科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

小林製薬の健康被害情報の過少報告問題(前)~アリストロキア酸の事例から考える

畝山 智香子

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令和6年6月末に、小林製薬の紅麹を含む健康食品による健康被害の報告数が急に増えました。
死亡の届け出数が6月28日(金)17時時点では5例だったものが、7月21日(日)は279例になっています。6月中旬、小林製薬が厚生労働省から3月末から数字が更新されていないことを問われて、実は申し出はあったものの厚生労働省には報告していなかったことを明らかにし、報告数が大きく変わりました。

また、厚生労働が集計している「医療機関を受診した者」と「入院治療を要した者」の数が6月26日(火)時点ではそれぞれ1656人と289人だったのが6月30日(日)時点では2221人と441人になっています。これは腎疾患以外も含めるように変更したため、とのことです。

小林製薬のプレスリリース(6月28日)によれば、いずれも健康影響は急性の腎障害以外は認めないかのような不可解な対応で、健康被害の実態を把握しようという目的とはかけ離れています。大規模食中毒や健康被害発生が疑われる事故のときに、原因がわからないのに特定の症状の人だけ報告して他は報告しないなどということは、普通は想像できないと思います。

この件に関連して、2つ参考情報を提供します。(1つめはアリストロキア酸、2つめはFDAの有害事象報告システムで後編に紹介)

●中国ハーブ腎症患者とバルカン腎症 原因はアリストロキア酸

1つめは、これまでも何度か紹介したことがあるのですが改めて参考になると思うアリストロキア酸の事例です。

アリストロキア酸は多くの植物に天然に含まれる強力な発がん物質で、現在は公衆衛生上対策の必要な発がん物質の一つと広く認識されるようになっていますが、そのことが発見されたのは比較的最近になってからです。

(参考文献:Samrat Das, et al., Aristolochic acid-associated cancers: a public health risk in need of global action Nature Reviews Cancer volume 22, pages576–591 (2022)およびウェブサイトARISTOCANCERS: Home (who.int)

WHOウェブサイトARISTOCANCERS: Home (who.int)

アリストロキア酸による健康被害が注目された最初の事例は1990年代、ベルギーのブリュッセルで減量用サプリメントを使用した女性たちに急性の腎不全をおこす腎炎が見られたことで、原因とみなされた中国伝統ハーブにちなんで「中国ハーブ腎症」と呼ばれました。

この病気は原因物質の摂取から比較的早く発症し進行性で症状が重いために因果関係の同定が比較的容易だったと考えられます。一方類似の腎機能障害が1920年代からヨーロッパで報告されていて1950年代にバルカン腎症として知られるようになり、のちに原因がアリストロキア酸によるものだとわかりました。

バルカン腎症はこの地方に自生するアリストロキア酸を含む植物の種が小麦畑で小麦と一緒に収穫されて食べられることによる低濃度長期暴露が原因と考えられ、ある程度の年齢の人々で見られる進行の遅い腎疾患です。その後、中国ハーブ腎症患者とバルカン腎症はアリストロキア酸腎症(AAN)と総称されることになります。

そしてAAN患者は時間がたってから尿路と肝胆道のがんを発症するリスクが高いことも明らかになりました。台湾では中国伝統薬を日常的によく使っていたため、2003年に中国伝統薬にアリストロキア酸を含む植物の使用を禁止しました。

しかしそれまで広く使われていたために、台湾でアリストロキア酸摂取と末期腎疾患や上部尿路がん、そして肝臓がんとの関連が明確になるデータが出ています。アリストロキア酸にはDNAを変異させる性質があり、アリストロキア酸が原因となった変異は「アリストロキア酸突然変異シグネチャー」としてがん細胞などから検出することが可能であることが報告されています。この特徴を生かして、東南アジア諸国ではおそらく伝統薬としてのアリストロキア酸を含む植物の使用による肝臓がんが多いことが2017年に報告されています。

●アリストロキア酸腎症(AAN) 日本でも報告

AANは日本でも患者が報告されていて、藤村ら、日腎会誌2005;47 ( 4):474 -480,民間療法によって末期腎不全に至ったアリストロキア酸腎症の1例などが参考になるでしょう。ここで報告された患者さんは約9か月の漢方薬の服用で腎障害になり、末期腎不全と診断されて透析になっています。この報告で著者らが以下のように書いています。少し長めですが引用します。

「近年健康食品ブームによって様々な健康食品や民間療法が増加している。入手方法もボーダーレス化に伴い通信販売やインターネットを通じてあるいは海外旅行で直接購入するなど多岐にわたりつつある。しかし問題点はこれらのなかには安全性が実証されていないものも多いことである。副作用によっては本例あるいは痩身薬による肝不全の多発例などのような重篤なものも少なくはない。一方「自然食品は安全」「漢方薬には副作用がない」といった誤った理解が国民一般に多い傾向にある。機会あるごとに行政が広く国民に健康食品の問題点を知らせるべきであろう。このことは副作用の重篤さもさることながら医療経済上も無視できないことと考えられる。」

アリストロキア酸の事例からは、短期間で大量摂取した場合の急性影響以外にも長期間低用量摂取で後になってから重大な影響が出てくることがあり、急性期の症状が落ちついた後でも発がん性などは監視する必要があるといえます。もっともこれはほとんどの有害物質で同じようなことが言えます。何らかの強い毒性をもつ化合物が生体に対してたったひとつの作用しかないと考える方が不自然です。

実際、現在話題になっているPFOAやPFOSは、因果関係が明確でないものまで含めて「脂質異常症、がん、抗体反応の低下、胎児の発育への影響、肝機能障害、妊娠高血圧、甲状腺疾患、潰瘍性大腸炎」などの原因になる可能性があるから怖い、流産もそのせいかも、などと報道されています。

ましてや単一の化合物が原因であるかどうかすらわからない「紅麹を含む健康食品」の健康影響が腎臓だけにあると考える理由は全くないでしょう。


後編「小林製薬の健康被害情報の過少報告問題(後)FDAの有害事象報告システムから考える」に続く

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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