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執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

フランスの「ナチュラルミネラルウォーター」基準違反 安全性で水道水と比べると

畝山 智香子

フランスのパリで開催されているオリンピックで、セーヌ川の水質が話題になっています。実はフランスではしばらく前からナチュラルミネラルウォーターのスキャンダルがおこっています。これをきっかけに紹介しておこうと思います。

●フランス「ナチュラルミネラルウォーター」の基準違反が明らかに

ことの発端は2024年のはじめに、フランスの新聞Le Mondeとラジオフランスが合同調査の結果、有名ブランドのボトル入り水に詐欺的行為が長年にわたって行われていて、フランス当局がそれを知っていながら黙認していた疑いを報道したことでした。(Revealed: France’s bottled water plants widely used fraudulent purifying techniques (lemonde.fr January 30, 2024,)

フランスには世界的に有名なボトル入り水のブランド、Vittel、Contrex、Hépar、Perrier、St-Yorreなどがあります。いくつかのブランドは日本でもよくみかけると思います。これらのボトル入り水は、微生物や化学物質による汚染を除去するための処理が行われていたにも関わらず、「ナチュラルミネラルウォーター」「スプリングウォーター」と表示されて販売されていた、というのです。

水道水の安全性を確保するためには水をきれいにするための処理が認められているのですが、「ナチュラルミネラルウォーター」や「スプリングウォーター」には認められていない、という背景があります。(注1)

Le Monde紙の調査によると、そのような基準違反は何年にもわたって行われていて少なくとも1/3のブランドが関与していたとのことです。

●欧州委員会が査察、フランス当局の対応

このメディア報道を受けて、欧州委員会健康食品安全総局が2024年3月11日から3月22日にかけて査察を行いました。その結果と勧告、そしてそれに対するフランス当局の反応が2024年7月24日付で以下に公表されています。
Food Audits and Analysis | Food Safety (europa.eu)

なおEUでは定期的に食品安全システムが適切に運用されているかどうかを評価する査察をEU域内およびそれ以外の国を対象に行っていて、第三国の場合はその結果によってEUに食品を輸出できるかどうかが判断されます。日本にも何度か査察を行っていて、その動物由来食品についての評価はかなり辛辣ですが、それはまた別の機会に紹介します。

今回のフランスへの査察はメディア報道を受けた緊急のもので、計画されていたものではありません。そのためか報告書の公表も比較的早かったです。

査察の結果、フランスにはナチュラルミネラルウォーターとスプリングウォーターの公的コントロールのためのシステムがあり検査能力もあるものの、その履行には相当な欠陥がある、と指摘されています。主に定期的査察が行われていないこと、地方と中央の協力の欠如、査察官の経験不足、禁止されている処理が行われた場合に直ちに対応しなかったこと、などです。

特に精密ろ過について規則の適合性の判断に一貫した規則のないことが指摘されています。ミネラルウォーターの場合、ごみなどを除去するためのろ過は認められているのですが原水の微生物の数を減らすような処理は認められていません。ところが孔径0.2μmといった精密ろ過フィルターを使うと、微生物の数を減らすことができるのです。

このことが偽装的運用につながっていました。他に活性炭や紫外線を使って水を浄化していたことも報告されています。いずれも普通の飲料水の処理には使えますが、ナチュラルミネラルウォーターの処理には認められていません。

そしてフランス当局には2020年から基準に従っていない詐欺的行為が行われていることを報告されていたのですが、内部で対応するのみで国民向けには公表していません。さらにフランス当局がこの事態を受けて、微生物数には影響がないとして0.8 μm以下の孔径の微細フィルターの使用を2022年から許可したことが、国民の信頼を裏切ることだとメディアでは報道されています。

●「ナチュラル」と安全性は両立しない

ナチュラルミネラルウォーターを販売していたNestlé Waters Franceは査察の結果を受けて、是正措置を行ったので現時点ではフランスの規制に従っていると発表しているようです。そしてこうした行為が行われていたのは安全性を確保するためであったとも言っています。

実際、普通は殺菌してないものを殺菌していたというのは安全性という意味では特に問題はないです。

ヒトの手が入らないものがいいものだという価値観が、殺菌していないものを優れたものと考えさせているのだろうとは思いますが、動物に由来する汚染が身近な地域では考えられないことです。環境は人間活動の有無にかかわらず、常に変動し、気候変動の影響もあってこれまでいなかったところに野生生物が増えたりすることはありえます。
安全性のためにヒトの手による「加工」が必要であることを認めるのがいやだったのでしょうか。価値観が時代にそぐわず余計な問題につながっている事例の一つと考えます。

なお日本の「ナチュラルミネラルウォーター」はEUとは違って殺菌が認められていますし認可制でもありません。(注2)
報告書を見る限り、EUの基準には適合しないとしても、日本で「ナチュラルミネラルウォーター」として販売することは、他の規格基準に合致している限り特に問題はなさそうです。

安全性と、環境負荷とコストの観点からは水道水が圧倒的にパフォーマンスがいいです。水道水をボトルや缶で販売している自治体もあります。冷静に比較してみるといいでしょう。


注1 )DIRECTIVE 2009/54/ECにより、ナチュラルミネラルウォーターはろ過などの一部の処理以外は認められず、天然の状態で微生物や化学物質基準を満たしていなければならない。そのうえで当局により認可されたものだけがナチュラルミネラルウォーターを名乗れる。
認可されたナチュラルミネラルウォーターのリストは以下https://food.ec.europa.eu/document/download/ec4fbcc0-7185-4dce-820a-27f7e2653dad_en?filename=labelling-nutrition_mineral-waters_list_eu-recognised.pdf

注2 ミネラルウォーター類(容器入り飲用水)の品質表示ガイドライン および平成26年12月22日 食安発1222第1号「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令及び食品、添加物等の規格基準の一部改正について

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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