指す、つまりデマは誤情報の一種」、としています。

たとえそういう主張をしている学術論文があったとしても、科学的コンセンサスからかけ離れた主張は誤情報というわけです。たとえば「有機栽培農作物のほうが慣行栽培農作物より健康に良い」、といった主張は誤情報です。

13の助言は以下のようなものです。

  1. 企業やNPOなどが個人や社会に負の影響を与える、人々を誤解させるシステム的キャンペーン活動をすることがある。大学や研究者や市民社会組織は協力してそのようなキャンペーンに科学的根拠をもって積極的にカウンターすべき。事例としてタバコ企業によるタバコの悪影響を小さく見せるキャンぺーン。
  2. 正確な科学情報を伝えるために、大学や研究所の広報は科学者と相談して論文の内容を正確に伝えること。その文脈や限界、根拠の重さを適切に伝えること。
  3. 公共の場で活躍する科学者や医療の専門家は正確で信頼できる科学と健康情報を伝える重要な役割がある。文脈次第で誤解される可能性があることを理解し、積極的にコミュニケーションの専門家と協力して適切なコミュニケーション戦略を。大学や研究機関は訓練やサポートを提供すべき。
  4. 研究機関や科学研究資金提供者は人々の関心の高いトピックについて質の高い科学情報を同定しキュレートする独立した超党派のコンソーシアムを作って資金提供すべき。
  5. 検索エンジンやソーシャルメディアのようなオンランプラットホームは、科学団体と協力して根拠に基いた科学情報を前面に押し出すべき。
  6. 健康や医学のジャーナリズムについては、大学や学術団体、メディア組織などが協力してジャーナリストがすぐに質の高い科学情報にアクセスできるようなメカニズムを作るべき。
  7. ジャーナリズム、広報、その他メディアコミュニケーションの次世代専門家をトレーニングする。
  8. 緊急時などに対応する国や地方の政府機関や市民社会組織は科学情報をコミュニケートする能力を事前に構築・維持しておく。
  9. 科学研究支援組織やメディア団体は各種プラットホームやコミュニケーションスフィアを横断する誤情報の起源や拡散、影響を追跡して記述する独立した存在を支援すべき。そのようなデータは公開して広く入手可能にすべき。
  10. コミュニティベースの団体の能力を強化する。英語を話さない人たちのグループなどは特に。
  11. 個人レベルでの科学についての誤情報の取り込みを緩和することに関与している組織はその目的に適した有効なアプローチを同定すべき。例えば
    ・科学についてのデマに晒される前に取り込みを防ぐにはプレバンキングを使う。誤情報を広めようとする者たちがよく使う操作手法を教えるのも有効
    ・デマにばく露された後に信じこむことを予防するにはデバンキングを検討。単にその主張は嘘だというだけではなく何故嘘なのかどうしてそんな情報を拡散するのかを説明すべき
  12. 誤情報の影響を緩和するための根拠を強化するために、システムレベルの研究に資金提供する。
  13. ソーシャルメディアでの科学の誤情報についてのデータを得るための現在の障害を減らす。ソーシャルメディア企業への働きかけ。

すぐできそうなことから長期的戦略まで多様ですが、やはりある程度しっかりした組織を作って対策する必要があるようです。大学や研究機関の誇張されたプレスリリースが誤情報の発生源になっている現状も指摘されています。

●公共インフラの一つとして誤情報対策を

これまでも誤情報はたくさんあり、農薬についてのデマには農薬業界が、牛乳についてのデマには乳業協会が、といった形で誤情報の対象となった製品やことがらの関係者がその時々に反論したり対応したりしてきたと思います。一部ではファクトチェックの試みもあります。しかしそういう個別・限定的なやりかただけでは効果が限られる一方、誤情報による社会や個人への有害影響はますます大きな脅威になっていると認識されているわけです。

アメリカでは特に次期大統領が科学を軽視する可能性がとても心配されていますが、日本も他人事ではありません。デマの標的になっているのが他の業界や他社の製品だから関係ない、と傍観していられる状況ではなく、公共インフラの一つとして誤情報対策が必要なのです。政策立案者には是非NASEMの報告書を参考に検討してほしいです。

なお個人的にはハイライトで強調されていた4つの介入ポイントがわかりやすいと思いました。

情報を提供する、需要、伝達、そして取り込みの4つです。

まともな情報を増やして誤情報の比率を下げるのは供給対策、必要な場合にここに行けば情報が入手できると思ってもらえるようにするのは需要対策、誤情報があったらそれは違いますよと間違いを指摘するのは取り込み対策、といったところです。伝達部分に対してはメディア企業の協力が必須でしょう。

実際に誤情報への対処をせざるを得ない場合に考え方の整理に役立つと思います。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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